第五十一話【あの世から帰ってきた戦士】

「『牙神』っっ!!」


「その技は、何度も見ましたーっ!」


 一瞬の閃光。眩いばかりの輝きを放ちながら駆け抜けた僕の牙神による斬撃は、ユンナの短剣を弾き、その体を斬り裂いた……かに見えた。


「消え、た……!?」


 駆け抜けた先で疾走の勢いを止め背後を振り返ると、ユンナの姿が消えていた。

 間違いなく、ユンナの天の才器。

 それによって激突の瞬間に姿を消し、攻撃を躱したと言うことだろう。

 だが、僕は状況を打開し、位置を探るべく、すぐさま鼻を動かし匂いを嗅いだ。

 今回はさっきと同じ轍は踏むつもりはない。

 炭酸水素ナトリウムで自分の匂いを消したと言うのなら、今度はそれの匂いを追跡すればいいだけだからだ。


 ――僕は目を瞑り、嗅覚を最大限にまで研ぎ澄ます。

 ――そして……捉えたっ。


「そこだっ!!」


 僕はかっと目を見開き、セイブザクイーンを背後に向けて、斬り放つ。

 攻撃したそこは何もない空間だったが、確かな手応えがあったのを感じた。

 小さく悲鳴が漏れ、僕を憎悪の視線で睨み付けるユンナが、斬りつけた場所から徐々に姿を現し始めていく。

 だが、どうやら今の斬撃は浅かったらしく、服の右袖が破れているだけだった。


「くっ、タミヤっ……これで私の上をいったと、思わないことですよっ!」


「この期に及んで負け惜しみか、ユンナっ」


 意に介さず、僕がユンナを狙って牙神の構えを取とうとした、その時だった。

 突然、右肩に鋭い痛みが走って確認してみたが、そこには何もない。

 ただ何かが突き刺さった感触だけがあり、血がドクドクと流れ出ていた。

 僕は咄嗟に手を伸ばすと、視認出来ないそれを掴む。


「これは、短剣っ!? そうか、お前の……っ」


「気付いた時には、もう手遅れ! もうお前の戦い方にも見慣れてきたんですよっ、タミヤっ!」


 僕がはっとして声がした方向を見たのも、束の間のこと。

 すでにユンナが目前にまで間合いを縮めており、右腕を振りかぶり、力一杯に拳を握り固めて殴りかかってきていた。


「せいやぁぁっ!! くたばりやがれっ、ですよーっ、タミヤっ!!」


 ユンナの小柄な体からは想像もつかない途轍もない力で、右拳が僕の頬に叩き込まれ、僕は地面に両足で踏ん張りながらも、勢いで後退っていく。

 ずざざざっと、何とか踏み止まった僕は、ユンナを見据えて即座に下段に構える。


「また、それですかー? 馬鹿の一つ覚えみたいに同じ技ばかり。少しはバリエーションつけたらどうですか、タミヤっ!」


「……ああ、そうだな」


 僕はユンナの挑発を受け流すと、これから繰り出すつもりの牙神に疾走の勢いをつけるべく、後方に飛んで距離を取る。

 そして再び向かい合った僕とユンナの殺気が迸り、緊迫感が高まっていく中、僕は下段に取ったセイブザクイーンを、そこから更に身を沈めて後ろに引いた。

 これまで以上に……体を低い位置まで沈ませたのだ。


「確かに、僕だっていつまでも今の強さに甘んじているつもりはないさ。この世界じゃ、上を目指さなければ死ぬだけなのは、よく見てきて知っているからな」


「……そ、その構えは? いつもと違……っ!?」


 僕の構えの脅威を察したのかユンナは瞬時にして顔を強張らせると、反射的にそうせざるを得なかったのか数歩、後退った。

 一目でこれがただの牙神でないと見抜いたのは、場慣れしてる故だろう。

 僕は全身の気を体内に蓄えると、セイブザクイーンの切っ先を動揺して狼狽えているそんなユンナに向けて、狙いを定める。


「タ、タミヤっ! お前なんかには、絶対っ! 絶対に屈しませんからーっ!」


「ああ、良い覚悟してるな、ユンナっ。褒めてやるよ」


 ――そして僕は、体内に溜め込んだ気を一息に解放し、動いた……っ!


 静から動に瞬時に切り替わり、僕は右足で一歩を踏み出し、駆け抜ける!

