第三十五話【爆炎のメフレ】
「それじゃ、少し大人しくなってもらいましょうかねぇぇっ!」
右手に構える杖の先端をウルリナ達に向けると、少女は走った。
その杖はどうやら戦闘用に打撃能力を高めた仕様のようで、メイスに近いと言っても差し支えなかった。
しかも少女の姿が、瞬間的にぶれる。いや、ウルリナ達にそういう錯覚をさせてしまう程、あまりにも強烈な闘気と殺気が、その全身から放たれていたのだ。
「くっ……何なんだ、この少女は! この気配、狂気……いずれも尋常ではないぞ。だが、相手が誰だろうと、こんな所で負けてはやる訳にはいかん……! ようやく私達に光明が見えてきたんだからなっ!」
仕掛けられた戦いを止む無く迎え撃とうと、負けじと斬り込んだウルリナのフレイムタンと少女の杖がぶつかり合って、火花を散らしながら弾き合う。
しかし少女は歪んだ笑みを浮かべると、左手を掲げて朱色の光を集中させる。
そして恐ろしく高速で、左手に攻撃的な術がくみ上げられていった。
――だが、それは天の才器でもなければ、魔導技術でもなく。
「そ、その力は……まさか!?」
「へえぇ、見覚えがありますかぁ? まあ、お姉ちゃんは辺境出身ですもんねぇぇ。これが『呪法』と言うやつですよぉ。
術が完成する数秒前。ユンナが少女に向かって突進し、発動を妨害しようとするも間に合わず、彼女諸共、無数の炎の固まりが二人の頭上に出現し、降り注いだ。
それは正に炎の雨に等しかった。
もがいて、のたうち回るそんな二人を愉快そうに見据える少女だったが、瞬きの間にその中の一人、ユンナの姿が消えているのに気付く。
「あれれぇ、おかしいですねぇ? 一体、どこにぃ……」
刹那、少女の脇腹に打撃による衝撃が走った。
よろめき後退る少女だったが、更に正面からの打撃が彼女を襲い、今度は背後から向けられた殺気を察した時には喉笛を掻っ切られていた。
「あ、あ、ああぁぁぁ!? 血が、あたしちゃんから、こんなに血がぁ!?」
「油断大敵ですねーっ。貴女みたいに自分を格上と思ってる相手は付け入る隙があって、私の方だってやり易いですよー」
透明のまま、更に追撃を仕掛けようとする、ユンナ。
しかし少女は喉から吹き出す血に、最初こそ苦悶の表情を浮かべていたが、次第に恍惚とした表情に変わっていく。
そして傷口が塞がっていき、痣だけを残して出血が止まってしまうと、攻撃を仕掛けていたユンナが一瞬、躊躇してしまう程の、強い殺気が少女から放たれ始めた。
「んんんっ……そこ、にいますねぇぇ?」
少女は愉悦の色を目に帯びさせ、杖を握り締めて振り返る。
すると、杖の先端部が真ん中から左右に二つに割れ、中から鋭い針が現れた。
針は紫色の液体で濡れており、毒が塗ってあるのは一目で明らかだった。
それが「ボンっ!」と言う軽快な音と共に放たれ、何もない空間に突き刺さる。
「……な、何で、私の居場所が……?」
突如、ユンナが呻き声と共に空間から姿を現し、地面に片膝をついた。
そんな彼女に少女はすたすたと近寄ってくると、歪んだ笑みを浮かべながら、強い握力でその胸倉を掴んで持ち上げる。
「私の天の才器、とだけお答えしますよぉぉ。さて、これから貴方をどう料理しちゃいま……」
少女がそう言いかけた時だった。
彼女は手に鋭い痛みが走って苦悶に表情を歪め、思わず手放してしまう。
彼女が掴んでいたその指先からは、血がどくどくと流れ出ていた。
「あぁっ!? え、襟に剃刀をぉぉ?」
仕込みが成功したと見たユンナは、してやったりと口の端を上げて笑う。
そして彼女の腹部に短剣を数回、突き刺して更に蹴り倒してやると、ウルリナに向かって叫んでいた。
「逃げましょうーっ、ウルリナ様っ! 今がそのチャンスですから!」
「あ、ああ! 分かった、全速力で走るぞっ!」
