第十五話【不可解な勝利】

 僕の眼前を掠る様にグランロウの巨大な腕が振り下ろされ、地面を大きく抉る。

 続けて間髪入れずに横薙ぎに襲い掛かってくるその腕を、僕は躱しつつ何とか間合いを計りながら、牙神の構えを取って繰り出した。だが……。


「ちっ、硬いな! 外見通りに、まるで鋼みたいな防御力だっ……」


 牙神の切っ先がグランロウの肉体に激突しても、奴は微塵も怯まず後退せず、口の端から炎を漏らしながら、更に勢いを乗せて僕へと迫ってくるのだ。


「効かんなぁ、女っ! 大人しく鷲の一部となるがいいわ……っ」


 襲い掛かるグランロウに対し、僕はこの場で地を強く蹴って、更に上半身の捻りを加えることでより威力を増した近距離間合いの牙神を、奴の顔面に叩き込んだ。

 今回はさすがの奴も顔を仰け反らせて、突進を中断させた程の威力の牙神はついに絶叫を上げさせることに成功する。


「や、やった……のか!?」


 否、であった。グランロウはすぐに体勢をぐるんと元に戻すと、再び僕に顔を向けて口の端を釣り上げながら、笑ったのだ。

 頬に亀裂が走っているものの、元気一杯だと言わんばかりに雄叫びを上げる。


「ガハハハハハハァッ! それしきか、それしきかよ、女ぁ!? 鷲は体の硬度を自在に最高で金剛石並みにまで高められるのだ。貴様の膂力がどれだけ強かろうと、お話にならんわっ!」


 なるほどと、納得のいく特殊能力だった。

 攻撃した瞬間にグランロウはその部分を黒く変色させており、部分的に硬度を上げていたのであろうことが、今の説明で自分の中ではっきりした。

 だが、なぜ部分的なのかと当然の疑問を抱くが、僕はそれを確かめるべく……。


「なるほどな、硬質化させた部分は可動させられない。そういうことなんだろ?」


「ナアァァアっ!? なんでっ、それをお前が知ってる!?」


 やはりか……と、僕は確信に至る。

 勿論、鎌をかけてみただけだったのだが、グランロウの予想以上のリアクションを見ると、どうやらそれで正解だったらしい。


「情報提供感謝するよ。それが分かっただけでも、儲けものだからな。完全無欠の能力じゃないことが分かったんだ、なら……勝利までの道筋が見えてきた」


 僕は村正を下段に構えて、牙神を繰り出す前動作を取ると、発動と同時に間合いを一気に縮めて、今度もまた土手っ腹に渾身の力で打ち込んだ。


「無駄だ、女ァ! 言ったはずだぜぇえ! これしきの攻撃など、いくら受けてもっ……」


 だが、僕はグランロウのその反応など無視して、続けざまに右足の膝を狙って牙神を突き放ち、炸裂させた。すると、今回はそれを硬化することでの防御が間に合わなかった奴は、バランスを崩して後方へと転倒してしまう。


