第二十九話【僕の新たな武具】
……夜が明けた、次の日の朝。
僕は昨夜の気が狂いそうな程の、錯乱状態からどうにか脱することが出来たため、今はクシエルと共に再び南部伯の城にある、武具保管庫に来ている所だった。
現在、ここには
「これ……良さそうだな。どう思う、クシエル?」
僕が指差したのは鱗のような表面に、赤黒い色合いが特徴的な軽鎧だった。
スピード重視の僕の戦い方には重鎧よりも、こうした軽い鎧の方が合っている。
それに……僕がこれを選んだのには、もう一つの理由があった。
それはこの鎧が他の武具に比べて一際、存在感を放っていたから。
「数多ある武具の中からこれに目をつけられるとは、さすがにお目が高いですね。確かにこれは竜鱗の鎧と言って、帝都の名工ムラクモが作成した逸品なのです」
クシエルは感心したように僕の頭を撫でてくれて、嬉しさがこみ上げてきたのだが、それでも昨晩から僕の心の中にある蟠りは、決して消えてくれはしなかった。
この苛立ちの原因は、僕には分かっている。
昨日の夜。あの女……辺境領のウルリナの一件があったからだ。
(あの女……力一杯、ぶん殴ってやったのに、まったく反撃してこなかった。いや、それどころか僕を憐れんだような目で見てさえ……。また僕を取り戻しに来るつもりなのか……? そうだよな、ウルリナ。あの時のお前の目は、確かに僕にそう訴えていたもんな)
心ここにあらずと言った顔で考え事をしている僕に気付いたのか、クシエルは僕の額に指先をちょこんと当てると、耳元で囁いた。
「辺境領のことは忘れろと言ったはずですよ、タミヤ殿。あのような連中のことで、貴方が頭を悩ませる必要などありません。貴方はただ私に従っていればそれでいい、分かりましたね?」
「あ、ああ……分かっ……」
言いかけた途中、僕の唇が塞がれて、体の奥から熱いものが湧き上がってくる。
それによって自分の中で燻っていた蟠りを、まるで脳が焼けるような快衝動が上回り、しばらく放心状態となっていた僕が、ようやく我に返った時のこと。
今度はクシエルは保管庫内の向こうを指で差して、僕に話しかけていた。
「さて、それでは上鎧はこれでいいとして、下鎧はどうされますか? 貴方が選んでみてください。貴方自身が納得し、これが良いと思ったものでなくては、実戦で信用することは出来ませんからね」
「ああ、そうだな……。やっぱり鎖帷子だろうな。動きやすいし、女でも手軽に装備出来るのは大きなメリットだ」
僕はまだ体に熱いものを感じつつ、数ある中から、また目を惹いた物を選んだ。
それは木目状の模様を特徴とした鋼材で編まれており、クシエルはこれをダマスカス鋼製の鎖帷子だと説明してくれた。
そしてこれもまた竜鱗の鎧と同作の、名工ムラクモが手掛けたものだとも。
その鍛冶屋と僕にはずいぶん妙な縁があるようだなと苦笑しつつ、防具はこれで揃った訳だから、次はいよいよ武器だった。
「どうやらタミヤ殿は名工ムラクモの作と相性が良いようですから、どうせなら武器も彼の作で揃えてみませんか? 丁度、奥に貴方に相応しい名剣がありましてね」
クシエルは愉快そうに笑うと保管庫の奥へと消えていき、しばらくすると鞘に納められた何本かの剣を持って引き返してきた。
そして僕はその中から一本を、直感で選び取って鞘から抜いてみる。
「なるほど、それはセイブザクイーンと呼ばれる騎士剣です。女性が扱えるように打ち鍛えられた軽量さに加えて、切れ味も申し分ありません。確かにそれならば、貴女が愛用するに相応しい一振りだと思いますよ、タミヤ殿」
「けど……こんな名品がなんで一般騎士でも手に取れるような、武具保管庫に保管されてるんだ? こういう名剣や鎧は名の通った使い手に渡さないと、宝の持ち腐れになるよな、クシエル?」
僕が抱いた当然の疑問。しかし、それを聞いたクシエルは屈託なく微笑むと、よく気付いてくれたとばかりに、そのカラクリを丁寧に説明してくれた。
予め僕がここに来るより先、目が届く範囲にこれら逸品を置いておいたのだと。
そして後は僕がこれらを選んでくれるかは、運命に任せたのだそうだ。
「一流の使い手は一流の武具とも引かれ合うもの。貴女ならきっとその武具達を選んでくれると、私は信じていましたからね」
そしてクシエルは次に鎧の上から羽織るマントとブーツを用意してくれて、僕はさっそくそれらを鏡が設置された更衣室で試着してみる。
どうやらサイズも予め僕用に合わせて作ってくれていたようで、僕は問題なく身に着けることが出来た。