地面に尻餅をついている少女を尻目に、ウルリナ達は一目散に駆け出した。
追ってくる様子はないか何度も振り返るものの、二人と彼女の距離はどんどん開いていって、やがて見えなくなっていく。
そして息を切らした二人が立ち止まった時にはいつしか日は沈んでおり、それでもまだ人通りの多い帝都の中心街に入ったことに、胸を撫で下ろしていた。
「ところでユンナ、さっき喰らった毒針は大丈夫なのか? 見せてみろ、手持ちに
「いえ、大丈夫ですよー。私には毒はあまり効果はありませんし。それよりも寝床を探しましょう。一旦、あのワンちゃん達が待ってる帝都の外に出て、そこで一夜を明かすと言う手もありますけど」
大丈夫と言ってのけるユンナに、それでもウルリナは心配そうに見ていたが、不調な様子がまったくない彼女を見て、それ以上は何も言わなかった。
だが、ウルリナは敵に発見された以上、帝都に長く留まるのは危険と判断する。
ユンナの提案に従い、明日の朝が訪れるまで帝都の外で待つことに決めて、外に向かって街中を駆け足で歩き出した。
「しかし……さっきの少女、かなりの使い手だったようだが、何者だったのだろうな? あのまま戦っていたら、私達は確実に負けていたはずだ……」
人混みの中を駆け抜けながら、ウルリナは先ほどの少女から感じた脅威と戦慄を思い起こしていた。
ユンナも考え込んでいたようだったが、やがて呟くようにして答える。
「もしかしたら、彼女も帝国六鬼将の一角かもしれませんねー。だとすれば、あの子のあの規格外の強さにも頷けますし」
「ああ、かもしれないな。もう遭遇はしたくないものだ。もし今度、見つかったなら、逃げ切れる自信は……ん? 待て、ユンナ。何か、妙な音がしないか?」
途中まで言いかけた時、ウルリナは雑踏の中の人混みの音に混じって何かが風を切って飛ぶ羽音が聞こえてきたことに違和感を感じ、耳を澄ませる。
最初は小さく、そして小刻みであったが、次第に近づいてきており……。
そして音の出所が上空だと察知して、二人が見上げた時っ……。
――頭上から、大量の羽虫達が降るように落下してきた。
ウルリナとユンナは咄嗟に横っ跳びに飛んで回避するが、それらは道行く人々を飲み込んで、更に視界が利かなくなる程、帝都の街並みを覆い尽くしていく。
それは帝都で続いた平穏な日々が、終わりを迎えた瞬間だった。
人々の轟く絶叫。飛び散る羽虫の体液。
瞬く間にパニックに相応しい舞台の幕開けとなり、混乱が広がっていった。
「えへあうははぁっ……逃がしませんよぉっ! ウルリナお姉ちゃん達ぃっ!」
「こ、この声は……う、上か!? さっき巻いたはずなのに、どうやってまた私達を見つけたんだっ!?」
それは先ほどの少女の声だった。
羽虫達が降ってきたのと同じ、上空から聞こえたその声の方向から凄まじい熱量の大火球が落下してくるのを、ウルリナ達は気配で感じ取る。
そして中心街の地面にそれが炸裂したのが耳と肌で伝わったのと同時、あまりの熱と爆発力に激しく体が焼かれて吹き飛ばされてしまった。
「ちょっと、名乗り遅れちゃいましたかねぇぇ。あたしちゃんの名前は、メフレ。陛下からは『爆炎のメフレ』なんて呼ばれてるんですけどどぉ。その陛下からのご命令なんで、大人しくあたしちゃんと来てもらいましょうかぁ、お姉ちゃん達ぃ」
火傷に加えて、羽虫達がウルリナ達の体を覆い尽くしていき、あらゆる感覚が次第になくなりつつある中、辛うじて少女がメフレと名乗ったのが耳に届いてきた。
這うように体の上を動き回る羽虫達に悍ましさを感じながらも、二人はもはや指一本動かすことも叶わず、成す術もないまま、意識が途絶えていったのである。
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