第五十九話【沼地での攻防戦】
「それで追跡は出来そうか、タミヤ?」
ウルリナの質問に、僕は地面に両手をついて鼻をぴくぴく動かす。
奴らの匂いは覚えていたため、今なら追おうと思えば余裕で可能だろう。
だが、僕は立ち上がると、その返事と同時に彼女に釘を刺しておかねばならないと思っていたことを伝えた。
「あいつらが逃げて間もない今なら、匂いを辿ることは出来そうだ。けどな、ウルリナ。一人で戦おうなんて、無茶はもうしないでくれ。あのラグスと言う男、本気を出すと言った直後から、雰囲気が変わっただろ? もし剣が折れてなかったら、負けてたのは……」
「ああ、私だったろうな。だが、あの男は義と口にしただろう。それが口先だけではないかを、確かめておきたかった。結果、あいつは一人だけで私と立ち会ったんだからな。立場は違えど、信頼は出来る男のようだ。だが……とはいえ、心配をかけてすまなかった、タミヤ。今後は控えよう」
そう言ってウルリナは一呼吸置くと、僕に頭を下げて謝った。
素直に非を認めて謝った彼女に、僕もそれ以上を言う気にはなれなかったが、彼女は自分の命を顧みない危うさがある。
だが、僕は知っている。彼女は恐れを知らないのではなく、辺境伯の娘としての立場から、強くあらねばならないと言う強迫観念があるだけだと。
本当の彼女は怖さで涙だって流すし、同じ年頃の女性達と変わりはしないのだ。
「ウルリナ、これからあいつらの追跡を始めるけど、危険な役回りがあれば優先して僕に回してくれ。お前の負担を軽くするだけの強さは、あるつもりだからな」
「ああ、考えておこう、タミヤ」
僕はそこで視線を合わせていたウルリナから目を離すと、東の方角を向いた。
あの東方騎馬民族達と
僕は奴らの残り香を辿るために犬のように地面に四つん這いになると、皆の先頭に立って追跡を開始した。
「年頃の女性がはしたない格好だ、タミヤ殿。わざわざ犬の真似など、しなくてもよいのではないかな?」
「いいんだよ、ガナン。僕は男……いや、この方が匂いを嗅ぎ易いからな」
そんな僕の横隣りを、聖騎士甲冑の犬もとことこと並んでついてきている。
ウルリナもユンナも無言ではあった。しかしその顔を見れば姿だけは女性である僕のこの格好に、ガナンと同様の印象を抱いているのは疑いようはなく。
が、少しでも追跡の精度を上げるためにも、僕はこの姿勢で進み続けたのだ。
そしてしばらくすると、僕らの進行方向に大きな沼地が見え始めてきた。
「沼地か。嫌な臭気が立ち込めてるけど、匂いはこの先に続いている。ここを通れば汚泥で汚くなるけど、どうする? このまま進むか、ウルリナ」
「ああ、迂回して匂いが途絶えては困るからな。だが、ここは私に任せてくれ。私の天の才器、設置結界で足場を作って突き進むとしよう」
ウルリナは中指と人差し指を揃えて上空に突き出す。
すると、沼地の表面に透明な板のような足場が順々に奥へと向かって作り出され、道が出来上がっていった。
その使い慣れた天の才器の冴えを見て僕らの中から感嘆の声が上がると、再び僕が先んじて一歩を踏み出していく。
だが、その判断が間違っていたことに気付いたのは、しばらくしてからだった。
突如、こんな沼地のど真ん中でどこからともなく現れた騎乗した連中に、僕らは周囲を取り囲まれてしまったのだ。
「ここは我々が支配する土地だ。武装した一団のお前達を敵と認識し、攻撃を開始する! 申し開きがあるなら、武器を捨てて大人しく投降することだっ!」
「こいつらのこの格好……東方騎馬民族かよっ!?」
弓を引き絞って僕らに狙いを定めている彼らは、胸に三日月の紋様が描かれた青い民族衣装を着込んでおり、その数は五十人を越えている。
頭数では僕らと同程度だが、足場を制限されている僕らと違い、彼らは馬の速度で駆け回っており、機動力では負けていた。
「気を付けろっ! 奴ら、矢を放ってくるっ!!」
攻撃が来る瞬間を即座に察知し、ウルリナが叫んだのと同時。
前後左右から一斉に無数の矢が放たれ、僕らを目掛けて襲い掛かった。
しかもその矢の勢いは空を切り、射った者を鎧ごと軽々と貫通しかねない威力を備えているであろうことが、一目にて理解することが出来たのだ。
「皆っ! 全員、その場で身を屈めるんだっ!!」
それに対し、僕はセイブザクイーンを回転させるように斬撃を繰り出すと、迫りくる矢の数々を凶暴なる風圧にて吹き飛ばす。
そうしなければ甚大な損害を受けていたのは、確かだったろう。
今のたったそれだけの攻防だけで、このまま戦いを続行すれば仲間達に犠牲を強いることになると僕に悟らせてしまう程、敵の練度は高かった。
「奴ら、泥沼で馬を乗りこなす訓練を受けてるみたいだな。地の利は向こうにある。けどなっ、こっちには馬以上の機動力があるんだ。それを見せてやるよっ!」
僕はセイブザクイーンを鞘に収めると、一つの力ある言葉を発した。
女神ユーリティアより新たに授かり、初お披露目を待っていた僕の天の才器を補完するための追加能力が、ようやく発動の時を迎えたのだ。
「『創造創者・換装』っ!! 来たれ、聖騎士の鎧っ!!」
僕の後をずっとついて来ていた聖騎士甲冑の犬が白い光に包まれ出すと、勢いを乗せて僕へと激しく衝突。僕の体全体をも、その白光によって包み込んでいった。
