第五十二話【敗残者と未知なる力との融合】

 今にも降り出してきそうな雨天の空の下、人里離れた場所に宮殿があった。

 この辺りには動物すら近寄ろうとしないのか静まり返っており、その唯一の黒塗りの宮殿ですら、誰も住んでいないような雰囲気を醸し出している。

 だが、きちんと整備された庭と、刈り取られた草木が整備されているのを見れば、誰かが手を入れているのは間違いなかった。


 ――事実、その宮殿の中では……。


「……見誤っていたぞ。己の肉体をほとんど滅したあの男、恐るべき強さだ。まさか、あれほどの使い手が人間共の中にいたとはな」


 薄暗く最低限の蝋燭の光だけが周囲を照らし出している、宮殿の一室。

 そこでくぐもった声を発したのは、培養液が入った水槽で生首だけの状態で沈んでいる、あの宵国の騎士団団長であるマドラスだった。

 そしてそんな彼を見て、側にある椅子に腰かけながら微笑む男がもう一人いる。

 透き通るように白く、肩まで伸びた白い髪、白を基調としたローブを纏った艶めかしい美貌を備えたその男は、白皙のクシエルだった。


「あれが帝国が誇る最強の武人、大将軍ネルガルです。如何でしたか、マドラス殿。話で聞くのと実際に敵として対峙したのとでは、雲泥の差だったのでは?」


「……そのようだな、認めざるを得ん。己にはより強い肉体がいる。見つけ出すのだ、クシエル。己と融合するに足る、強靭なる新しい肉の器をな」


 無様な姿を晒しながらもまだ勝利を夢見ている、そんなマドラスを見て、クシエルは椅子から腰を起こすと、水槽の中にいる彼を見下ろした。

 そして蔑みを込めた目を向け、一笑に付す。


「勝てませんよ、貴方では。一度戦っておいて、まだ分からないのですか? あの男は貴方ごときが何度挑んでも、太刀打ち出来る相手ではないのですよ。もし勝てる存在がいるとしたらそれは……それこそ私が追い求めている者なのです」


「何だと……? お前は何を欲していると言うのだ、クシエル。人を裏切り、我ら魔種ヴォルフベットに加担をしてまで、何を求める?」


 水槽内から視線を向けるマドラスだったが、クシエルの表情からは感情は窺い知れず、俯き加減で笑っているようでも、憂いを帯びているようでもあった。

 しかしやがて顔を上げたクシエルは、水槽の中に手を突っ込みマドラスの生首を掴み上げると、冷ややかな笑みを浮かべながら答えた。


「別に……私のは単なる個人的な願いですよ。ですが、貴方にはまだ使い道があります。新しい強靭な肉体が欲しいと言うなら、その望みは私が叶えて差し上げましょう、マドラス殿」


「何を、するつもりだ……?」


 クシエルがマドラスの生首を掴みながら、体の向きを変えて見つめた先には、チューブで繋がれたカプセルが配置してあった。

 そこからは怪しげな機械音がしており、彼はその手前の機械を操作し始める。

 すると、カプセルの扉が開き、中には何かの液体で満たされていた。

 彼はそのままマドラスをそこに浸すように入れると、すぐにまた扉を閉めた。


「貴方にプレゼントしますよ、マドラス殿。帝都の地下にて眠る、私達六鬼将の全員の血肉となり融合を果たした、ある特別な魔種ヴォルフベットの肉体の一部をね。では……結果がどうなるか私にも保証は出来ませんが、融合を開始しましょうか」


「っ!? クシエル、貴様……! 己を、魔種ヴォルフベットの頂点たるこの己をっ、実験動物として扱うと言うのか……っ」


 カプセル内で怒りを込めた言葉を発するマドラスなど気にも留めず、クシエルが手前の機械のスイッチを押すと、カプセルが振動を始めて動き出す。

 そして彼はカプセルから生じる明りを、心底楽しそうにじっと見ていた。


「未知の体験こそ、人にとって至高の喜びですよ。おっと、そういえば貴方は下等な人間ごときではなく、高貴なる魔種ヴォルフベットとやらでしたね。これは失礼しました」


 クシエルはまだごぼごぼと何かを口走っているマドラスを見て微笑むと、次第にどす黒くなっていくカプセル内を、彼の生首が見えなくなるまで見下ろしていた。

 しかしそれにも飽きてしまうと、再び先ほどの椅子に腰を掛けて手近にあった本を手に取って、熱心に読み耽り始める。

 彼が何を考え行動し、何を目的としているのか、それは魔種ヴォルフベットですら与り知らないことであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る