 それはさながらジェットエンジンが爆発したかのような急加速であり、踏み込んだ地面が陥没し、背後に向かって土煙が巻き上がっていく程だった。


「いくぞ、ユンナっ! これが僕の新奥義『牙神・竜裂波』だっ!!」


 一見すると速度が速い以外は、これまでの牙神と動作は同じ。が、しかしっ。

 この奥義の本質は僕が装備する、竜鱗の鎧の潜在的な力を引き出すことにある。

 剣身と全身に鎧が発する竜を模したオーラを纏うことで、本当に竜であるかのごときパワーと機動力を自身に付加し、絶大な破壊力にて相手を粉砕するのだ。


「あ、ああ、ああぁぁっ! タ、タミヤっ、お前なんかには絶対にーっ……!」


 もうどうにもならないと悟ったのか、ユンナは叫びを上げながら動けずにいる。

 このまま剣の腹で叩きつけて大人しくさせてやろうと、僕はセイブザクイーンを一気に振り抜くっ! ……つもりだったのだが、命中直前で僕は首根っこを掴まれて、何者かに体ごと持ち上げられてしまう。

 そしてその人物の姿を見た時、僕は思わず彼の名を叫ばざるを得なかった。


「えっ? ガ、ガナンっ!?」


「いかんな、タミヤ殿。仲間同士で諍いなど起こすべきではない。そちらの女性の方も、どうか戦意を静めて欲しい」


 そう、見間違えるはずもない。

 この恵まれた筋骨隆々とした頑強で長身の肉体、僕を軽々と持ち上げる怪力。

 僕のユンナへの攻撃を止めたのは、他でもないガナンで間違いなかった。


「い、生きていたのか、ガナンっ!?」


 夢でも見てるのかと驚く僕だったが、僕より驚きを示したのはウルリナだった。

 僕を片手で持ち上げたままのガナンに駆け足で走り寄ってくると、その厚い胸板に力一杯飛びかかり、顔を埋めて嗚咽を漏らし始めたのだ。

 そしてガナンの顔を見上げながら、目からぽろぽろと涙を溢す。


「い、今までどこへ行っていたんだ、ガナン。死んだものと諦めていたのに……けど、あの魔種ヴォルフベットから助けてくれたのもお前なんだろ?」


「ああ、そうだ。お嬢が一番大変な時に一緒に戦うことが出来ずに、すまない。本来ならば、何を差し置いてもお嬢の元に駆けつけるのが、辺境伯に仕える私の責務だったと言うのに」


 ガナンは、僕を静かに地面に下ろすと、泣き腫らすウルリナの両肩にそっと両の手を添えて、そう言った。

 その低くて穏やかな声は僕を、そしてウルリナを安心させるに十分だった。


「いいんだ、ガナン。今、こうして来てくれたことが、私は何より嬉しいぞ」


「お嬢、久々の再会で言いたいことはあるだろうが、ここは敵地だ。まずは帝都を離れよう。積もる話はそれからにしたい」


 その提案にウルリナは涙を拭きながら頷き、ガナンは今度は唖然と立ち尽くしているユンナの方に向き直ると、彼女にも声をかけた。

 彼女の目からはすでに憎悪が消え、戸惑いの色が浮かんでいるように見える。


「君の名はユンナ殿か? タミヤ殿と何があったかは知らないが、ここにいてはいつ君の身にも危険が及ぶか分からない。君も私達と一緒に来てはどうだろうか?」


「で、でも……私はー……」


 もじもじと煮え切れない態度を取るユンナに焦れた僕は、どしどしと近付いていくと、彼女の手を取って強引に引っ張っていく。

 ガナンに横槍を入れられた後の僕らのやり取りを見て戦意を失ったのか、抵抗することはせず、彼女は素直に従って一緒に歩き出した。


「僕はもう正気だよ、ユンナ。けど、今までお前とウルリナに酷いことしたのは事実だし、悪かったと思ってるさ。後でいくらでも謝るし、殴られてやってもいいから、今は僕らに従ってくれ」


「……っ」


 まだ何かを言いたそうなユンナの手を引いて、僕らはすでに今の騒ぎで少なからず人目を引いてしまったこの場所から、ばつの悪い顔で足早に離れていった。

 このことが通報され、ネルガル将軍の耳に入れば、僕らの脱獄劇のことがバレるのは時間の問題だと思われたからである。

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