第二十三話【クシエルの専用魔導兵器マキナレギス】

 クシエルが率いる帝国の主力部隊との戦闘は、熾烈を極めた。

 確かに局所的には僕とウルリナは善戦し、地中から攻撃を仕掛ける生体戦車部隊の奮戦もあって、押し寄せる様に襲い掛かってくる黒魔甲冑騎士達や戦闘人形バトルドール達を次々と撃退し、叩き伏せ、すでに喧騒響き渡る地に屍山血河を築いていた。

 しかし大局的には、僕らは確実に押し負けていたのだ。まさに多勢に無勢。

 兵数で僕らは圧倒的に劣っているのだから、これは当然と言える結果なのだが。


「クシエルっ! くそっ、やっぱりあいつ、部下達の後ろに隠れて僕らに近づいてこない! 自身は安全に手を下さず、部下達の支援に徹するつもりか!」


 もう何回目か数えるのをやめてしまった程に繰り返し、見慣れてしまった光景だったが、僕の振るった村正が、またも黒魔甲冑騎士の喉を斬り裂く。

 そして噴水のように噴き出す血潮を気にも留めずに、次々と他の相手と斬り合い、牙神を繰り出して、相手の体を甲冑ごと粉砕していった。

 僕とウルリナは背を合わせながら、息の合った連携でどうにか攻撃を凌いでいたが、さすがにそろそろ疲労が蓄積し始め、汗を拭って言葉を漏らした。


「まだいけるか、ウルリナ? 僕は自然回復効果のある聖騎士甲冑のお陰で、負傷だけなら平気だけど、疲れまでは癒せない。このままじゃ、ジリ貧だぞ、僕ら」


「……ああ、まだ余力はあるが、兵力差だけはどうにもならないな。やはり覆せないと言うのか。いくら知恵を絞ったとしても、私達が劣勢を強いられるのは……」


 また籠城に徹するため、この場から逃げようとさっきから試みてはいる。

 だが、空の道は無数に張り巡らされた糸により封じられており、地上は黒魔甲冑騎士と戦闘人形バトルドールが退路を塞いでいるのだ。

 最後の気力を振り絞って、敵の軍勢へと突撃をかけようとしていた、その時。


「助太刀に参りましたよ~、タミヤ様、ウルリナ様!」


 戦場に聞き覚えのあるユンナの声が響き、地中から生体戦車が一体現れた。

 すると、生体戦車の中から彼女が飛び出して、腕一杯に抱えた治癒の霊水ヒールポーションをその中から何本か、僕らに手渡した。


「長期戦になりそうですから、無理は禁物ですよ~、お二人共。大地が繋がっている限り、地中を通って補給はいくらでも可能ですから、物資調達に関しては私にお任せ下さい~! そして……戦闘のサポートも引き受けますので!」


 そう言うと、ユンナが指をパチンと鳴らす。

 途端、僕とウルリナの姿が背景に溶け込むように透明となっていった。

 間違いなく彼女が言っていた、彼女固有の天の才器だろう。

 だが、このことによって敵達は僕らの姿を見失うことになり、敗北が近づいていた土壇場に来て、ようやく好機が到来したことを僕らは悟る。


「よし、今なら辺境城まで突っ切って戻れるな。けど、このまま攻勢に出て、クシエルを討ち取りに向かうと言う選択肢も今なら……」


「ああ、希望が出てきたのは確かだな……」


 治癒の霊水ヒールポーションを飲み干しながら、僕とウルリナは進撃か撤退かの選択に迫られた。

 しかし元々が敵の指揮官を誘き寄せて、その首を取るのが作戦だったのだ。

 そして今こそが、そのチャンスなのは間違いなく。

 だから、たとえ危険を冒してでも……と、僕と彼女は短い会話のやり取りの末に、攻勢に打って出る道を選ぶことにした。


「礼を言うよ、ユンナ。体力はある程度は回復したし、敵も僕らの位置を掴めなくなった。まだまだ僕らは、粘って戦えそうだ」


「お礼は勝ってからにしてください~。では、お気をつけて、お二人共」


 ユンナは再び生体戦車に乗り込むと、地中を通って辺境城の方へと戻っていく。

 それを見送った僕らは各自、雄叫びを上げて戦闘を再開した。


「『牙神』っ!!」


「『設置結界・流動重壁』っ!!」


 透明になり姿を消したまま、僕の体は黒魔甲冑騎士達の間を駆け抜け、同時にウルリナの高重量の半透明な塊が空から出現し、彼らを押し潰していく。

 姿が背景に溶け込んだことで僕らの位置を見失った彼らを、僕らは一方的に蹂躙して、その陣容を突き崩し始めていった。

 透明になれる。ただそれだけのことが、戦場で敵側にとってこれだけ脅威になるとは僕もウルリナさえも、当初は想像すらしていなかった。


 ――しかしクシエルは、その様子を空に張った糸の上に立ってただ見ていた。


「先の一戦でもそうでしたが、まさかユンナがタミヤ殿の元に助っ人として現れるとは予想外でした。昔から優秀な子でしたが、何より独創性は飛び抜けていた。私の予感は的中だったと言う訳ですね。彼女が向こうにいる限り、楽には勝てないと」


