アルファ発条複合式0744a不条理的条理(世界)

ささやか

東京はとてもよく晴れた天気ですとニュースキャスターが言った。

 ニュース番組「おはようモーニング」では毎朝午前7時58分頃から今日の運勢という星占いのコーナーが始まる。


 スーパー占い師ドットライン高梨によると、今日のかに座の運勢は最下位。焦りすぎに注意。落ち着いてミスがないか確認を。ラッキーアイテムはホッチキスというアドバイスが流れていた。


 ため息をつく。せめて11位だったら。そう思わずにはいられない。もう一度ため息をついてから、必要な準備を整えて学校に向かう。学校といえば普羅山中学校に決まっている。


 学校に向かう途中、幸いにも普羅山中の制服を着た女生徒を見かけたので、私は「俊彦くんですか?」と尋ねた。スーツを着てフォーマルなトートバッグをさげるOL然とした女性による唐突な質問に、彼女は戸惑った表情を浮かべたが、それでも「はい、私は俊彦です」と答えた。


 ため息をつく。ああ、残念だ。本当に残念だ。彼女は俊彦なのだ。


 ――そして、ありがとう。


 勘の良い彼女は私がため息をついたのを見て、咄嗟に踵を返したがもう遅い。私はトートバッグから素早く拳銃を取り出し、躊躇いなく引金をひいた。

 銃声と悲鳴。

 銃弾は過たず女生徒の腹部に命中した。こういうときは頭や脚を狙わずに大まかにトルソーを狙うのがコツだ。


 普通ならその場で痛みにのたうつところだが、彼女はしぶとかった。一度は倒れたもののすぐに立ち上がり逃走を図ろうとしたのだ。もしもビギナーなら緊張と動揺で彼女を逃していたかもしれない。その可能性は僅かならあった。

 しかし私は違う。落ち着いて照準を合わせてもう一発。今度は女生徒の左胸に当たった。これは致命傷だ。


 それでもなお生きようとするゴキブリの如き女生徒の執念と生命力は称賛されて然るべきであったが、しかしほどなくして彼女は息絶えた。周りの通行人は遠巻きに私の義務履行を傍観し、足早に去っていた。


 ああ、よかった。これで一人目の俊彦を無事に殺すことができた。だけど油断は禁物だ。今日は午後に二人目の俊彦を殺さなくてはならないのだ。


 スマートフォンに着信が入る。電話番号を確認すると『あ棒えRI9oこ§§傹襾ym2』だった。もはや番号ですらない。わかっている。通話ボタンをおす。


【てるてるてるテ。今日は晴れていますか。今日は晴れていますか。今日は晴れているべきだ。テ。テ。テ。】


 私は黙ってそれを聞いた。生々しい機械音声とでも表現すべきその声は、生理的嫌悪をもたらすに十分だった。


【罪悪は巡ル。生命は特別ダ。おめでとうござい〼。おめでとうござい〼。俊彦、俊彦。桐生美嘉サン。アナタは、俊彦を無事に殺害しました。た。あとひとりです。今日はあとひとりです。頑張って、頑張って、殺してください。では、マタ。てるてるてるテ。】


 着信と同じように唐突に通話は切れる。

 私はため息をついた。女生徒だった死体を見やる。彼女の本当の名前はいったいなんだったのだろうか。いや、こんなことを考えてはいけない。私は意識的に首を横に振った。彼女は「俊彦」だ。少なくとも私にとっては絶対的に。


 これ以上の思考は危険だ。私は拳銃に装弾してからその場を立ち去った。きっと死体は必要な誰かが持っていくだろう。






 呼び名はいくらでもあるが、特にインターネット上においては「アイツら」と呼ばれている。「アイツら」は、選ばれてしまった一部の人間に様々な方法で命令を伝達する。たとえば自室のクローゼットから少年のような声で。たとえば文庫本の頁において真紅の文字で。私の場合はスマートフォンから生々しい機械音声で。「アイツら」の伝達手段は千差万別で、誰ひとり同じ手段ではない。


 そして、「アイツら」が命令するのはその大抵が突拍子もないことだ。用事を済ませてから何時までに戻れ。嫌いな相手と性交しろ。限定販売のメロンパンを買い占めろ。これくらいならまだいい、まだ。

 

 広島県の天気がくもり以外なら、男子小学生を強姦しろ。くもりなら警察官を三人殺せ。


 母親の内臓ホルモンで三日間焼肉をしろ。


 社会人十人を失明させろ。


 これらはどれも私が「アイツら」から命令されたことだ。

 私は、全てをこなした。全てを。


 では、もしも「アイツら」の命令に従わなかったら、命令を完遂できなかったら、そのときどうなるか。

 そのときは人間死が待っている。

 人間死。

 自我を失い日常生活を繰り返すだけのゾンビめいた何かになる。人間の形を失って液体状の何かになる。「アイツら」が操作して遊ぶための玩具になる。まあ、そんなところだ。


 選ばれてしまった人のなかには「アイツら」の命令に従うくらいなら、人間死したほうがマシだと言い、実際に人間死した人もいる。けれども私はできなかった。だから、まだ、生きている。






