第三十九話【それぞれの戦い】
やはりゾンビ達は統率が取れており、ウルリナの背後からも的確に襲ってくる。
さっきから彼女は後方にフレイムタンから放った炎の壁でゾンビ達を遮ろうと試みていたが、ゾンビがまた一体、炎を恐れもせずに踏み越えて迫ってきた。
「ぎぃしゃぁああああ……!!」
「目障りだ、ゾンビめ。消えてなくなれ!」
ウルリナは襲い掛かるゾンビの鋭い爪を身を捻って回避すると、唯一ゾンビを倒すことが出来る黒剣による突きで、その喉元に刃を突き立ててやる。
すると、よろよろと後退したゾンビは、後ろに作った炎の壁の中に倒れ込んだ。
まるで火葬場のように、これまで焼き尽くしてやったゾンビ達の肉が焦げる匂いがそこには充満していた。
「ああっと~、貴方の相手は私ですよー、アガレスさん!」
一方。ゾンビと戦うのに手一杯のウルリナに代わって、大橋の中心ではユンナが単身で魔人タイプの
ウルリナの方に呪法を仕掛けようと試みていたアガレスを止める形で、ユンナの短剣と彼の杖がぶつかり合って、火花を散らす。
「ブホホホホ、小癪な小娘ですね。某が呪法専門で肉体戦闘が不得手だと思ったなら、それは大間違……」
アガレスが喋り終える前、突然にユンナの姿がふっと消えた。……かと思った瞬間には、驚きで目を見開いたアガレスの脳天に、鋭い物が突き立てられる。
そして見えないそれが引き抜かれると同時に、鮮血が激しく吹き出した。
「敵を前に余所見は油断大敵ですよー。ですけど、あれ? どうやらまだその程度じゃ、致命傷じゃないみたいですねー?」
ユンナが何もない空間から再び姿を現すと、冷静に敵の現状戦力を分析した。
これが人間なら即死だ。しかし相手は
タミヤ以外は決して殺すことが出来ない、その不死身さは恐るべきものだった。
「ホ、ホホ……小癪、な。ですが、某を侮っては困ります故に」
アガレスが手を掲げると、大橋の前で戦っているウルリナの奥で、まだ生き残っているゾンビが退却し始めていく。
そして街中の方から、巨大な何かが足音を響かせてきたのは同時だった。
現れたそいつは複数の頭部と腕を持つキメラのような巨体のゾンビであり、手にはハンマーや戦斧など重量級の武器を装備して、大橋へと近づいてきている。
「果たして、あれを凌ぎ切れるかが正念場だな……。だが、やるしか道はないのなら、迎え撃つだけだ。ユンナ、そっちは頼んだぞ! 私はあのデカブツをやる!」
叫ぶや否やウルリナはフレイムタンを一振りし、燃え上がっている炎の壁を左右に斬り開くと通り道を作った。
そして出来上がった道を駆け抜けて、彼女はキメラゾンビの前に躍り出る。
「さて……と。正直、怖くて震えが止まらないが……私にあれと戦う勇気を与えてくれ、タミヤ」
ウルリナは炎による煙が濛々と立ちこめる中、じりじりと間合いを詰めていく。
だが、そんな中。彼女は顔を見上げて、何かを察知したのか後方に飛んだ。
そしてその行動と彼女がいた場所をキメラゾンビの戦斧が叩き付けたのは、ほぼ同じタイミングのことだった。地面がひび割れ、破片が周りに飛んでいく。
「……タミヤ。お前だったなら、迷いなくあの巨体のゾンビにも立ち向かっていくんだろうな。ならば、私もそれを見倣わせてもらうぞ!」
そう叫ぶと、勇気を振り絞ってウルリナは駆ける。
走りながら彼女は指先をくいっと動かして、キメラゾンビの巨体に階段のように設置結界を次々と頭部に向かって出現させていった。
そしてその設置結界の一段目に足をつけると、更に一段、また一段とキメラゾンビの体を頭部を目指して駆け上がっていく。
「生憎と、お前ごときにかけている時間はないんだ。これから私達はテロメア陛下の援護に向かわねばならないからな!」
ウルリナはここまで黒剣を扱ってきた経験から、その性質を把握していた。
これは人造生命体の魔法中枢を破壊する剣だと言うこと。
つまりゾンビなど、作り出された生命の活動を停止させることが出来るのだ。
「さて……ようやくここまで上がって来れた。待たせたな、デカブツ」
ウルリナは、ついにキメラゾンビの顔面の前にまで登り切った。
そして意を決すると、かっと目を見開いて眼球が腐り落ちているその顔面に、汚れ一つない美しい剣身をした黒剣を渾身の力を込めて、突き立てる。
「おぉぎぃぃああああああっ!!!」
絶叫を上げるキメラゾンビ。だが、ウルリナはそのまま返す刀で、更にもう一つの頭部にも力任せに黒剣を横に薙ぎ払っていた。
それによって首を胴体から斬り離されたキメラゾンビが、断面から腐って濁った血を垂れ流して、地面に仰向けに倒れていく。
だが、倒れ切る前にその体から跳躍して飛び降りたウルリナは、黒剣を一振りして付着した血を払った。そして……。
「ユンナ、そっちは!?」
大橋の方を振り返ったウルリナが見たのは、今だ交戦中のユンナ。
そして彼女とアガレスの戦いを、その周りを取り囲むようにして、中央の騎士達が機を窺いながら見ている状況だった。
「ユンナっ……!」
ユンナとアガレスは両手を差し合って、がっぷりと組み合っている。
だが、それを見てウルリナは、驚愕に目を見開く。
