レコンキスタ

第七十話【生々流転する帝都】

 帝都ギルダンでは現在、風雲急を告げていた。

 皇帝テロメアの口から前帝国大将軍グレセェンの反乱により東部領が制圧されたことが発表され、同時に騎士団が動き出して、帝都の防衛を一層強化。

 その結果、物々しい雰囲気の騎士達が帝都中を駆け回ることになり、それが人々の心に不安を与えることになったのである。


 しかしそれらの行動は、非常に迅速に行われた。

 元々、東部領が帝国のアキレス腱だと認識していた事もあり、実質的に命令を下したネルガル将軍の判断は早く、反乱分子に付け込まれる隙を作らなかったのだ。

 そして、今。帝都にあるここ第二皇居の寝室にて、ネルガルはベッドの上で上半身を起こしているテロメアと対面していた。


「まあ、いずれはこうなるとは思ってたがよ、テロメア。こいつは魔種ヴォルフベットとの戦いのために兵力を割かれ、早々に本腰を入れてあの男を潰しておかなかった、俺のミスが招いた事態だ。だから、このつけは責任を持って俺が払わせてもらうぜ」


「私には戦争のことは分かりません。貴方に一任したいと思います。ですが、ネルガル将軍。鬼将二人を失った以上、私達には早急な戦力の増強が必要です。流転者の彼女と、辺境領の彼女達は傷つけずに私の元に連れて来て欲しいのです。お願い出来るでしょうか?」


 テロメアの要求に、ネルガルは困ったように頭をぽりぽりと掻く。

 二人の間には、主従の関係を越えた腐れ縁のような雰囲気があり、ネルガルもきっぱりと突っぱねることは出来ないようだった。

 こちらに敵対感情を抱いている者を無傷で連れてくる、と言うのがいかに難しい頼みであったとしても。


「まあ、努力はしてみるが、多分それは無理だと思うぜ。俺も戦闘になれば、手加減抜きで敵をぶっ倒す。生と死がやり取りされる戦場じゃあ、いつ誰が死んだっておかしくはねぇんだからよ」


「構いません。頭の片隅に入れておいて下さるだけでも十分ですよ、ネルガル将軍」


 それだけ言うとテロメアは軽く手を叩き、寝室の外にいるメフレの名を呼ぶ。

 すると、彼女はすぐに扉を開けて入ってくると、室内をちょこちょこと歩いてきてネルガルの横に並び、一礼した。


「陛下ぁ、お体はもう大丈夫なんですかぁ? あたしちゃんに出来ることなら、何だってしますけどぉ」


「私のことなら心配はいりませんよ、メフレ。それより貴方には、六人目の鬼将である、彼と連絡を取って欲しいのです。彼も今、東部領にいるはず。そろそろ彼には、裏から表舞台に戻ってきてもらわなくてはいけないようですから。これを彼に渡してあげてください」


 テロメアは手元で素早く書類を書き上げると、近づいてきたメフレに手渡す。

 メフレはそれで自分の役割を理解したようで、今も辛そうにしているテロメアを心配そうに見つめた後、頭を下げてから退室していった。

 その一連の様子を見ていたネルガルは、再び視線をテロメアへと戻す。


「あいつを呼び戻す事態になるとはな。まあ、今の俺達は魔種ヴォルフベットに反乱分子の対処にやることは山済みだ。確かにあの男なら、戦力として申し分はねぇか」


 ネルガルは脳裏にその六人目の鬼将の顔を思い浮かべているのか、どこか嬉しそうな顔をしていた。

 だが、それは果たして仲間としてその強さを余程、信頼している証だったのか。

 不敵に笑い、拳を強く握り締めた彼はテロメアに別れの挨拶をすると退室後、昂ぶった感情を隠すことなく、外で待機していた部下達に指示を飛ばす。


「東部領で戦死したフィガロの弔い合戦といくぜ。全力でグレセェンの野郎を迎え撃ってやる! あの野郎がどう攻めてくるか、お手並み拝見といこうじゃねぇか!」


 下されたネルガルからの命令に、部下達は一斉に敬礼で以って答えた。

 最早、避けようのない人間同士の戦争に向けて加速するだけ加速した状況が、終末点へと動き始めようとしていた。

 だが、渦中の人物となるタミヤは、そのことを察しながらもグレセェンからの開戦の合図を待ち、グスタブルグ城下街で一時の休息を行っていたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る