光が収まりを見せた時、僕が身に纏っていたのはあの聖騎士の甲冑。
そして右手に握りしはミコト愛用の妖刀、村正であった。
「飛び回れ、村正っ! こいつらの放つ矢を、すべて叩き落とすんだっ!」
僕は村正へと命令を下す。すると、まるで意思を持っているかのように、村正は僕の手を離れて僕らの周囲を高速で旋回を始める。
そして竜巻のごとき旋風を巻き起こして、放たれる矢を弾き飛ばしていった。
「さすがですー、タミヤ様っ! これは私達も負けてはいられませんねー!」
「うむ、敬意に値する戦いぶり。私達もタミヤ殿に続かなくては」
僕の戦いぶりを見たユンナとガナンが、自ら泥沼に飛び込んでいく。
そして短剣と雷神の槌で東方騎馬民族達に攻撃を仕掛けていくが、沼に足を取られて機動力を殺されてしまっている。
やはりこの足場では、僕らは攻撃するにも防御するにも地の利的に不利なのだ。
と、そう思った僕は、そんな状況でどうやってこの不利を覆すか考えあぐねていた所、ウルリナが血相を変えて叫んだ。
「何なのだ、あれは……っ。タミヤ、ガナン、ユンナ! 沼の下を見てみろ、巨大な何かが近づいてくるぞっ!!」
僕らは即座に足元を見たが、何か大きく長い生き物らしき者が沼の下を移動してこちらへと向かってきている。それもかなりのスピードでだ。
だが、打つ手なく間近まで接近を許したことで、そいつの正体が判明する。
この化け物は……っ、
「まずいぞっ! 全員、防御だ! とにかくあれの攻撃から身を護るんだっ!!」
これから来る攻撃に仲間達全員の身の危険を感じ取った僕が咄嗟に叫んでいたが、すでに間に合わなかった。
爆発が起きたかと錯覚する程の轟音が轟き、足元の泥沼が吹き飛んだのだ。
そして奴らは、地中よりその黒く長い胴体を持った巨体を現した。
「くそっ……二体いる! 撃破するしかない、この僕がっ!」
僕は自分に言い聞かせるようにそう言うと、右手を天に翳して村正を呼び戻す。
そして下段の構えから村正の切っ先を奴らの一体に向けると、足場の設置結界を蹴って、猛然と跳躍していった。
「最初から全開だっ! 喰らえ、僕の最高奥義『牙神・冥淵』をっ!!」
黒紫色の波動を纏った村正の切っ先が、
剣が打ち下ろされる瞬間、村正から放たれる黒紫色の波動は、
そして最高奥義を繰り出し終えて落下していく中、あの巨体が絶叫を上げて沼地に倒れていくのが、僕の目にも入った。
「よし、まずは一体。後は……っ!」
僕は飛翔する村正に右手で掴まったまま、上空に舞い上がってから眼下を確認。
だが、もう一体の
しかし地鳴りのような響きを聞くに、まだ遠くには行っていないのだろう。
「さて、どうするか。馬に騎乗した東方騎馬民族達は巻き添えを避けるために、この場から退避しているのが幸いだけど……」
と、その時。僕の肩に両翼を羽ばたかせた一匹の小竜が、飛び乗ってきた。
僕に人懐っこくすり寄るそいつは、竜鱗の鎧の変化した姿だとすぐに分かった。
そして同時に妙案をも思いつき、僕は子竜の頭を撫でると作戦を伝える。
「よし、頼んだからな。それじゃ、タイミングよくいくぞっ」
子竜が僕の肩から飛び立ち、匂いを辿って真下の沼地へと急降下していく。
続けて僕も子竜の後を追う形で柄を掴んでいる村正と共に、眼下へと高スピードで一気に下降していき、敵の位置の捕捉に成功する。
「そこだっ!! お前にもお見舞いしてやるよっ! 全力で放つ最高奥義『牙神・冥淵』をさっ!!」
僕は空中で村正の柄を両手持ちにして握ると、大上段から急降下の勢いを乗せて一気に振り抜いたっ!
落雷が落ちたかのような轟音が轟き、黒紫色の波動と共に沼地の沼が大きく上空に巻き上がって、四方へと飛び散る。
「ギィシャアアァァァァァっ!!」
最高奥義を炸裂させた沼地の真下に潜みながら移動していた
こうしてあの巨大で厄介な
激変する戦況は安心する暇など、僕らには与えてくれはしなかった。
「
「おい、勘違いするなよ。僕達は……」
しかし彼らの視線が向いている先は僕らではないことに気付き、その方向を見た僕は、そこにいた相手の姿に驚かされることになった。
なぜならそこにいたのは……僕にとって既知の人物であり、帝国最強の一角。
「……こんな所でお前に出会うとは。帝国を裏切ったのは事実だったか」
「お、お前はっ……!? 何で、ここにいるんだっ!?」
だが、その男は答えることなく問答無用でその場にて高速で拳を突き出すと、鋭い衝撃波が飛び、僕の頬を掠めていく。
確かに躱したはずだったが、僅かに頬に切れ目が入って血が滲み、零れ落ちる。
僕は戦々恐々としながらその血を拭うと、せめて気迫だけでも後れを取らないようにその男に殺気の視線を飛ばし続けた。
「くっ……問答無用かよ。答える気はないってことかっ」
そうしなければ、僕は……この男の気配に飲み込まれてしまう気がしたからだ。
前触れすらなく忽然と現れた、帝国随一の暗殺者と知られる男……。
そう、飛び越えのフィガロに対して、僕は恐れを感じていたのである。
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