「前の聖騎士甲冑は白と青の明るいカラーだったけど、この装備はこの竜鱗といい、赤みがかった黒で、ちょっと毒々しさがあるな。けど、性能の程は、恐らく引けは取ってはいなさそうだ。……うん、気に入ったよ、クシエル」
装備一式を纏って更衣室から出た僕に、クシエルはどうせなら装備の性能を実際に試してみた方がいいと、僕は彼に促されるまま武具保管庫の外に出て、中庭へと移動していった。のだが、そこで……。
「さあ、タミヤ殿。貴方の憎き敵がそこにいますよ。その剣で斬り捨てるのです」
クシエルはそう言ったが、見回しても中庭にはどこにも人の姿すらない。
その意味を理解しかねて彼の方を向くと、僕は彼に背後から抱き抱えられ、そして急に首筋にちくりと軽い痛みが走った。
何か鋭いもの……いや、見れば僕の首の動脈には彼の指先が挿入されており、そこから何かを体内に注入されていっているのだ。
「さあ、あの女を殺してやるのです。貴方の手で、ね」
「クシ……エ……っ」
僕が声にならない声を漏らした直後、周囲の景色が一変した。
ぐにゃりと背景が歪み、あの女が……ウルリナが僕を見て微笑んでいたのだ。
そして腰に差したフレイムタンを抜き放ち、僕に一歩また一歩と近づいてくる。
「お前っ、ウルリナ……っ!? また性懲りもなく、僕の前に現れたのか!!」
顔を見た瞬間、あの女への憎悪を思い出した僕は無我夢中で牙神の構えすら取らずに、手にしたばかりの騎士剣セイブザクイーンで、ウルリナに斬りかかっていく。
斬撃を一閃。すると、あの女の首が容易く胴体から離れて宙を舞うが、僕の周囲から別個体のあの女達が次々と現れては、僕へと躍りかかってきた。
「っざけるなよ! このっ、辺境領の穢れた血共がぁ!!!」
がむしゃらだった。感情が高ぶり、技を使うと言う発想さえ浮かばなかった僕は、反射神経だけに頼って襲い掛かるウルリナ達を斬り捨てていく。
だが、動揺していたことで息が上がり始めた僕は、やがて無数のあの女達の群れに取り囲まれてしまう。
「馬鹿かよっ!? お前らなんかが束になったって、僕に勝てる訳がないだろう!? いつも僕に助けられてた癖に! 普段は気丈に振る舞ってても、僕の前では泣き顔を見せてた癖にっ!!」
今、僕を突き動かすのは、怒りと憎しみだった。
なぜ自分の中から、こんなにもあの女に対し憎悪が湧き上がってくるのか?
その理由は、僕自身にも分からなかった。しかしっ……!
こいつらの顔を見るだけで、それらの感情で僕は胸を焦がされる思いだった。
そしてついにウルリナ達は僕に覆い被さろうと、一斉に飛びかかってくる。
「う、うおおぁああっ!!!」
身の危険を感じて、ようやく僕の中から殺されてなるものかと、技を用いてこの状況を打破しようと言う、正常な思考が生まれた。
僕はきっとウルリナ達を睨みつけると、気を全開にして解放し、実体のない鎧として自身の周囲に留める。更にそれをセイブザクイーンの刀身にも纏わせていく。
「消えろよ、ウルリナ。僕らはもう決別したんだ。もう僕をお前なんかの姿で惑わせられるとは思うなよっ!」
僕の姿が歪み、セイブザクイーンから黒紫色の波動が漏れ始めると、それを周囲を取り囲むウルリナ達に向けて円を描くように振るった、その瞬間。
巨大な爆発を巻き起こし、以前の数倍……いや、十数倍もの威力に跳ね上がっていた僕の最高奥義は、僕を中心として地面を大きく抉り、あの女達の姿も跡形もなく消し飛ばしていた。
――それを見た僕の口から、笑いが漏れる。完全なる勝利だと思ったから。
「ふふっ、ははははっ!! 勝ったぞ、僕はあの女の誘惑に勝ったんだ! ざまあみろっ、僕はもうお前なんかの元には戻らない! はははははははっ!!」
跡形もなく消え去ったウルリナ達を見て、僕は愉快で仕方がなかったのだ。
だから際限なく笑いが零れて、僕はその場でひたすらに高笑いを続けていた。
しかし……声が枯れる程にずっと笑っていた僕は背後から声をかけられたことで、ようやく我に返って振り返る。すると、そこには……。
「そう、それでいいのです、タミヤ殿。ようやく貴方から、迷いが消えてくれたようですね。これでもうあの女の甘言に、惑わされることもないでしょう。これでいい、そして……そんな貴方だからこそ、私は愛しているのですよ」
「……クシ、エル……」
そのまま僕は、ぎゅっと抱きしめられた。
耳元で愛の言葉を囁かれ顔が赤くなりながらも、やはりこの場所こそがこの異世界での自分の居場所なのだと、そして温もりなのだと、僕は実感していた。
同時にこの温もりをあの女になど奪わせるものかと、この時にそう強く思った。
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