第五十七話【敵を知り、走る動揺】

 夜が更け、グスタブルグ城下街に静けさが訪れていた。

 それでも城下の通りでは夜だと言うのに明かりが各所に灯っており、この時刻になっても疎らにではあったが、楽しそうに行き交う人々の姿がまだ残っている。

 僕らはそうした人々を余所に、街の中を風を切るような速さで移動していた。


「ユンナが彼らから聞き出した情報によると、奴隷の売買は東部領主であるグスタブルグ伯爵家自らが行っているらしいし、グゥネス伯との対立は避けられないな」


「ああ、仕方ないだろう。敵を増やすことになるが、私達の目的である東方騎馬民族と交渉の卓につける、またとない機会だ。これを無駄にする訳にはいくまい」


 会話を交わしながら駆けていく僕らだったが、一般の人々の中に混ざって、数多くの城下の警備を行っているのだろう騎士達の姿もあった。

 だが、彼らの道行く姿はどこか……。その挙動一つとっても洗練されておらず、一目見ただけでどこか素人臭さが伝わってきたのだ。


「あいつら……新兵、なのかな? どこか動きに機敏さがない感じがするけど」


「かもしれないな。精鋭の騎士達は東方騎馬民族との戦いに駆り出されて、残っている騎士の多くは、あのような未熟な兵だけなのかもしれんぞ」


 その予想が正しいとしたら、いよいよグゥネス伯側の敗色が濃くなってきていると言うことだが、それにも関わらず、この城下街には緊迫感と言うものがない。

 この街に暮らす人々にも、今の戦況がまるで伝えられていないかのようだ。

 だからこそ、これから僕らが起こそうとしている騒ぎに、そんな人々が巻き込まれることに少し心が痛んだのだが、僕らの手筈通りにそれは始まった。


「タミヤ様、ウルリナ様、どうやら彼らがやってくれたみたいですよー? 今夜は忙しくなりそうですねー」


「ああ……これからが本番だぞ。気を引き締めないとな」


 そう言うと、僕は懐に仕舞ってあった葉巻に火をつけた。

 それも帝国民の中でも富裕層でないと入手出来ない、プレミアムシガーだ。

 僕が帝国六鬼将に身を置いていた頃にクシエルから貰ったものだが、ここぞと言う場面でふかすと気分が落ち着くので、今も手放さずに所持していたのだ。

 僕らがじっと機を窺う中、城下町では大勢の騎士の叫び声と怒声が飛び、人々が逃げ出す音がして、混乱が広がっていった。


「火災の被害を受ける人達には申し訳ないけど、僕らにだって譲れない目的があるからな。何とか命だけは、凌いでくれと言うしかない。よし、行こう、ウルリナ」


 機が熟したと判断した僕らは再び走り出したが、各所で火の勢いが増していく。

 予め街中に忍ばせておいた辺境騎士達に、至る所で火を放たせていたのだ。

 僕らが城に潜入する隙を作るためには、どうしても必要な手筈だった。


「さてと……城が見えてきたみたいだぞ。ここから先は、もう穏便には済ませられないことになる。さあ、僕らからの宣戦布告を受け取ってくれっ!」


 紫煙を燻らせた僕は甘い香りの葉巻を投げ捨て、セイブザクイーンを抜き放つ。

 そして下段の構えから、城門を目掛けて一息に駆けていき……っ。

 苛烈な勢いで城門を中心部分から大きく破壊、そのまま城内へと駆け抜けたっ!

 さながら大砲が炸裂したかのような轟音と、無残に砕けた城門跡だけが残る。


「よし、僕に続け、ウルリナ、ユンナっ!」


 侵入者があったことを相手側に知らせるリスクは負ったが、堀に囲まれ、この閉じた城門以外に入り口がないこの城に突入するには、やむを得なかったのだ。

 案の定、城内の騎士達が騒ぎを聞きつけてあっという間に、集まり出してくる。

 それを見て僕らは透明化をあえて解除して、襲い掛かる彼らをなぎ倒し、ひたすら奥へ奥へと突破していく。


 ――だが、交戦する度に、薄々と感じていたことが現実味を帯びてきた。


「何なんだよ、こいつら? あまりにも……手応えがなさ過ぎる」


 そう、騎士達を撃破していった僕らが感じたのは、そのあまりの弱さ。

 彼らの剣の握り方や踏み込み方を見ても、練度不足なのは明らかだったのだ。

 それでも敵である以上は、彼らを斬り捨てて進まざるを得なかったのだが、腑に落ちない思いは拭うことは出来ず。しかし一つの確信には、至った。


「間違いない、こいつらは素人の寄せ集めだ。けど、まさか城の守りを固める騎士達まで、ここまで戦闘経験が少ない連中が集められてたなんてな……。これでどうやって、精強な東方騎馬民族と戦うつもりだったんだ?」


「弱卒とは言え、油断は禁物だぞ、タミヤっ!」


 そう叫びながら、ウルリナは斬りかかってきた騎士の剣を弾き飛ばし、更に床に蹴り倒したが、その衝撃で相手騎士が深めに被っていた兜が床に転げ落ちてしまう。

 そして……兜に隠れていたその顔を見た途端、僕らの間に動揺が走った。


「こ、子供!? こんな年齢の子供が、甲冑を着込んで戦っていたのかよ!?」


 僕は呆気に取られつつも、背後から斬りかかってくる騎士の剣を振り返ることなく片手で掴み取り、そのまま体ごと床に捻じ伏せた。

 そしてその押し倒した体勢の騎士から、兜を力任せに剥ぎ取って放り捨てる。

 悪い予感が的中し、そこにあった顔に僕はまた驚かされることになった。


「お前っ、この顔は。……こんなに頬が痩せこけて。ガリガリじゃないか!」


「タミヤ様、ウルリナ様っ! 見てください、こっちの彼らも同じですー! 年端もいかない男の子や老人に、女児までいますよー! これ、どうなってるんですかっ!」


 ウルリナもユンナも騎士達を次々と床に捻じ伏せると兜を剥ぎ取って、その正体を明らかにしていったのだが……。

 彼らはいずれもが戦闘に向いてるとは言いがたい、子供や老人、そして栄養失調で足元がふらついてさえいる、病人達だったのだ。

 その正体を知ったことで戦意に陰りを見せて、僕らは立ち尽くしてしまった。

 だが、依然と彼らは僕らの周囲を取り囲んで、剣を向け続けている。

 そうしてじりじりと距離を縮めてくる彼らに対し、僕らは決断に迫られた。


「タミヤ、ユンナ、予定を変更だ。これより戦闘を極力避けて、当初の目的をそれぞれ果たせ。その後、機を見て例の場所で合流しよう。さあ、作戦開始だっ!」


 この状況を打破するべく、即座に決断を下したウルリナは指示を飛ばすと同時に、彼女自身が真っ先に動き出していた。

 それに一呼吸遅れて、僕らも弾かれたように騎士達の間を走り抜けていく。

 当然、背後からは騎士達が追ってはきているが、その動きは緩慢で、瞬く間に距離を突き放していった。


「ガナンっ……頼んだぞ。お前が僕らの本命なんだからなっ!」


 僕は何度も背後を振り返ると、この騒ぎに乗じてガナンが東方騎馬民族らが捕まっている牢獄の場所を上手く突き止めてくれることを、ただ願った。

 そしてその成功率を上げるためにも、僕らが存分にこの場を掻き回してやろうと、城内の通路を全力で駆け抜けていったのだ。

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