第四十四話【闇の炎】
「グジャャアアアアアアアアッッ!」
突如として現れたネルガルを敵として認識したのか、マドラスの肉塊は咆哮を上げて、その全身を膨れ上がらせた。
「ほお、荒ぶってやがるな。それじゃ、ちと大人しくなってもらおうかよ」
相手に攻撃する間も与えずに、ネルガルはその肉塊の中心部に燃え盛る右拳を勢いよく叩き込んだ。
喚き叫びながら、今までテロメアの触手に喰らいついて離れなかった肉塊は、ようやく打っ飛ばされて地面に叩き付けられる。
だが、中心部に開いた口のような穴から血反吐を吐きながら……。
それでも尚、肉塊は動きを止めることなく、一定間隔で不気味に収縮していた。
「……あ、あの人は、まさかー……ネルガル大将軍? 帝国で最強の……」
メフレに抱き抱えられながら、ユンナは上空で行われた攻防を目にしていた。
自分達では手も足も出なかったあの肉塊に、ネルガルはいとも容易くダメージらしきものを与えてのけていたのだ。その強さに敬意と、畏怖の念を覚え。
そしてまた生を拾ったことに彼女は安堵と、過去のトラウマを思い出していた。
「また……そっちには行けませんでしたねー、神官長。ですけどっ、これが女神様からの天啓だと言うのならっ! 私もまだまだ、生き抜いてみせますよーっ!」
ユンナは足元がふらつきながらも気力を振り絞り、両の足で立ち上がった。
そして地面で未だに蠢いている肉塊と、上空からそれを見下ろすネルガルに交互に視線を飛ばすと、戦いを見届けんとした。それが彼女の最後の意地だったのだ。
メフレもその意を理解したのか、その隣に並んで彼女に倣った。
「心配はいらないですよぉぉ、ユンナ。何しろ、ネルガル将軍はあたしちゃん達、六鬼将の中でも、最強なんですからぁぁ……」
ユンナとメフレが、揃って上空を見上げる。
そこではネルガルが両指で四角の形を作り、全身に纏う炎を集約させていた。
彼の両掌の間は轟々と燃え盛り、そこの間から対象に狙いを定めている。
「さて、そんじゃおっ始めるとするかよ、マドラス。いくぜ、『炎獄破』っ!!」
閃光と業火がネルガルの両掌の間から放たれ、肉塊に轟音を上げて迫り、炸裂。
あまりの強い熱量にユンナとメフレの視界が紅蓮に覆われるが、それでも目を逸らさなかった結果、彼女達が目の当たりにしたものは……。
それは地面に開いた、巨大な穴だった。
島の一部が吹き飛び、出来上がったその穴へと湖の水が流れ込み、地形を変化させた程の途轍もない威力の技に、彼女らは驚愕せざるを得なかった。
「あいつはっ……マドラスは消し飛んだんでしょうかー!? 確かにこれだけの威力ですけど、あの
だが、この破壊力を見ても、ユンナの胸中の不安は消え去ることはなかった。
不死身であるその性質を知っている以上、敵の姿を探し求めて、熱波に耐えながら必死に目を凝らす。そしてその望みはすぐに叶えられた。
湖に沈んだ穴の中から、残像を残すほどの速さで黒い塊が浮き上がったのだ。
「ギジャャアアアアアアアッ!」
地面の上へと飛び乗ってきた肉塊は、目のような部位でぎょろりとネルガルを睨み付ける。そして身を蠕動させて、彼に向かって跳ね上がった。
ユンナとメフレが辛うじて目で残像を追える程の速度で跳躍した肉塊は、体当たりのように彼に迫りくるが。
対し彼は、まったくのノーモーションで右拳で力任せに横っ面をぶん殴った。
しかしまたも地面に叩き付けられる肉塊だが、血を撒き散らしながらも動きは止まらず、その不死身ぶりを見せつけている。
「やっぱそうかよ。単純な攻撃じゃ威力の高低に関わらず、とどめはさせねぇか」
言葉とは裏腹に、ネルガルから焦りらしきものはまるで感じられなかった。
