第二十話【百体の改造ホムンクルス】

「それはそうと、タミヤ様、ウルリナ様。今更、私に侵入されたも何もないと思いますよー。だって、侵入者と言えばですねー。例えば……」


 ユンナは腰に差した短剣を手にすると、辺境騎士の一人に向けて投げ放った。

 彼は「ぎゃっ!」と声を上げて飛び上がるが、その足元に深々と突き刺さる。

 いや、足元の影にであった。すると、その影からくぐもった声が聞こえたと思うと、額に短剣が刺さった漆黒の人型の物体が這い出す。

 だが、その額の傷が致命傷となったのか、すぐに壊れたように動きを止めた。


「こ、これは……クシエルの奴の戦闘人形バトルドールじゃないか! あの野郎、これを使って僕らの動向を探っていたのかよ!」


「さすがに中央の奴らも抜け目がないな。それでユンナ、他にはいないのか?」


 ウルリナのその質問を受けてまずユンナは、黒ずくめの人形の額に刺さった短剣を抜いて腰に戻す。そしてニマリと笑いながら、首を振って答えた。


「ご安心ください、こいつ一体だけですねー。それじゃあ、今度は反対に私達が向こうの様子を盗み見ちゃうとします?」


 そう言いながらユンナは指先二本を黒ずくめの人形の額にずぶずぶと突っ込むと、目を閉じて念を込め始めた。

 そしてしばらくそのままを維持していたが、やがて目を見開く。


「近づいてますね。先陣を切ってるのは、あの白皙のクシエルの強襲人形部隊みたいです。んー、ここまで到着するのは……後二時間と言った所ですかねー」


「それは本当なのか? ついさっき空から見てきたけど、そんな連中はどこにもいなかったぞ」


 ユンナは黒ずくめの人形の額から指二本を抜くと、懐から再び黒ダイヤモンドを取り出して、大事そうにそれを撫で回し始める。

 僕はあれに触れただけで脱力してしまい、持つことすら出来なかったが、なぜか彼女は事もなげに手で握り締めることが出来ているようだ。


「だって敵は影の中を移動してきてますからね、見つからなかったのも無理はないと思いますよー? けど、負ける訳にはいかないですよね。私は中央との戦いを凌ぎ切ったら、神託で女神様が告げた通りに、やらなきゃいけないことがあるんです。この黒い宝珠の使い道ですよ、タミヤ様」


「その黒いダイヤモンドをか? 何か武器として使える代物なのか、それは」


 ユンナはしばらく黒ダイヤモンドを指でなぞりながら、見つめていたが……。

 やがて忌々しい物を見るような目で溜め息をついてから、僕の方を見て答えた。


「らしいんですけどねー、女神様が言うには。けどこれ、私が知るどんな手段を使っても加工出来ないんですよー。でも、女神様はこれを打ち鍛えて、武器を作れと仰ってましたから……私は戦いが一段落したら、腕の良い鍛冶屋を当たってみようと思っているんです。ですけど、まずは……タミヤ様。私とお手合わせ願えますか?」


 そう言い終えたユンナから笑みが消え、素早く黒ダイヤモンドを懐に仕舞い直すと、今度は腰の短剣を抜き放って構えた。

 それを見た周囲の辺境騎士達がどよめくが、彼女が足をたんと踏んだと思った時には、その姿は消えてなくなり、疾走音だけが城内に響き渡ると、気配が僕の背後に現れたのが分かった。


「あれれー、後ろを取りましたけど、微動だにされませんでしたね? どうしてでしょうか、タミヤ様?」


「ああ、その必要はないと思ったからな。だって、お前……最初から僕を殺す気なんてなかっただろ。違うか?」


 確かにその動きは僕の目をして、微かに捉えられた程の凄まじい動きだった。

 しかし殺意は感じなかったので、僕は振り返るまでもないと思い、そのままの体勢で背後から僕の首に短剣を突き付けている、ユンナに声をかけたのだった。

 すると、彼女は満足気に笑みを浮かべながら、短剣を腰に戻す。


「ご名答ですー、さっすがタミヤ様! 試すような真似をして不躾でしたけど、どうしても貴方の強さを確認しておきたかったんです。でも、安心しました。やっぱり貴方は女神様が仰っていた本物の救世主だと分かりましたから。絶対に勝ちましょうねっ、この戦い! 私も頑張って勝利に貢献するつもりでいますのでー!」