体格も重量も大きな差があるにも関わらず、彼女の方が押し勝っていたからだ。
「ブホ、ホホホホ……な、何なのですか、貴方は。たかだか人間の小柄な小娘の分際で……この膂力の凄まじさは」
「人間ですよー。至って普通の、女の子です!」
ユンナはそのまま力技で相手を捻り倒して、地面に叩きつける。
更に彼女は間髪入れずにその顔面に対して、握り固めた拳による突きを叩き込むと、それを幾度となく繰り返した。二回、三回、四回と。その度に衝撃音が響く。
やがて彼女の拳が血でべっとりと染まった頃、アガレスは顔面を大きく陥没させて、ぴくりとも動かなくなった。
「終わりましたねー、意外と弱かった。いえ、呪法対策が出来ていなければ、負けていたのは私の方だったかもしれませんね。テロメア陛下には感謝しないとー」
そんなユンナの戦いの一部始終を見ていた周囲の騎士達は、わっと歓声を上げて彼女に駆け寄ってくると、その戦いぶりを口々に褒め称えた。
その様子はまるで英雄の誕生を喜んでいるような、そんな勝ち鬨だった。
それほど彼女の可憐な容姿と反するその壮絶な戦い方は、騎士達の脳裏に鮮烈に焼き付いたのだろう。だが、しかし……。
ウルリナの心中では彼らとは違い、焦りの気持ちを募らせていた。
なぜなら、奴は……。
「お前達、その
いよいよ焦燥に駆られたウルリナは、叫んだ。
だが、その声は騎士達の歓声に掻き消されて届くことはなく。
そして騎士達が気付かぬ間に、事態は最悪な方向に動き始めていたのである。
――ドクンッ!
あの時と同じだ、とウルリナは思った。
心臓が脈打ったような音が聞こえたのを、彼女は聞き逃すことはなかった。
そして騎士達の足元をあの触手が誰にも悟られぬように這い始めて、やがて絡め取っていったが、ようやく彼らが事態を認識した時には、もう手遅れだったのだ。
「な、何だこれはっ!? う、うおおわああっ!!」
悲鳴のような絶叫が、次々と鳴り渡る。
アガレスの死体から伸びた無数の触手が騎士達を一人、また一人と体内に取り込んでいき、それは一方的な惨劇の幕開けとなったのだった。
「ユンナ、早くこっちに来るんだ! お前も取り込まれるぞ!」
「は、はいっ! 今、そっちに行きますからー!」
ウルリナの呼び声にユンナは即座に反応し、驚きの跳躍力で彼女に群がっていた騎士達の中心から飛び出すと、ウルリナの前に着地した。
だが、そんな彼女を追って、触手の一本がかなりの速度で伸びてくる。
「くっ、一旦ここは逃げるぞ、ユンナ。あれと距離を取るんだ!」
ウルリナはユンナの手を取って、一目散に大橋から帝都の街並みへと駆け出す。
そして十分に距離を取ったと判断した彼女は振り向いて、現在進行形で続くあの惨状を改めて目の当たりにし、畏怖を込めて呟く。
「前にも目にしたが、厄介な生物がいたものだ。不死身体質の魔人タイプの
「ねえ、ウルリナ様。もしかしてですけど……あれ、移動してませんかー? 何か、こっちに向かって来てます」
ウルリナは目を凝らしてみた。
すると、確かにユンナの言う通り、触手の塊となったアガレスは少しずつではあったが、移動をしている……と、彼女が思った時。
掻き消えるようにして、それは消失……いや、空高く跳躍していたのだ。
そして大地を揺らす振動と共に、その衝撃で地面が陥没してしまう勢いと共に、それは二人の前に降り立った。
「な、何だと! なんて動きだっ……速い! しかも、まさかこいつは私達を餌として認識して追ってきたと言うのか!?」
しかし吃驚に顔を歪めるウルリナの疑問に、アガレスは答えず。
だが、僅かに動きを止め、値踏みするようにウルリナ達の反応をただ見ている。
無数の触手の怪物と化した奴が彼女達に関心を持っているのが、その触手の動きや震え方からも伝わってくるのだ。
それを見たウルリナが口を開いた時、口だけが笑っていた。
「ならば、私達にとっても好都合だ。ユンナ、お前はテロメア陛下の元へ急げ。こいつは私が引き受ける」
「いいんですねー、ウルリナ様。こいつを任せても?」
だが、ウルリナはユンナへの返事の代わりにフレイムタンを一閃させ、深紅の火炎を放つと、アガレスの肉体は奇声を上げて身を捩らせる。
そしてそれが作戦開始の合図となった。
「ああ、行け! 絶対に死ぬんじゃないぞ、お互いにな!」
「はいっ! 後でまたー!」
二人は散開し、ウルリナは街中へと、ユンナは大橋へとそれぞれ走っていく。
アガレスは一瞬、どちらを追うか迷ったようだったが、ウルリナが再度、火炎を放って注意を引き付けると、すぐに決断を下したようだった。
「よし、いいぞ。追ってこい、化け物め」
ウルリナは引き攣った笑みを浮かべて、自分を追跡してくるアガレスを確認すると、つかず離れずの距離を保って街中を走り抜けていった。
ユンナと別行動を取るのは苦肉の策だったが、テロメア陛下を守るための兵力を少しでも強固なものにするためには、やむを得ない判断だったのだ。
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