第七十一話【決戦前日】

 早朝から僕はグレセェンから城に呼び出しを受けて、街並みを歩いていた。

 今やまるで街全体が一つの生物のように、歩く先々で東方騎馬民族らが警戒に当たっているグスタブルグ城下街は、意外と静かな様相を見せている。

 その様は偉容でありながらも理路整然としており、一糸の乱れもない。

 完璧に統率された彼らの姿からは、グレセェンへの忠誠心の高さが窺い知れた。


「意外だな。あんな奴でも、東方騎馬民族の部下達にはずいぶん人望があるみたいじゃないか。そして……中央へ攻め込む準備も着々と整えてるみたいだな」


 そんな彼らを見やりながら、僕はグレセェンがいる城へと急いで歩いていく。

 この城下街を制圧してからすでに三日が経過しており、あの男の指示で僕ら辺境の人間は、城ではなく街の入り口付近の宿屋で寝泊まりしていた。

 なぜなら今は中央からの報復攻撃が、いつ始まってもおかしくない時期だ。

 もし残る鬼将達が動き、攻めてきた時のために、僕らが街の外へ睨みを利かせておけとの判断らしい。


「よう、タミヤ。来てくれたみたいだな、待ってたぜ」


 僕が城に到着した時、城門前で待っていたのは東方騎馬民族のラグスだった。

 彼は笑みを湛えながら手招きすると、部下に命じて城門を開け放たせる。

 そしてそのまま僕らは揃って城門を潜り、城内を案内するために僕の前を歩いていく彼は念を押すように、言い放った。


「グレセェン殿は気難しい性格だが、無慈悲な方じゃない。お前があの人を嫌っているのは態度から分かるが、あまり無礼は働かないでくれ。あの人の強さを信奉している部下達だって、少なくないんだ。彼らからの反感を買わないためにも、頼む」


 確かにグレセェンのことを好ましく思ってないのは事実だったが、身を低くして頭を下げるラグスのその態度に、僕はノーとは言えなかった。

 あの男の図抜けた武力を思えば、心酔する者がいてもおかしくはないのだろう。

 そんな人心を集める彼に僕があからさまに無礼な態度を取れば、足並みが乱れると言うのも疑いようはなく……僕は少し考えた後に、首を縦に振った。


「ああ、分かった。だからそろそろ頭を上げてくれ、ラグス」


「礼を言うぜ、タミヤ。これからあの人から、重要な話がある。中央領に攻め込むための作戦に関することだが、誰にも他言はしないでくれ。最重要機密だからな」


 やがて僕らは辿り着いた城内のとある一室の前に立ち、ラグスがノックする。

 僅かな間を置いて扉の向こうから入室を許可するグレセェンの声が返ってくると、僕らは扉を開けて中へと入った。

 部屋内には直立する五人の側近騎士と椅子に座ったグレセェン本人がいて、僕らに着席を促すと、彼は待ちかねていたように口火を切った。


「ふふん、やっと来たか、タミヤ。これから話すことは、厳重に秘密を守ってもらう。もし破れば、制裁を与えねばならん。くれぐれも間違いは起こさんことだ」


 僕はさっきラグスに言われたことを守り、私情を殺して、ごく自然にグレセェンに挨拶をすると、彼の口から今後の作戦が語られるのを待った。

 すると、彼は僕に真っ直ぐ視線を向けると、目を細めてから本題に入り始めた。


「我々の兵力は個の強さでは帝都を守護する五つの騎士団にも、決して劣らずと自負しているが、総兵力では到底、及ばん。まともにぶつかっても勝ち目はない。そこで、だ。私が中央にいた頃に、部下達に完成を急がせていたある魔導器を使う」


 そこまで言ってから、グレセェンは声を出して側にいた騎士達に指示を飛ばす。

 命令を受けた騎士達は、部屋の奥にあった何かを僕らの近くまで運んできた。

 布をかけられ、中が見えないように慎重に運ばれてきたその何かは、彼の更なる指示により布を剥ぎ取られて、僕らの前で全貌を現した。


「何だ、これ……? 鏡に見えるようだけど」


 一見するとそれは、大きな鏡に未来的な機械が装着された装置であった。

 僕にはすぐには用途が分からない代物だったが、グレセェンは満足した様子でその鏡を一瞥すると、誇らしげに説明を始める。


「これは道を創造し、物質や生物を転送する機能を持つ魔導器だ。これ本体が破壊されない限り、一日に一度の間隔で道を発生させることが出来るが、現時点での完成度では一方通行でしか転送させられん。退路はなくなるが、これでこちらの最精鋭を帝都内部へと直接、送り込むことが出来る」


 僕はそれを聞いて、グレセェンがやろうとしている作戦を理解し、身震いする。

 つまり敵の喉笛に一気に喰らいつけるが、そこから先はもう味方の援護は受けられず、逃げ道は用意されていないと言うことなのだ。

 もし作戦がしくじったなら、向かった者全員の全滅は確定的だろう。


「向かうのは私とラグスと、そしてお前だ、タミヤ。一度に転送出来る人数は、三人が限度なのでな。鬼将と渡り合える強さと、向こうに到着した時に立ち回れる能力を考えた上での選定だ」


「……いかれてる作戦だけど、成功すれば確かにリターンは大きいな。反対するつもりは、僕にはないさ。それで決行はいつになるんだ?」


 グレセェンは今回は僕に対し、小馬鹿にした笑いを見せることはなかった。

 ただ僕の目をいつになく真剣な表情で見据えると、簡潔に答えてのけた。


「明朝だ。それまでに覚悟を決めておけ。死と隣り合わせになる作戦だからな」


 そこで側近の騎士達五人が一斉に、僕に向かって敬礼した。

 彼らの目には死地に向かうことになる、僕への敬意の眼差しが宿っている。

 確かに危険ではあったが、ウルリナ達に危害が及ぶことがなく、僕だけが体を張ればいいのであれば、この作戦内容に不思議と恐れや不安は感じることはなかった。

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