第七十三話【再会する因縁の二人】

 今朝も城門の前では、ラグスが立って僕を待っていた。

 彼は僕の姿を見つけるなり気さくに笑いかけ、城の中に入るように促すと、これから始まる作戦決行の前置きをする。


「敵の本営の真っ只中に三人だけで突入することに不安はあるだろうが、勝機はない訳じゃないんだ。前にお前に見せたが、俺の天の才器は一定範囲内を索敵することが出来る。だから到着後は、俺の判断に従ってくれ。その方が成功率が増すからな」


 ラグスはそう念を押したが、僕は特に異論もないので肯定の返事をして頷いた。

 そして案内されていった先、僕らの切り札である鏡のような装置は、城内一階の大広間にあり、それの設置場所を中心に魔法陣が描かれていた。

 辺りには物々しい厳重な警備体制が敷かれ、部外者の進入を妨げている。


「あの魔法陣は? まるで何かを迎え撃つような、厳重な警備だけど」


「あれは万が一に備えての用心だ。もしも装置の力が逆流でもしたなら、敵が向こう側からやってくる可能性があるからな」


 装置の側にはグレセェンがすでに支度を整え、腕を組んで装置を見やっていた。

 だが、僕らが大広間に入ってきたことに気付くと、笑いもせずにこちらを向き、またすぐに視線を装置に戻す。

 そんな彼の背後に僕らは並んで立つと、ラグスが声をかけた。


「グレセェン殿、こちらの準備は終わっています。ですから、後は……転送魔導器を使って帝都の司令官舎に向かうだけです」


「ふふん、待ち草臥れたぞ。いよいよと言う訳か。だが、その前にこれをお前達に渡しておこう。向こう側では、何があってもおかしくはないのでな」


 グレセェンは手に持っていた水色の液体が入った二本の瓶を、僕らに手渡す。

 それはこの男と初対面した時に見た、究極の神水エリクサーと呼ばれる魔導技術の粋だった。

 その効果の程は、僕もあの時に身を以って知っている。


「貴重品のため、一人につき一本分しかない。だが、深手を負って命の危険を感じた時は迷うことなく、それを飲み干せ。死んでからでは、遅いからな」


 僕らは肯定の返事をしてから頷くと、グレセェンはそれを待ってから、再び装置の方を振り返って腕を組んだ。

 だが、その一挙手一投足に無駄がなく、背後を取っていると言うのに隙が無い。

 もし僕らの中で、あのネルガル将軍とまともに渡り合える者がいるとしたら、それはこの男を置いて他にいないだろう。

 そんな僕の胸中を知ってか知らずか、彼は僕らについに作戦の開始を告げた。


「頃合いだろう。行くぞ、二人共。勝利を勝ち取るために、いざ死地へと」


 まず最初に水のように波打つ転送魔導器の鏡面を潜ったのは、グレセェン。

 そんな彼の後を追って、僕とラグスも間を置かずに、通り抜けていく。

 すると、途端に視界が歪み、僕らは揺らめく薄暗い水中のような空間を歩いて、奥に見える光に向かって逸れないよう進んでいった。

 そしてついにその光に辿り着いて、僕らがそこへと手を伸ばした時……。

 僕ら三人は吸い込まれるように光源の中に飲み込まれ、次の瞬間にはどこか建物内部らしき場所に飛び出していた。


「ここ、は……っ?」


「多分、座標がズレてなければ、司令官舎のどこかだと思うが……待ってろ。今、俺が索敵する」


 腰の鞘から曲刀を抜き放ち、ラグスは以前のように自分の手首を刃で自傷する。

 更に溢れる血を自分の両目に浴びせかけると、額から第三の目を出現させた。

 それが数回瞬きをした後、彼は背後にあった階段を振り返り、顔色を変えて曲刀を構えて言い放つ。


「……グレセェン殿、タミヤっ! どうやらすでに敵に見つかってしまったらしい! 階段の上に三人いるっ!!」


 ラグスの叫びに反応した僕とグレセェンが階段を向いた時、その上にいたのは三人の赤い騎士甲冑を着た騎士達だった。

 それを見るなり、僕は即座に彼らに向かって走り出し、階段を上がっていく。

 だが、それより一呼吸も早くグレセェンが行動に移っていた。


「不慮のハプニングなど、最初から想定済みだ。動じる必要もないっ」


 グレセェンが腰に差した鞘から刀を抜き放つと同時、階段が……建物がずれた。

 ズズズっと音を立てて、横に切れ目が入った官舎は真っ二つに両断されていく。

 それを見た僕は、驚きで硬直していた。そのあまりの斬撃の凄まじさに。


「こ、この建物ごと斬ったって言うのかよ? 文字通り、あの刀一本で……」


 三人の中央騎士達はその一太刀で胴体が分断され、階段の上で転がっている。

