第五十五話【帝国が抱える危険地帯】
「やはり情報通りに、中央領側を警戒している様子はないようだ。駐留している騎士の数はそれほど多くはない。突破しようと思えば、いけるはずだ」
あれから数日。東部領まで今一歩と言う所まで、僕らは辿り着いていた。
背の高い樹木の上から望遠レンズを覗き、東部領に向かうための関所を確認していたガナンが、真下にいる僕らに向けて、そう口から漏らす。
そして望遠レンズを懐に仕舞い、樹木から飛び降りたガナンは僕らを見据えながら作戦を提案した。
「東部領には内乱の火種が燻っているのはすでに話したが、あそこは元々、幾つもの民族が反目し合っていた土地なのだ。それを前大将軍グレセェンによって統一された経緯がある。その彼が大将軍の座を追われてからは、各民族らは分裂こそしなかったものの、彼の復権を願って抵抗を続けているそうだ」
「そうか、お前の意図が読めてきたぞ。東部領の反乱分子に支持されている、グレセェン前大将軍に接触して助力を得ようと言う考えか、ガナン」
ウルリナの言葉にガナンが頷く。
続けてガナンは険しい表情を見せて東部領で動くことがどれだけ危険を伴い、一筋縄では目的を達成することが難しいかを話してくれた。
グレセェン前大将軍を擁する、彼ら東方騎馬民族の残忍さと強さ。利害の一致から共に帝国中央と戦う約束を取り付けられたとして、決して信用出来ない相手だと。
「辺境領以外の帝国も一枚岩じゃなかったってことか。けど、聞けば聞く程に、やばい連中みたいだな。東方騎馬民族か……。まあ、僕の目が届く範囲にいる限りは、この面子からは犠牲者は出させないけどな」
僕は僅かに不安を抱えながらも、ウルリナとガナンとユンナの顔を見た。
そしてあの絶望的な戦いから無事に生き残ってくれていた、五十七人の辺境騎士達の顔を見回すと、この全員を守り抜くことを決意する。
そして次に関所の方に目を向けて、頭の中でこれからの目算を立ててみた。
まずはあの関所を抜けるために、ユンナの天の才器『神の見えざる手』によって、全員が透明化して、関所の大門の間近まで近づく。
それから僕の牙神かガナンの雷神の槌で大門を破壊し、一息に突破が確実だと。
「よし、それじゃ行こうか。ユンナ、頼む」
「……ええ、それは構いませんけど、タミヤ様。ちょっといいでしょうかー?」
ユンナは僕をじっと凝視した後、顔を近づけて僕の頬を力強くつねった。
あまりの痛さに僕は、彼女の手を払い除けると彼女を睨み付ける。
「な、何をするんだよ、ユンナ! まさかまだ僕に対して怒ってるのか!?」
「そうですよー、タミヤ様。けど本当に正気に戻ったみたいですね、良かったです。ですけど……私の中でまだ貴方が憎たらしいのは変わりませんから、それを忘れないようにしてくださいねー」
ユンナは意地悪っぽく微笑むと、僕から離れて指をパチンと鳴らした。
途端、僕の姿がその場から掻き消えるように透明化し、続けて彼女は一人一人を手で全員に触れていくことで、順に透明化させていった。
そして最後に自分自身も透明化すると、皆の先頭に立って進軍の音頭を取った。
何が嬉しいのかまだニンマリと笑顔を浮かべており、やる気は満々のようだ。
「さあ、皆さーん。姿の見えない戦闘集団がどれだけ恐ろしいかを、グゥネス伯の騎士さん達にこれから教えて差し上げに向かいましょうかー!」
居場所を悟られない程度の声量で僕らから賛同の声が上がり、まずはウルリナが今まで身を隠していた林を抜けて、ガナンとユンナと辺境騎士達がそれに続いた。
僕も腰に差したセイブザクイーンを抜き放ち、その後を聖騎士甲冑の犬が追う。
近づいていけども、関所の物見の塔で見張りをしている騎士達は気付く様子はなく、僕らはあっさりと関所の大門まで辿り着くことが出来た。
「ガナン、ここは僕にやらせてくれ。これしきの大門を破壊する程度、僕の『牙神』なら余裕で出来る」
「そうか、では君に任せたい。頼む、タミヤ殿」
僕は大門から距離を取ると、セイブザクイーンの切っ先を向けて下段に構えた。
そして一呼吸して、大門を見据える。
見様見真似で行っていたネルガルの特訓法をイメージし、通常の牙神すらより威力を高めるべく、発動の刹那に爆発させるために、体内に気を蓄える。
「いくぞ、『牙神』っ!!」
それは駆け抜けた大地に、抉ったような跡が出来ていく程の突進力。
衝撃波すら発していたその渾身の一撃は、完膚なきまでに大門を粉砕した。
凄まじい大音響を発し、ここに来てようやく関所の騎士達は異変に気付き始めるが、すでに後の祭りだった。
僕らは雪崩れ込むように関所に乗り込んでいき、この襲撃をグゥネス伯に察知されることを遅らせるために、騎士達を一人ずつ撃破していったのだ。
「よし、一人も見逃すな! 出だしが一番肝心だ! ここでの立ち回りが、東部領での私達の行動に影響を及ぼすと言っても過言ではないと思え!」
ウルリナが両手に持った黒剣とフレイムタンを騎士達に振るいながら、敢然とした表情で僕らに向けて叫ぶように指示を送る。
そんな獅子奮迅の戦いぶりのウルリナに、僕も負けていられないなと嗅覚を働かせて敵が潜んでいる位置を特定。
牙神を繰り出して、彼らが隠れている壁や物陰ごと吹き飛ばしていった。
「ウルリナ、ガナンっ。もう関所内に敵が潜んでいる気配は感じない。このままこいつらをふん縛って、東部領に突入しよう!」
「ああ、よくやってくれた、タミヤ、皆。さすが全員が辺境領で
関所の至る所を破壊し、僕らはグゥネス伯の騎士達を一か所に集めて拘束。
それを確認し終えてから、自分達に被害が出ていないかウルリナが点呼を取ってみたが、怪我人すら一人も出ておらず、僕は心の底から安堵した。
辺境領に来たばかりの頃は、僕は彼らに拒絶の目で見られていたが、生死を共にする内に、いつしか僕らの間に壁はなくなっていた。
彼らが僕を頼り信頼してくれている以上、僕もその信頼に応えてやりたいと思えていたのだ。
「幸先がいいようだな。まだ油断は出来ないが、一先ず作戦は成功だ。では、これより東部領に潜入する。ガナンが言うには、死が隣り合わせの危険な土地だと言う。全員、生き残ることを最優先とし、決して無理はするな」
ウルリナの命令の元、僕らはいよいよ関所を抜け、東部領へと足を踏み入れる。
だが、その途端に……僕は体の芯から悍ましい寒気が走り、身を震わせた。
それは敏感な嗅覚と全身の器官で感じ取った、言いようのない血生臭さ。
これまで多くの死線を潜り抜けてきた今だから分かる、特有の感覚だった。
「これは……思った以上に、深刻みたいだな。辺境領もそうだったけど、ここも帝国の法が正常に機能しているかどうかすら怪しい。まるで無法地帯だ……」
それが僕が最初に抱いた感想であり、この土地に踏み入った以上は、僕であってもいつ死の危険が迫るか分からないと、改めて覚悟を決めさせるには十分だった。
ウルリナもガナンも険しい表情で、内心は僕と同じことを考えているのだろう。
だが、どんな脅威が待ち受けていようと、進まざるを得ない理由がある以上は、僕らは足を止める訳にはいかなかったのだ。
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