 クシエルはそこで言葉を区切った後に「ならば……」と続けると、右手を空に掲げて何事かを念じ始めた。そして満を持して、右手を地へと向ける。

 その直後、地面の表面からぽっかりと大きな穴が……いや、影が広がっていき、その底深くから、アームのような鋼鉄製の物体がせり上がってきたのだ。


「んっ? 何だよ、あれはっ?」


 突然、現れた未知の物体に警戒する僕だったが、クシエルは指先から放出した糸でその鋼鉄製アームを絡めとると、自分がいる空中まで引き上げた。

 そして自分の右腕に密着させるように、それを装着し、地上へと飛び降りる。


「さて、それでは魔導技術の粋を注ぎ込んだこの新兵器の性能の程、実戦にて試してみますかね。タミヤ殿、出来るだけ貴方は傷つけたくはなかったのですが、部下達の命を預かっている以上……負けることは許されないのです」


 僕は探りを入れつつ慎重にクシエルへと近づいていくが、その途中のこと。

 ほんの僅か、瞬きの間にあの男の姿が消えていた。

 そしてそのことに気付いた時には、僕の腹部にあの鋼鉄製アームが叩き付けられており、鈍い痛みが走って口から血反吐を吐き出す。


「がっ……うわぁっ!!」


 奴には僕が見えているのか、と疑問に思ったのも束の間のこと。

 殴られた時の打撃に続いて、僕の腹部で爆発物が炸裂したような衝撃が間髪入れずに襲い掛かったのだ。

 聖騎士甲冑の一部が吹き飛び、僕の体も空高く舞い上がった程の破壊力だった。

 地面に転がり落ちた僕は被爆箇所から流血し、血がぽたぽたと零れ落ちる。


「見えているのではなく、感じているのです。貴方の息遣いを、血潮の流れを……いえ、貴方の何もかもをですよ、タミヤ殿。貴方の肉体を傷つけてしまったのは、心苦しく思いますが、これから気絶させた後に帝国最高水準の医療環境で治療して差し上げますので、その美貌が損なわれる心配でしたら、なさる必要はありませんよ」


 地面に仰向けで横になりながら、僕はその言葉を聞いていた。

 今の僕の負傷具合だが、自然回復効果のある聖騎士甲冑でも、そうすぐには癒せない程のダメージを受けたのであろうと言う実感はあった。

 だが、それでも……僕は気力を振り絞って立ち上がり、村正を構える。


 ――そう、僕の最高奥義である牙神・冥淵の構えを。


「感じますよ、タミヤ殿。貴方の殺気と闘気が私に向けられているのが。以前に呪の障壁の地下でこの私に対して使用した、あの技を使うつもりですね?」


「……」


 クシエルの問いに、僕は無言のまま返事は返さなかった。

 これから繰り出す技を見透かれているとはいえ、それでも日中の現在において僕が頼れるのは、この最高奥義しかないのだから。

 まだ透明となったままだったが、僕の姿がぶれるように霞み、そして刀身に周囲の気温を下げていく程の、負の闘気が収束されていった。


(いくぞ……クシエル! 僕の最高奥義で、お前をもう一度倒す!)


 心の中で叫ぶと、僕は村正の切っ先を突き出しながら、爆発的な疾駆力でクシエルに向かって突進していく。

 そして流れる様に背後に零れ消えていく黒紫色の波動を纏った刀身を、突進の勢いをつけたまま、その切っ先をクシエルへと突き放つ。


「ですから、私には感じるのです、貴方を!」


 僕の渾身の突きをクシエルは右腕に装着した鋼鉄製のアームで受け止め、すかさず左手の一指し指を向けると、そこから細長い糸を僕へと発射した。

 ズギュッと言う音と共に、弾丸のようなそれは僕の肉体に撃ち込まれ、肉を喰い破りながら体の奥深くへと入り込んでいった。


「うあ……あっ……ああああっ!! お前っ……クシ……エルっ!!」


 僕は急激に体の内から抗えない程に熱いものを感じ、足元がよろけて、あろうことかクシエルに抱き抱えられた。

 だが、ただ触れられただけだと言うのに、猛烈に体がうずく。


「あ、うう……クシ、エルッ……僕に何をした?」


「私の糸によって、貴方を体内から弄らせて頂きました。どうですか、タミヤ殿。内からの快情動に、逆らえなくなってきているのではないですか?」


 僕は抵抗することも出来ずにクシエルに腰に手を回され、唇を塞がれてしまう。

 本来なら嫌悪感を感じるはずなのに、抵抗するための力が入らず、全身に熱いものを感じ始めていた。明らかに今の僕は、まともではない状態なのが分かる。


「んんっ!! ふざ、け……んな! お前、僕は……男っ……」


 僕は自分で自分の舌を噛み、痛みで正気を取り戻そうとした。

 すると、一瞬だけではあったが抗うための気力を取り戻し、しかしクシエルを突き飛ばすつもりが、逆に自分がふらついて地面に尻餅をついてしまう。


「はあっ……はあっ……おかしいぞ、今の僕は。……何で、だよ」


 僕は情動に反抗し、地面に四つん這いになりながら、クシエルを睨み付ける。

 だが、視界が霞み、逆らえない情動が自分を支配していくのが、分かった。

 まるで自分が自分でなくなっていくような……恐怖感。

 そんな恐怖におののきながら、徐々に意識が浸食されていた僕が最後に聞いたのは、ウルリナの声。


「タミヤっ!!」


 そう、彼女が僕の名を呼ぶ、叫び声だった。

 しかしそれもやがて聞こえなくなり、僕はついに意識を手放し……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る