 そしてユンナは「ちょっとついて来てくださいね」と言って、城の入り口に向かうと、ウルリナに門を開けてくれる様に頼んで、開いた大門から外に出た。

 そこはただの平原が広がっているだけだったが、彼女は指をパチンと鳴らす。

 するとっ……今まで何もなかった場所から、大量の物体が現れたのだ。


「なっ……!? なんなのだ、あれは!?」


 ウルリナが驚くのも無理はなかった。

 なぜなら、そこにはどう見ても百体はいる頭部は丸く、胴体、両足にキャタピラーが付いている、小型戦車のような外見の生物が隊列を組んで並んでいたのだから。


「さあ、百体からなる改造ホムンクルス達ですよー。如何ですか、タミヤ様、ウルリナ様? クシエルの人形兵なんかにだって負けない、私の自慢の子達です!」


「透明になれる天の才器。それでこいつらを今まで隠してたってことか!」


 僕もまた驚きに目を見開いて、その生きている生体戦車達を眺めていた。

 中央との圧倒的兵力差を強いられていた僕らに、ここに来て戦力が大幅に増えたのは嬉しい意味で予想外の誤算だった。


「これは地中を進み、土中から攻撃を仕掛ける目的で生成した子達なんですよー! 魔導技術の粋だから、当然ながら一部の機能を行使するには代償を必要としますけどね。ちなみに代償となるのは、搭乗者の血液です。けど、かなり疲れはするけど死ぬ訳じゃないから、安心してくださいねーっ!」


 ユンナは続けて、嬉しそうにこれらの使い方を教えてくれた。

 一体につき内部に一人だけ入ることが出来、纏いながら戦う生物兵器なのだと。

 僕は試しに教えてもらった通りに、生体戦車の背中から中に入り込んでみた。

 すると、その体内で無数の触手が絡みつき、視覚が生体戦車の目とリンクした。


「う、うあっ! こ、こいつは凄いぞ!」


 そして僕の意思に従って、生体戦車は地面の中に潜り始める。

 地中をまるでモグラのように掘り進み、かなりの速度で移動することが出来た。

 しかもどうやら搭乗者の聴覚はかなり強化されるようで、地上の様子も聴くことで容易に探ることが出来るようだった。


「こりゃ……恐ろしい兵器だな。地中からこちらは攻撃を受けることなく、一方的に敵に攻撃を仕掛けることが出来るって訳か」


 地中から飛び出した僕は、実際に搭乗してみた正直な感想を漏らした。

 一部始終を目の当たりにしていたウルリナも、その性能に驚いているのか「むむむむっ」と、難しい顔をして唸っている。


「クシエルの強襲人形兵がここに到着するまで、後二時間猶予がありますから、皆さん全員で、練習してみた方がいいかもしれませんよー? 幸い数は足りてますし」


 生体戦車達を誇らしげに眺めながらユンナがした提案にウルリナは即断すると、辺境騎士達に教わった通りに生体戦車に乗り込ませ、各々、試し乗りをさせ始めた。

 搭乗し、移動する分には代償として己の血液を消費することはないが、搭載された兵器を使用する際には一定量の血液が失われるのだと言う。

 しかしそれを差し置いても、僕らにとってはこの上ない強力な武器だった。


「よし、これなら……望みが出てきたかもしれない。礼を言う、ユンナ。お前が来てくれたのは、本当に女神ユーリティアの神託があったからなのかもしれないな。それで、さっき言った通り、お前を士官として取り立てたいのだが」


 目を輝かせながら、今度はユンナが即断する。飛び跳ねながら喜んで、士官としてウルリナに召し抱えられた嬉しさを、体で表現し始めたのだ。


「あ、あ、ありがとうございますー、ウルリナ様! 不詳ながら私も粉骨砕身、勝利のためのお手伝いさせて頂きますねー!」


 中央の連中との開戦まで残る猶予は、もう二時間を切っている。

 しかし僕らの目には確かな希望の光が宿り、時間がぎりぎりに迫るまで、この生体戦車の扱い方を理解し、乗りこなそうと練習に励むつもりだった。

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