 運悪く遭遇してしまった彼らだけを殺すにしては、過剰なまでの攻撃と言えた。

 だが、グレセェンは僕らの方を向くと、事もなげに言ってのけた。


「ネルガルを最短ルートで殺しに向かう。それも出来るだけ派手にな。そうすれば探すまでもなく、あの男から姿を現してくれるだろう。案内しろ、ラグス」


「は、はっ……お見事でした、グレセェン殿。こちらです、ついて来てください」


 横に両断された官舎はぎりぎりの所で倒壊を免れており、僕とグレセェンはラグスに先導される形で、官舎内を駆けていった。

 だが、今の派手な斬撃によって、すぐに官舎内部は慌ただしくなり始める。


「やっぱり僕らの侵入は、今ので気付かれたよな……当たり前か。けど、本当にこれで良かったんだよな?」


「心配する必要なんてないぞ、タミヤ。グレセェン殿がネルガルと一騎打ちに持ち込めるよう、俺達は横槍を入れてくる連中を足止めするだけでいいんだ。幸いにも今、帝都にいる六鬼将は、ネルガルただ一人だけだからな」


 ラグスは索敵能力があると言う額に現れた第三の目によって、もう周辺の敵の位置を割り出したようだった。

 迷いのない足取りで僕らの前を走り、彼の目には見えているのであろう目的地までの最短ルートを通っていく。


「次はこっちです、タミヤ、グレセェン殿!」


 通路の角を曲がった先で待ち構えていた中央騎士達を、それぞれ己の武器で右へ左へなぎ倒して進んでいく僕らは、苦もなく通り道に死体の山を築いていた。

 だが、敵もただ悪戯に犠牲者を増やしていた訳ではなく……。

 今度は天狼の秘薬により魔種ヴォルフベットの力を獲得して誕生した、邪鬼達の群れが僕らに立ちはだかってきたのだ。


「ほほう、敵も私達が並みの使い手ではないと見抜いてきたようだな!」


 疾風の如き迅速さで飛び出し、瞬く間に邪鬼達を蹴散らしていくグレセェン。

 それを見て闘争心に火が付いたのか、ラグスも周りの中央騎士達を捨て置いて、歓喜の表情を浮かべながら、邪鬼達に躍りかかっていった。


「こいつら……この状況で楽しんでるのかよっ」


 まさに戦闘狂の姿だ、と思った。戦うこと自体に喜びを見出しているのだから。

 僕ではここまで戦いに興じることは出来ないと思いつつ、身を守るため、目的を果たすために、彼らに続いて村正で邪鬼を斬り倒していった。

 すでに数十体の邪鬼達を打ち倒した僕らだったが、鮮血が飛び交う死闘は一秒ごとに激しさを増していく。


「どうしたっ? 早く出て来なければ、お前の部下達は皆殺しになってしまうぞ? さっさと姿を見せるがいい、ネルガル! 今日が因縁の決着をつける時だっ!」


 猛り、血と殺戮に酔いしれた表情で、ネルガルの名を呼び続けるグレセェン。

 そんな彼が繰り出した居合と共に、またもや刀から鋭い斬撃が飛んだ。

 その縦に走った斬撃に両断された官舎は、今度こそ音を立てて崩れ始めた。

 轟音と共に倒れゆく官舎の中、僕らは窓から身を乗り出し、外へと飛び出す。


「グレセェン殿っ、ご無事ですか!?」


「いらぬ心配だ。これしきで死ぬような鍛え方はしていない。それよりも……」


 駆け寄るラグスを手で制し、グレセェンは官舎の中庭らしき場所で刀を横に構え、目を細めながら空を見上げる。

 そこで僕は気付いたのだが、まだ日が昇って間もないにも関わらず、外は真昼のように暑く……いや、熱過ぎる熱気だった。

 なぜなら、そこには……空に浮かび上がるように、灼熱に燃え上がる太陽が現れていたからだ。そう、もう一つの太陽と見まごう姿をした何者かが……。


「ま、まさかっ……ついにお出ましかよ……っ」


 急速に高まりつつある緊張感の中、僕はようやく声を絞り出した。

 全身が太陽のような炎に纏われ、人々から羨望を浴びるその比類なき強さで、実質的に帝国全土を従える男の姿がそこにはあった。

 対峙するグレセェンからも、恐ろしいまでの殺気と威圧感が放たれ始める。


「よお、久しぶりじゃねぇか、グレセェン。待ってたぜ、二年ぶりの再会か?」


「ふふん、お前の顔を見るのもこれが最後にしたいものだな。今度こそ、以前はつかなかった決着をつけようではないか、ネルガル」


 今までも言葉から薄々と感じ取れていた、大将軍の座を巡っての因縁の二人。

 だが、二人が対峙しても尚、僕らの戦闘はまだまだ続いている。

 周囲からは邪鬼達の咆吼が轟いており、これから奴らを近づけさせないよう、僕とラグスの孤立無援の戦いが始まろうとしていたのだ。

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