むしろ余裕さえ感じられ、全身に炎を纏い空を飛翔し、肉塊を見下ろしている。
が、徐々に高度を下げて、やがて地面へと降り立つと肉塊へと歩いていった。
「お前さん達のご自慢の不死身特性だが、いつまでも俺らがそんなもんに手をこまねいていると思ったら大間違いだぜ? その仕組みも着々と解き明かしつつあるんだ。勿論、対応策もな」
ネルガルは如何なる攻撃にも耐え切った肉塊に怖気づくことなく、更に歩を進めて近づいていく。そして目と鼻の先まで移動した時、ようやく歩みを止めた。
肉塊を睨み付け、不敵な笑みを浮かべると、懐から掌サイズの球体を取り出す。
その透明な球体は中で黒い炎が轟々と蠢いており、彼はそれを高らかに翳した。
「こいつはな、通称『闇の炎』だ。俺らの世界とは異なる、お前ら
ネルガルの言葉の意味を理解しているのか、肉塊は動きを止めた。
全身を小刻みに震わせ、放つ怒気からは憎悪の感情を抱いているように見える。
だが、そんな肉塊の様子を意に介することなく、彼は更に続けた。
「そんなお前らを根本的に滅ぼし、異界との繋がりを塞ぐのがこいつだ。まったくバージバルはよく頑張ってくれたぜ。見せてやるよ、マドラス。その効果の程をよ!」
ネルガルは闇の炎を投げ上げる。
それは放物線軌道を描きながら、上空にて砕け割れた。
そして砕け散ると同時に物凄い黒い光が四方を照らし出し、全員が目を伏せた。
「アアアァアアアアァっ! ギィオオオバグァアアアアァっ!」
環境音が消え去り、周囲の色彩もなくなる中、肉塊だけが絶叫を上げていた。
ネルガルの説明通りなら、これであの肉塊は本体との繋がりを絶たれて不死身ではなくなったのだと、そう考えながらユンナはただ見ていた。
だが、果たしてそんなことが可能なのか……と。内心では不安と期待が入り混じりながら、その一部始終を見守ろうとしていたのである。
「オォオォアアアアアアァァっっ!!!」
あらん限りの叫びを上げて、肉塊は風よりも速くネルガルに襲い掛かった。
それは最早、形振り構ってはいられないと悟ったかのようであり、対する彼は猛り昂る表情で両拳を放ち、肉塊から伸びた触手と弾き合う。
そして肉塊を優に超える、あまりにも速いその拳はついに渾身の力を込めて肉塊の脳天部分に打ち込まれた。
「ギィィアアアアァァっっ!!」
叫び、悶え苦しむ肉塊だったが、ネルガルが取った構えを見て体を委縮させる。
なぜなら、その構えは先ほど地形をも変えた、あの技だったのだから。
「不死身でさえなければ、お前ら
全身の炎を両手に集め、手を重ねて親指と人差し指で四角形を作り、そこからネルガルは目前の肉塊に狙いを定めていた。
すでにその技は臨界点に達し、発動直前の状態だったのである。
「冥土の土産に特大のをお見舞いしてやるぜ。手負いのお前には過ぎた技だが、いくぜっ!」
そして……その奥義は、ネルガルの手で形作った四角形の間から強烈な発光を伴った波動として放たれる。炎が完全解放され、それが肉塊へとまともに炸裂し……。
最早、それは戦術ではなく戦略兵器さながらであり、破壊の顕現であった。
轟々と燃え盛る熱と光が収まった後、ユンナが恐る恐る目を見開いた時、彼女は驚きの声を上げる。
「っ!? す、凄い……な、何て威力ですかー。これがネルガル将軍の本気……」
だが、ユンナが驚くのは無理もなかった。なぜなら、もうそこには……。
肉塊は一片の肉片も塵すらも残らず消滅しており、更には技が放たれていった方向の湖は、水が蒸発して底が見えてしまっていたからである。
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