戦火渦巻く辺境地
第十八話【ウルリナの秘策】
ネルガルにまんまと逃げられてから、ウルリナは昏睡状態の辺境伯が眠るテント内にずっと籠って出て来なかった。だから僕や他の皆も心配していたが、正午になると元気なもので、二人前の昼食を平らげ、平然と僕らの前に姿を現した。
「こほん。聞いて欲しい、お前達!」
僕と辺境騎士達を集めたウルリナは、皆に聞こえるような大きな声で話し出す。
だが、彼女の目は泣き腫らしたのか腫れている。
それほどネルガルを逃がしたことを痛手に感じていたのかと僕は心配したが、背筋を直立させ、堂々たる彼女の話しぶりに、それは杞憂だったとすぐに思い知る。
「私達はこれから籠城する。私達が中央の人間より、明らかなアドバンテージがあるのはここ辺境領内の土地勘だ。だから一旦、辺境城まで戻って立て籠もり、そこで中央からの追っ手が来るのを待ち、迎え撃つ。必ずやって来るはずだ、なぜなら奴らはタミヤの身柄を狙っているからな」
ウルリナの作戦。確かに防御に徹する守備側を攻略することは、容易ではない。
相手に攻めさせ、こちらはそれを迎え撃つ形で有利な状況に持ち込み、守りながら戦うやり方は食料の補給さえ上手くいくのであれば、妙案に思えた。
「安心しろ。食料の備蓄は一か月分はあるし、
辺境騎士達の間から、大きく歓声が上がった。
中央の連中に数で大きく劣る僕らに、僅かながら希望が見えてきたのだ。
やはりウルリナには、ただ戦って敵を倒すしかない僕とは違い、部下の士気を高める指揮官としての資質があるのは確かなようだった。
僕はニヤリと笑うと、すぐさま辺境騎士達を手伝って移動の準備を始めた。
――背後を振り返ると、嵐の前の静けさのように南部領には一切の人気はない。
「さて、どう来る、ネルガル? 僕らが勝つかお前達が勝つか、根競べだ。タイムリミットはどちらも
そして南下を始めた僕らは、半日弱かけてようやく辺境城まで戻ってきた。
「タミヤ、お前には感謝している。私が今もこうして平静でいられるのはお前がいるからだ。部下達はまだお前に対して蟠りを抱いているようだが、いずれ彼らも認めてくれるはずだ。お前がいなければ、中央の連中にも、
ウルリナがいつもの仏頂面ではなく、微笑みを称えながら僕に語り掛ける。
だが、あくまで辺境騎士達……いや、辺境に生きる人々にとって中心的な存在はぽっと出の僕などではなく、彼女なのだと僕は知っている。
「それはお互い様だな。僕だって一筋縄ではいかない強敵達を敵に回して、どうしようかと途方に暮れていたんだ。それをウルリナが行動を示して道を切り開いてくれた。僕が安心して戦いに専念出来るのは、お前のお陰だよ」
城の塁壁から身を乗り出して辺りの景色を見下ろしながら、僕らは二人で今後のことを語り合ったが、やがて話題はガナンのことにシフトしていった。
「今更、言っても仕方がないことだけど、もし今もガナンが生きていてくれたなら、心強いことこの上なかったんだけどな……。特に中央とも
「ああ、私もまるで今も側にあいつがいるような存在感を感じることがある。それほどあの男は私達の辺境騎士団にとって、大きな支柱だったんだ」
ウルリナはそこで「だが……」と区切ると、別の話題を切り出した。
「亡くなった者はもう生き返らない、もう現実を受け入れなくてはな。それよりも……タミヤ。お前と手合わせしたのは最初に会った時だけだったな。せっかくこうしているのだから、模擬戦をしてみないか? お前の腕をもう一度、確認してみたい。これから戦力の要となる、私とお前の強さを知っておくためにもな」
僕はウルリナが陰で皆に隠れて、猛特訓をしていたのを知っている。
なぜなら、ガナンがそう教えてくれたのだから。彼女に天の才器が備わっていることを考えれば、もしかしたら日中時の僕とで五分五分の実力かもしれない。
僕も面白い模擬戦になりそうだと思い、二つ返事で了承した。
「ああ、お互い手加減はなしだぞ、ウルリナ」
「勿論だ」
僕とウルリナは城のバルコニーで距離を置くと、対峙する。
そして両者同時に、村正とフレイムタンを腰の鞘から抜き放って構えた。
互いに放つ闘気に、中心地点で大気が僅かにばちばちと震える。
「いくぞ、ウルリナ!」
「ああ、いつでも来い、タミヤ!」
先に一歩を踏み込んだ僕は、石造りの床が砕ける程の勢いで疾駆したっ!
その大気を歪める空圧さえ生み出した突きは、ウルリナに届く……かに見えた。
だが、しかし……っ。
何かに激突したような衝撃と共に、僕は後方へと大きく吹き飛ばされる。
攻撃の直前、彼女は左手の指を一本突き立てたかと思うと、自身の目の前に結界壁を地面からせり上げさせていたのだ。
「……『設置結界』か。やっぱりそれが厄介だな」
「これで終わりではないぞ、私の天の才器は防御のみにしか使えない訳ではない」
ウルリナは左手の指を順番に四本立てていくと、設置結界が四つせり上がる。
それを彼女は手で突き出す動作を見せると、その展開した結界壁をそのまま僕の方向へと飛ばして攻撃に転じた。
「……そうくるか! けどな、僕だってっ!!」
僕もまた回避しながら、牙神を繰り出して結界壁の隙間を縫って攻撃を仕掛けるが、設置できる結界壁の数に上限はないようで、牙神は次々と遮られる。
それは全力で敵を目掛けて直線的に突進することしか出来ず、小回りが利かない牙神の弱点をよくついた戦法だと言えた。
「上手く考えたな、ウルリナ。けど、僕の方もその弱点をカバーするために工夫はしているんだ。それを今、見せてやるよ!」
僕の体がぶれてウルリナに向けた村正の切っ先から、黒紫色の波動が漏れ出す。
それを僕は上空へと向かって放った。
僕の行動の意味をすぐに理解出来なかったのか、彼女は咄嗟に空を見上げていたが、放たれた黒紫の波動が頭上高くで拡散して、地面に向かって降り注いだ。
「これはっ……初めて見る攻撃だ。これがお前の切り札なんだな、タミヤ」
「ああ、お前の気を逸らすためのなっ!」
僕はウルリナの注意が上に逸れたのを見届けると、牙神の構えから駆け抜けた。
通った後に残像すら生じさせた、僕の牙神による突きはウルリナへと迫り、そこでようやく彼女も「しまった!」と言う表情を浮かべた。だが、時はすでに遅し。
すでに僕は村正の切っ先を、彼女の首元に突き付けていたのだ。
彼女はそれをしばらく驚いたような顔で見ていたが、やがて微笑を浮かべると「参った、お前の勝ちだ」と答えた。
「たまたま勝てただけさ。お前もまだ切り札があるって顔だったぞ、ウルリナ」
「ああ、見せる暇もなかった。だが、負けは負けだよ、タミヤ」
ウルリナが浮かべたそれは普段はあまり見せることのない、しかし純粋そのもので、どうしようもなく暖かい微笑みだった。
僕はなぜ自分がこの異世界に送り込まれたのか、理由は今以って分からず、今まで大作小説を執筆するためのネタ集めに最適だ、ぐらいに考えている所があった。
だが、それ以外に彼女のこの微笑みを守ることにも大きな意味があるのではないかと、心の底からこの時に改めて思ったのだった。
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