 その日の午後、私は仕事を中抜けして、つつがなく二人目の俊彦を殺すことに成功した。これで今日の「アイツら」の命令を完遂だ。「アイツら」の命令は一日に複数回の場合もあるが、それは命令の難度が低いケースであり、今回のように重い命令なら一日一回だ。


 中抜けした分だけ少し長く残業をした後、私は待ち合わせのレストランに向かった。今夜は長年の友人と食事の約束をしていたのだ。このために今日を乗り切ったと言っても過言ではない。


 明穂あきほがどうしても行ってみたいと駄々をこねて決定したレストランは、なるほど確かにウェイターからして礼儀正しく、実にお洒落な雰囲気を作っている店だった。これは料理も期待できる。


 明穂は先に到着して待っていた。私に気が付くと嬉しそうに手を振る。手を振り返しながら席に座り、「ごめんね、遅くなって」と謝る。


「いいよ別にちょっとくらい」

「ありがと」

「それよりもどう、ここ?」

「うん。よさそうな雰囲気」

「でしょでしょ」


 それから私達は普通にワインを楽しみ普通に料理を楽しみ普通に会話を楽しんだ。それはとても久しぶりに味わう穏やかな幸福であり、私は明穂という友人がいたことに感謝を覚えるくらいだった。少し酔っている。いや、かなり酔っているかもしれない。


 そうしてデザートまで堪能してお会計となったところで、明穂が「今日は私が払うよ」と言い出した。

 私は困惑しながら財布を取り出す。


「え、どうしたの。いいよ割り勘しようよ」

「いいって。今日は私がかなり強引にお願いしたんだし。ねっ」

「いやいや、私も今日は楽しんだし払うって」

「じゃー、次。次は美嘉が全部払って。代わりに今回は私」

「んー、まあ明穂がそれでいいなら」


 よくわからないけれどかたくなな明穂に折れ、私は先に店を出た。

 まあ、確かに今回の明穂のお誘いはちょっと強引だったかもしれない。何故だかわからないが、それが彼女の琴線にふれているのだろう。


 そんなことをぼんやりと思いながら明穂を待っていると、しばらくして勢いよく彼女が店から飛び出してきた。


「ああああああああああああああああああああああああああああ!」


 明穂は叫んでいる。

 両手に包丁を握りしめ、私に向かって突き付けている。

 私は、刺さる。

 私は、死ぬ。

 私は、嫌だトートバッグから拳銃を取り出し、狙いも定まらぬまま発砲していた。明穂の肩に当たる。その結果を考えるよりも早く、右ひとさし指が何度も引金をひく。


 そうして私に包丁が刺さることはなく、明穂は目の前で血まみれになって倒れていた。


「明穂」


 親友の名前を呼ぶ。

 しかし返事はなかった。

 明穂は死んでいた。


 スマートフォンに着信が入る。意図的に音痴であるかのように歪な着信音。考えるまでもない。「アイツら」だ。通話ボタンをおしていないにもかかわらず、あおの生々しい機械音声が聞こえてくる。


【てるてるてるテ。愛デスか。愛デスか。愛デスね。テ。テ。テ。生きるは特別だ。死ぬは当然だ。おめで問う、おめで問う、桐生美嘉サン。アナタは、まだ特別だ。また特別でいることに成功しマシた。素晴ら恣意。素晴ら恣意。】


 嗚呼。私は理解する。それこそ考えるまでもない。明穂も「アイツら」に命令されていたのだ。


「どうして、明穂が?」


【どうしテ? どうしテ? 皆川明穂サンは、親友を殺すベキでした。けれど皆川明穂サンは失敗しマシた。た。駄殻だから、彼女ハ特別でいられませんでした。た。当然Deathネ。生きるは特別だ。死ぬは当然だ。出来ないナラ、特別はおか恣意。以上、以上、以上。てるてるてるテ。】


 通話が切れ、会話とも呼べない「アイツら」との相互不完全な意思疎通が終了する。


 私は親友の死に顔を確認する。六発の銃弾を受けたにもかかわらず、彼女はとても穏やかな死に顔をしていた。


 騒ぎを聞きつけたウェイターが私のところまで来て、一枚のメモ用紙を渡す。そこには間違いなく明穂の字で、ごめんねとだけ書かれていた。


 涙を流したかったが、どうにもそれが卑怯な気がして、私は泣くことができなかった。

 まだ、生きていた。







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