第七十二話【作戦決行前夜のスキンシップ】
作戦決行の前夜。僕は宿屋の浴場でシャワーを浴びていた。
額から水が滴り落ち、僕はサラサラと流れるように肩までかかる茶色の髪を指で優しく梳いていく。
そして浴場の外ではもう入り終わったウルリナとユンナが、僕に声をかけてきた。
「着替え、ここに置いておくぞ、タミヤ。しかし、やはり意味が分からないな。どうして女同士で一緒に浴場に入るのを拒む必要がある?」
「それは……だな。やっぱり不味いんだよ、僕らが裸を見せ合うのはさ」
ウルリナが外からいつもの疑問を投げかけるが、僕は今回も言葉を濁した。
僕が元は男だと知れれば、僕らの関係はぎこちないものになるかもしれない。
いずれは明かさないといけないかもしれないが、今はまだその時じゃないのだ。
少なくとも
「タミヤ様、私達に何か隠し事してませんかー? あ、もしかして体のどこかに刺青があるとかですかね? それならぜひ私が確認させてもらいましょうかー!」
外にいたユンナがそう言いながら浴場の扉に手をかけて、勢いよく開け放つ。
意表を突かれた僕は咄嗟にそちらを見たが、彼女はまだ服を脱いだままだった。
つまりバスタオルで一部分は隠しているとはいえ、全裸だったのだ。
「お、おい、ユンナ……っ。何て格好だっ……。も、もっと隠せっ、体を!」
「同じ女同士で何を言ってるんですかー、タミヤ様? 私がお背中を流しますよ」
ずいずいと歩み寄ってきたユンナは、恐ろしい力で僕を強引に座らせると、背後に回ってバスタオルで背中を流し始めた。
有無を言わせない彼女は舐め回すような視線で、入念に僕の体に刺青がないかを確認しているようだった。
「変ですねー。どこにもないじゃないですかー、刺青なんて。肌もすべすべで綺麗ですし、隠す必要なんてないと思いますけど」
「当たり前だ、刺青なんて体に入れる訳ないだろ。気が済んだなら、そろそろ出てってくれないか、ユンナ」
だが、そんな僕の言葉にユンナは耳を貸さなかった。
むしろ僕を力任せに振り向かせると、彼女は自分の裸体を僕に見せつけたのだ。
目を覆いたかったが、その突然の不可抗力で僕ははっきりと見てしまった。
彼女の裸体の至る所に刻まれた、惨たらしく大小様々な傷痕があるのを。
「……ユンナっ。お前、その体の傷や痕は……一体、どうしたんだ?」
「タミヤ様が自白剤を使って、私に白状させたじゃないですかー。この体はですね、クシエル師匠から繰り返された暴行と人体実験の結果なんですよ」
そういえば確かにユンナは、あの時にそう言っていたのを、僕は思い出す。
愚かにもすっかり記憶の片隅に追いやられていたその事実だったが、改めて告げられたことで僕は言葉が上手く出てこず、ただ彼女を見ていた。
しかし彼女はさして気にした様子もなく、僕を見て微笑んでみせている。
「もう昔のことですから。それに今はその人体実験の成果が、タミヤ様やウルリナ様のお役に立ててますから、跡に残ったこれらの傷のことも何とも思ってません」
それだけ言うと、今度はユンナは獲物を狙うような目で両手を伸ばして、僕の乳房を鷲掴みにし、そのまま力強く揉みしだき出す。
あまりに突然のことで驚く僕を余所に、彼女は満面の笑みで更に続けた。
「なっ……にするんだよ! 放せ、ユンナ!」
「立派なものついてるじゃないですかー、タミヤ様。私のよりずっと大きですよ。こんなんじゃ、戦いに差し支えそうですけど、実際はどうなんですかー?」
すでにユンナは僕の体を力ずくで床に押し倒し、裸同士が触れ合っている。
彼女の長い白髪が僕の顔にかかり、柔らかな乳房同士は邂逅していた。
ぬるりと濡れた密着した肌から彼女の体温を感じ、吐息が僕の顔にかかる。
「おい、いい加減にしとけよっ、ユンナ。そんなことされたら、僕だって我慢出来なく……っ」
「……どうした、タミヤ、ユンナっ? お前達、中で何をしている?」
そんな時、ウルリナの声が浴場の外から聞こえてきて、がらりと扉が開く。
だが、中へ入ってきた彼女はそのあまりの光景に、目を見開いて驚いていた。
なぜなら僕とユンナが裸のまま、床の上で手を回して抱き合っていたからだ。
「なっ……何をしているんだ、お前達!? いくら女同士とはいえ……っ」
僕は慌ててユンナの体を手で突き放して逃れると、バスタオルで体を隠した。
ユンナもつまらなさそうに微笑むと、そこでスキンシップを中断する。
僕はウルリナに怒られるのではないかと思ったが、当の本人は赤面したままだ。
「ん……まあ、何だ。そういうのは、ほどほどにしておけ、二人共。風紀の乱れは心の乱れとも言うしな。私から言えることは、以上だ」
そう言い残すと、ウルリナは赤面しながらそそくさと浴場から出ていった。
僕はユンナとの関係を彼女に誤解されてしまったのだと気付き、慌てて声を上げながら彼女の後姿を追いかけた。
「ま、待ってくれ、ウルリナ! 違うんだよ!」
僕は体にバスタオルを巻いて全身から水を滴り落としながら、宿屋の廊下でウルリナに追いつくと、彼女の肩を掴んで振り向かせた。
しかし彼女は顔を真っ赤にして視線を泳がせ、僕と目を合わせようとしない。
やはり誤解されていると思った僕は、まずそれを解くことから始めた。
「僕とユンナとのことは、君の勘違いだ。そういう関係じゃない、断じて違う!」
「……そ、そうなのか? わ、分かった……では、私はお前の言葉を信じるぞ」
きっぱりと断言した僕の言葉によってウルリナの動揺は次第に収まり、僕の目を真っ直ぐに見てくれるようになった。
命がけの作戦決行日を前にして、要らぬ誤解が解けたことに僕は一安心する。
もし僕らがしくじれば、もう二度と会うことは叶わないかもしれないのだから。
「ウルリナ、これから始まる中央との戦いには、僕も全力を尽くすつもりだ。だから……さ」
「だから……?」
ウルリナは問い返すが、僕はすぐに言葉を紡ぐことは出来なかった。
彼女とこうして話せるのも、もしかするとこれが最後かもしれないからだ。
しかし、だからこそ……僕は彼女に何かを残してあげたかった。
「僕の竜鱗の鎧が変化した、あの子竜がいるだろ? 面倒見てやってくれないか? もし僕の身に何かあっても、きっとあいつが君の力になってくれるはずだ」
「縁起でもないな。どうしたんだ、タミヤ……まるで」
明朝の作戦決行のことは、口止めされているためウルリナには話していない。
だが、口には出さずとも、暗に僕の身に何かが起きるかもしれない可能性を伝えておきたかったのだ。
「これから僕らがやろうとしているのは、戦争だ。いくら僕だってその戦禍の中で、いつ死んでもおかしくないってことさ。子竜のこと、記憶に留めておいてくれ」
まだ何かを言いたそうにしているウルリナの前で僕は踵を返すと、さっき彼女が用意してくれた服に着替えるべく、浴場の脱衣場へと引き返した。
これで彼女に言いたいことは、軍規違反にならない程度に伝えておいた。
後は伸るか反るか、明朝の作戦では思いっきりやってやろうと、僕の中でもう決意は固まっていたのだ。
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