第六十九話【言いしれない不安】

 グレセェン率いる東方騎馬民族らの反乱は東部騎士団に対し、圧勝を収めた。

 しかしそのまま中央領に攻め込むことはせず、僕らは戦力の調整を行っていた。

 これからあのネルガルら残りの六鬼将と、帝都を守護する五つの正規騎士団を相手にしなくてはならないことを思えば、当然の準備と言えるだろう。


「我々は今までも十分に待った。今更、急く必要はない。前皇帝陛下の無念を晴らし、逆賊共を討つには周到に準備をする必要がある。皆、今日はご苦労だったな」


 かつてグゥネス伯が鎮座していたグスタブルグ城城主の間の椅子に腰かけ、グレセェンは僕らにそう労いの言葉をかけた。

 日はすでに沈み、今ここには東方騎馬民族の族長らと、側近の騎士達、そして僕やウルリナやガナン、ユンナら戦功者達が集められ、彼の言葉に耳を傾けている。


「時間をかけたとしても、私達は最終的に必ず政権に返り咲く。それまでは気を緩めることは出来んが、東部領を制した記念すべき日である今日だけは羽目を外し、勝利を祝ってもいいだろう。今日の宴、存分に楽しんでくれ」


 その一声で、城主の間に集まった僕ら辺境領の残党以外の皆は、その表情は歓喜に満ち、歓声を上げて勝利を喜びあった。

 やがて城の一階で用意されている宴の席のために各々が退室していくと、後に残されたのは僕ら辺境の人間とグレセェンだけとなる。


「お前達にも、後で働きに応じた褒美を与える。そして中央との戦いに勝利した暁には、辺境領に戻り、自領の復興に努めるといいだろう」


「感謝する、グレセェン殿。だが、私は多くを望むつもりはない。貴方が中央を掌握した後、辺境領への不干渉を約束してもらえたなら、それだけで十分だ」


 ウルリナはグレセェンを正面から見据えて、毅然とした態度で言い放った。

 以前に中央の力を借りて失敗した、苦い経験があるからだろうか。

 彼女は自分達のことは自分達だけでやっていくと、心に決めているようだった。


「ふふん、復興のための援助も必要ないと言うことか。その若さで相当、苦労してきているようだな。いいだろう、それくらいは私も保証してやる」


 冷淡にそう言い放つと、グレセェンは椅子から立ち上がり、宴に顔を出すためか城主の間から退室していく。

 それを見届けた僕達だったが、宴に出席する気にはなれず、この場に留まった。

 せっかくの宴とはいえ、僕ら辺境の人間は誰も参加する意思を見せていない。

 それはあの男に対し、不信感を抱いているのは僕だけではなかったからだ。


「ウルリナ、ああは言っていたけど、あの男は信用しない方がいい。どうも引っかかっているんだ。戦いが始まる前に、あいつが自分は女神ユーリティアの加護を受けていると言ってたのをさ」


「確かに言っていたな。私は軽く聞き流してしまっていたが……」


 より疑念が高まったのは、グゥネス伯が魔種ヴォルフベットへと変貌したのを見てからだ。

 その直前にあのグゥネス伯も、自分は神を見たと言っていた。

 彼らが見た神が僕の夢の中に現れた彼女と同一人物かは分からないが、僕が見えていない所で、得体の知れない何かが蠢いているような、そんな気がしていたのだ。


「分かった、記憶に留めておこう。私も元からあの男は信用していない。上昇志向が強く、もし中央で実権を握ったとしても民のために善政を行うかは怪しいものだ」


 ウルリナは、ただの直感に近い僕の懸念を疑わず受け止めてくれたようだった。

 そこでガナンが軽く咳払いをすると、皆の注目を集めてから僕を見て言った。

 その表情を見れば、満身創痍な姿の僕を心配しているのが分かる。


「幸い部下達には深刻な負傷をした者はおらず、軽傷で済んでいる。今は各々、宛がわれた部屋で休ませているが……。タミヤ殿、君も十分に休息を取った方がいい。魔種ヴォルフベットと化した、あのグゥネス伯と一番矢面に立って戦っていたのだから」


「ああ、気遣ってくれてありがとう、ガナン。それじゃ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。これからの戦いに響いても不味いし、休める時に休んで英気を養っておくとするよ」


 痛みは引いてきてはいるものの、僕の負傷はまだ完治した訳ではない。

 この先、中央との本格的な戦争に突入することを考えれば、出来るだけ万全な状態を取り戻しておかねばならないのは確かだった。

 そう判断した僕は皆にお休みの挨拶をしてから、城主の間を後にしていく。

 だが、用意された寝室に向かう道すがら、確信は持てないまでも、やはり僕はある種の不安と嫌悪を感じ取っていたのだ。それは……。


(僕らは、自分の意思で戦ってきたはずだ。釈迦の手のひらを飛び回る孫悟空なんかであってたまるか。誰だか知らないけど、いいように利用出来ると思うなよ……)


 見えざる何者かの暗躍。

 直感ではあるが、その何者かの存在が見え隠れしている気がしていたのだ。

 まるで今まで自分達の意思で選び取ってきたと思っていた選択が、実は誰かによって躍らされていただけではないかと、そんな言いしれない不快感だった。

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