「て、てめぇ、女ァ!! 連発出来るのかよ、お前のその技はっ……!」


「ああ、出来るさ! お前を倒すためなら、何だって試してやるよ!」


 僕は更に続けて、グランロウに追い打ちを仕掛けるべく動いた。

 こいつがどれだけの早さで、どれだけ連続して硬化を完了させられるのか、今までの攻防で僕にはすでに掴めてきていた。後は一気に、こいつを追い込むのみだ。

 腰を低くした構えを取った僕の姿がぶれ、村正が陽炎のように揺らめく。


「これがっ……僕の最高奥義だ! 喰らえ、グランロウっ!」


 村正の刀身から放たれた黒紫色の波動が、グランロウの胸元に叩き込まれる。

 その一撃目は案の定、硬化により塞がれたものの、僕は再び地面を力一杯に踏み締めて、二撃目の牙神・冥淵を奴の横っ腹を狙って炸裂させた。


「ガッ……ガハ、ハハハハァ、これ……しきの、ことぉ!!」


 だが、息を荒くしながらも、グランロウは両足を踏みしめて倒れなかった。

 奴から反撃が来る。と、僕がそう判断した瞬間、グランロウの巨体が掻き消えていた。両翼を広げて、空へと飛び立ったのだ。

 そして光線のような閃光を口から放って地面を薙ぎ払い、それが通った後には抉られたような跡が出来上がっていく。

 そして今度は奇声を上げながら、グランロウは地面に向かって降下し始めた。


「タミヤっ! 一人で勝てるのか!? 私も助太刀するぞ!」


 ウルリナは僕を援護しようと、フレイムタンを片手に駆け寄ろうとしていた。

 しかし僕は手でそれを制すると、地面すれすれを羽ばたいて迫ってきたグランロウの突進を、身を捻って躱してのけた。


「大丈夫だ、ウルリナ。そこで見ていてくれ。僕の最高奥義を受けて、ただで済む訳がない。これは奴の最後の悪足掻きだ。すぐに勝負はつく」


 僕は牙神の構えを取りつつ、空から好機を窺っているグランロウを見上げる。

 地と空で両者共に攻撃の機を窺う、そんな膠着状態がしばらく続いていたが、それに痺れを切らしたのか、先に動いたのは奴の方だった。

 今度も奴は僕に向かって空から高スピードで降下してくると、咆哮を上げた。

 そしてその突進してくる体当たりを、僕はぎりぎりまで見据えたまま待ち構えると、直前になって紙一重で躱し、奴のその背面へと飛び乗った。


「ナ、ナアァァアアッ!? 女、貴様ァ!?」


「ここなら巻き添えを喰う仲間もいない。殺戮衝動を完全解放させてもらうぞ!」


 グランロウの背に跨り、空を飛行しながら僕は殺戮衝動に完全に身を任せると、正真正銘の血と殺戮を好む獣と化した。


「ひひゃははぁへははっ……血っ、血だっ! 血を、見せろっ!」


 欲望のままに僕はグランロウの片翼をまず引き千切ると、次に村正をその背に突き刺し、吹き出す鮮血に顔を埋めて啜った。


「ギャアアアアァァアアっ!!!!」


 絶叫を上げながら地上に落下していくグランロウに僕は追い打ちをかけるように、残った片翼を村正でぶった斬って、その背に幾度も幾度も切っ先を突き立てる。

 ついに地面に墜落した奴はその度に悲鳴を上げ続けていたが、頭を力任せに千切って放り捨てると、やがて自身が流した血の海に横たわったまま、動かなくなった。

 そして衝動を発露し終えて、僕の姿も元へと戻っていく。


「や、やったのか……タミヤ?」


 むせ返る血の匂いに顔を顰めながらも、ウルリナはゆっくりとした足取りで僕とグランロウの死体の方へと近づいてくる。

 だが、そんな彼女を一喝して、止めさせた者がいた。


「やめときな、まだ近づくのは。あの魔種ヴォルフベットはまだ死んじゃいねぇ。そういう生態の生物なんだからよ、あいつらは」


 まさかの人物の声に僕が振り向くと、そこにはいつから現れたのか両手を拘束されたままの状態で、僕の方を凝視しているネルガルがいた。

 そして……ネルガルはこれまでとは打って変わった真剣な表情で僕とウルリナを交互に見ると、言い放った。


「ああ、もう遅かったかよ。始まったぜ、お嬢ちゃん達」


 ――ドクンッ!


 心臓が脈打ったような音が聞こえた。

 音の発生源を探ると、それは僕の足元……グランロウの死体からだった。

 だが、それに気付いたのと同時に死体から無数の触手が伸びて僕の体を絡めとり、触手の一本がウルリナの方にも走った。


「なん、だよっ! この触手はっ!?」


 僕を、そしてウルリナの右足をも捕らえて締め付けだした触手は、口のように開いたグランロウの腹部へと引きずり込まんと、力が入れられていく。

 反撃しようとしても抗えない程の力に、ついに僕は頭だけを出した状態でまるで肉塊のように変化した死体の中に取り込まれてしまった。


「タ、タミヤっ!!」


 続けてウルリナの体もこちらに引っ張られて、地面を引き摺られていくが、その触手をネルガルが真上からの足の一蹴りで地面に押し付けると、大きく一喝した。


「ぬんっ!!」


 途端、触手が千切れて、肉片が飛び散った。

 解放されたウルリナは必死の表情ですぐに僕の方へ駆け寄ろうとするが、辺境騎士達に体を押さえられて引き止められた。


「は、離せっ! このままではあの肉の塊にタミヤが取り込まれてしまう! 早く助けなければっ!」


 それでも叫び続けるウルリナに、僕はまだ何もかも未解決な状況で、彼女を残して死ぬ訳にはいかないなと、気力を奮い立たせる。だが、そんな時のこと……。

 それは僕にとっても唐突で突然のことだったのだが、取り込まれかけていた僕の体がグランロウの肉塊から、がばっといきなり吐き出されたのだ。


「えっ!? なんでだ、いきなり……」


 咄嗟のことで理解が追いつかず、唖然と僕を吐き出した肉塊を見つめていた僕だったが、その数旬後には我に返ると次の行動に移っていた。

 腰を深く落として対象に対し半身の姿勢を取ると、決着をつけるべく自身の最高奥義を目前の肉塊に向けて発動させる。


「もう二度と動き出してくれるなよ! これで終わりだっ!!」


 ぶれるように揺らめいた僕の全身、そして刀身から放たれた黒紫色の波動が巨大な肉塊と化した死体を飲み込み尽くしていく。

 その後に「ぎゃあああああっ!」という断末魔の叫びと共に、不気味に蠢いていた肉塊が次第に動きを止めていった。


「こいつぁ……凄ぇな。不死身体質の魔人タイプの魔種ヴォルフベットを殺しきりやがったぜ」


 後に残ったのは石のような質感になり、砕けて塵となってしまった肉塊だけ。

 そしてその一部始終をこの場にいる全員がただ固唾を飲んで見守っていたのだが、しかしその中で唯一、ネルガルだけがニヤリと不敵な面持ちで眺めていた。

 だが、僕には彼のその胸中を察することは出来なかったのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る