第十九話【根無し草のユンナ】

「辺境民達が集まって来ている?」


 自ら率先して武具の整備や食料の備蓄の確認を行っていたウルリナは、部下から報告を受けて、再確認のためそう聞き返した。

 僕とウルリナも辺境城の外に出てみたが、確かに人々が集まってきている。


「どうかお助け下さい、ウルリナ様。私共には向かう場所がないんです」


 そんな人々の村長と思われる人物が、ウルリナにそう懇願してきた。

 南部領にも向かえず、辺境領でも魔種ヴォルフベットの襲撃の危険に晒されてしまう。

 そんな辺境領で暮らす村の人々が、助けを求めてやってきていたようだった。


 ――だが、その数はどう見ても数十人はいる。


 これから籠城して中央の連中と戦おうとしている僕らにとって、彼らを受け入れるることは、備蓄している食料をそれだけ多く消費してしまうことを意味していた。

 しかしそれでも、ウルリナは迷いなく答えてのけたのだ。


「分かった、辺境の民を救うのも私達の責務だ。私はお前達を受け入れるぞ」


 その決断に人々は顔をぱっと明るくし、口々にウルリナに感謝の言葉を述べると、

案内されるままに、弾んだ足取りで城内へと足を踏み入れていく。

 そんな様子に辺境騎士達の中には不安の表情を見せる者もいたが、僅かとはいえ彼らも食料を持参しており、異を唱える者まではいなかった。


「……持ったとしても半月かもしれんな。だが、何とか今ある食料を節約して、少しでも耐え凌ぐしかあるまい」


 ウルリナは彼らの後姿を見送りながら、そう漏らす。

 しかし頭の中ではすでにこの状況を打開するための方法を考えているらしく、手を顎に当てており、その顔は真剣そのものだった。


「じゃあ、ウルリナ。僕はちょっと敵情視察をしてくるよ。ひとっ飛びで行ってくるからさ」


「ああ、気を付けてな。だが、くれぐれも深追いはするなよ?」


 僕はウルリナに「分かってるさ」と返事を返し、村正に両足をつけて高速の勢いで空へと飛翔していった。目指すは南部領、目的は敵の動きを確認してくることだ。

 僕は瞬く間に呪の障壁があった場所を飛び越えていくと、眼下には南部領の景色が広がってきた。そしてそこから地上の様子を見回してみる。


「へえ……ずいぶん美しい景観じゃないか」


 僕が空から見下ろした遠景は、絶景そのもの。

 どうやら南部領は高原地帯で可耕地に恵まれ、農業が盛んな所のようだった。

 またウルリナから聞いていた帝国の国教である、女神ユーリティアを祭っていると思われる神殿も見受けられた。それも、かなり立派な建造物だ。

 南部領は帝都の神殿に巡礼に行くことが叶わない人達が女神巡礼のために、ここを訪れることで発展してきた歴史があると言う。


「……いた。奴ら、ここでも野戦築城の建築工事を行ってるのか。しかも辺境領の時よりも、大がかりだ。魔種ヴォルフベット達に攻撃に備えるためだな。多い、ざっと三万はいるぞ」


 それを確認し終えた僕は、更に空の道を帝国道に沿って、南部伯の城があると言う、北の方向を目指して飛行していく。

 帝国道が続く少し小高い丘。そこに探し求めていた南部伯の城はあった。

 城を囲むように、南部領や中央から派遣された騎士達が、防衛に当たっており、ここを真っ向から攻略するのは僕らの兵力では厳しいと言わざるを得ないと思った。

 やはり僕らはウルリナの作戦に、万に一つの勝機を求めるしか道はないのだと。

 それが分かっただけでも、来た価値はあると思い、引き返そうとした時……。


「んっ? あ、あいつっ……!」


 その時、図らずも僕は見つけてしまったのだ。

 南部伯の城のバルコニーの塁壁近くで、腕を組んでいるあのネルガルの姿を。

 その上、僕はあの男と目が合ってしまった。

 気付かれている……が、何もしてこない。しかも奴は笑っていた。

 そして僕を見上げたままで、僕に見える様に、口をゆっくりと動かしている。


 ――よお、手加減はなしだからよ。全力で叩き潰してやるぜ?


「っ!? あい、つっ! 僕を挑発してるのか!?」


 その挑発を受けた僕は、次第に闘争心に火がつき怒髪、天を衝いていった。

 だから親指を下に向けるというジェスチャーをあの男に向けながら、思わず笑みが零れた程の表情で言い返してやったのだ。


 ――上等だ、返り討ちにしてやるよ、ネルガル、と。


 宣戦布告を終え、しばらく僕らは笑みを湛えながら殺意の視線を飛ばし合っていたが、やがて僕は奴に舌を出した後、辺境領までもうひとっ飛び、引き返し始める。

 追撃を受けない空の道を通ったため、辺境城まではあっという間の帰途だった。

 だが、城内に入った途端に騒がしさを感じる。何事かと向かってみたが……。


「腹が空けばですねー、食事をしたくなる。これは自然の摂理ですよ。もがもがっ!」


「ふざけるなっ! 貴重な食料を喰い散らかしやがって! いいから食べるのをやめろ!」


 そこでは一人の白髪の若い女が、辺境騎士達に取り押さえられようとしている。

 だが、それを押し退けるようにして、女は保存食料を口の中に押し込んでいた。

 しかし抵抗空しく、ようやく取り押さえられた女は、僕の姿を見るなり大声を上げて叫び出す。


「あ、ああーっ!? も、もしや貴方様が呪の障壁を消失させた伝説の女性騎士様ですかー!? そうであれば……お名前を聞かせてください!」


「ぼ、僕のことか? 確かに呪の障壁を消したのは僕だけど。ああ、名前だったな。僕はタミヤ・サイトウだけど、そういうお前は?」


 辺境騎士達に取り押さえられながらも、女はじたばたと手足を動かしつつ、僕の方を見ながら、何事かを叫びながら唾を飛ばしてくる。


「私はユンナと言います! 以前はユーリティア教の神官をしてました。今は、ただの根無し草のユンナですけど……消えゆく呪の障壁の凄まじい光景を目撃したその日、私に神託が降りたんです! 夢の中に女神様が現れて、貴方の力になってあげなさいと、そうすれば私の望みは叶うと!」


「神託? ただの夢じゃないのか? そんなのを真に受けるなんて」


 僕はそう言ってやったが、ユンナは懐から黒い何かを取り出して、僕に見せる。

 ぱっと見た感じ、宝石だと思った。よく見てみると、これは……。


「ダ、ダイヤモンド!? 漆黒のダイヤモンドだ! し、しかも大きいぞ。どう見ても、握り拳くらいはある! ……な、何カラットあるんだよ、これ!」


「ダイヤモンド? 私には分かりませんが、夢の中で女神様に頂いた物です。きっと役に立つ日が来るからと」


 僕はユンナから渡されたその黒ダイヤモンドを手にした途端、力がガクリと抜け、床に落としてしまった。床の上をコロコロと黒ダイヤモンドが転がっていく。

 重かったからではない。まるで力が吸い取られるような、そんな感覚だった。


「あー、あー! 女神様からの大事な頂きものなのに! ちょっと、そろそろ私を放してください、騎士さん達!」


 その懇願にようやく解放されたユンナは、床の上の黒ダイヤモンドを拾うと、手で埃を払ってから再び懐にしまう。そしてニマリと微笑んで、僕に跪いて言った。


「タミヤ様、不束ながらこれより貴方の力にならせて頂きます。元神官とは言いましたけど、魔導兵器にはそれなりに造詣が深いですよー。これからなさる帝国中央との戦争でも、きっとお役に立てるかと思いますから、期待しててくださいね!」


「あ、ああ。けど、お前どこから城に紛れ込んだんだ? これから籠城して戦おうって時に、簡単に部外者に入り込まれてたとしたら、これは重大な問題だぞ」


 すると、ユンナは人差し指を口の前に立てながら「ここだけの話ですけどね……」と、前置きした後に続けて言った。


「私、実は天の才器者でして。まあ、ずばりそれを使って侵入しちゃった訳です。そんなに大それた能力じゃないんですけどもねー」


「お前、天の才器を使えるのかっ!? 一体、どんな……っ」


 どんな能力なのか聞き出そうと食い下がった僕だったが、背後から声がかかり振り返ると、ウルリナがこちらへと歩いて来ていた。

 ユンナは突然、現れたそんな彼女を見て、顔をぱっと明るくする。


「あ、貴方が辺境伯のご令嬢! ウルリナ・アドラマリク様ですねー!? お会い出来て光栄です、私はユンナと申し……」


「ああ、知っている。向こうまで聞こえてきたからな。それよりお前が天の才器を使えるのなら、詳しく聞きたいな。戦力になるなら、お前を士官として取り立てやってもいい」


 たった今、聞いたばかりの今の今で。

 しかも眉唾かもしれない情報に対して、そう言い放ったウルリナに辺境騎士はどよめき立ったが、有無を言わさぬ彼女の言葉に全員が口を閉じた。


「勝つためだ、理解してくれ。私の作戦を以ってしても、まだこちらが劣勢なのは変わりはないんだ。勝つためなら、私は何だってやってみせるぞ」


 一見すると強引にも思えるが、それでも部下達を納得させてしまえるのは、彼女がこれまでの人生で培ってきた、皆に愛される心と信用によるもの。

 ただ強くなっただけの僕には決して真似の出来ない、彼女の天性の資質だった。

 僕はそれを頼もしく思い、ニヤリと笑いながら、ユンナに改めて天の才器について聞き直す。すると、ユンナはおずおずとした態度でゆっくりと答え始めた。


「え、えーと……がっかりしないでくださいね、タミヤ様。私の天の才器……それは、透明になれること、なんです。完全に人の視界から姿を消し去れるんですよ」


 透明になれる能力。それがユンナの口から告げられた、彼女の天の才器とのことだったのだが、ウルリナはそれを聞くなり、もうすでに顎に手を当てその活用法を考え始めていた。

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