第十二話【新たなる戦いの始まり】

「恐らく魔導兵器の一種だろうな。だが、天の才器と違って魔導技術は発動に媒体が必要だ。あれだけの破壊力を出すためには……余程、製造する際に多くの何かを捧げたに違いない」


 ウルリナは地面に横になっていた僕を抱き起すと、さっき爆発したあの人形がなんだったか予想を聞かせてくれた。

 被害を受けたのが魔種ヴォルフベット達だけで人への影響がなかった理由は釈然としなかったが、帝国の新兵器かもしれないと言う結論で落ち着いた。


「けど、魔種ヴォルフベット達にとったらこれだけの大被害だ。十万以上の兵力を一瞬にして失ってしまったんだからな。奴らだってそう簡単には立て直せないはず。これが人類の反撃の取っ掛かりになればいいんだけどな……」


 僕は希望的観測を立ててそう言ったが、ウルリナは厳しい表情を崩さない。

 彼女はそうは予想していないのかと思ったが、どうやら別の可能性を懸念しているらしかった。


「私達にとって敵は魔種ヴォルフベットだけじゃない。私が今、危惧しているのは中央の人間が辺境領の人間を呪の障壁があった向こう側へと、そうすんなり通してくれるかどうかと言うことだ。疲れが残っているだろうが、それを確認に行きたい、タミヤ」


「……ああ、そういうことか。南部領を目指していった辺境民達が追い返される可能性もあるってことだな。分かった、行ってみよう」


 僕は体についた埃を払うと、ウルリナは辺境騎士達にこの場で待機命令を出す。

 なぜ僕と彼女だけで向かうのか? と言う疑問はあったが、僕もその判断に従うと、僕らは消失してしまった呪の障壁があった跡地を目指していった。

 だが、そこで僕は彼女の判断の理由を知ることとなる。

 この異世界では、平和ボケした現代日本の常識など通用しないのだと。

 ガスタティア帝国の中央と言うのが、どれだけ腐敗をしているかと言うことを。


 ――広がっていたのは一面の血の海。夥しい死体の山だった。


 全員が体のどこかしらを矢で射抜かれている。辺境領からの脱出を目指した彼ら彼女らは一方的に攻撃を受け、苦悶の表情のまま殺されていたのだ。

 今、僕とウルリナに対してもボウガンを向けている、騎士の一団によって。


「お前ら……っ。殺したのか……助けを求めて南部領を目指した人達を!」


 怒りが噴き上がる僕は髪を逆立たせると、目の前の惨劇を行った騎士達を睨む。

 だが、いまにも奴らに飛びかからんばかりの僕を、ウルリナが制した。


「聞いておきたい。お前達の指揮官は誰だ? 誰の命令でこの虐殺を行った?」


 ウルリナのその質問に騎士達からどっと下卑た笑い声が広がり、彼女の足元近くに深々とボウガンの矢が刺さった。

 それを放つ命令をしたと思われる、隊長格らしいカーキ色の騎士甲冑の男が隊列の中から進み出て来ると、僕らに向かって嘲るように言い放った。


「南部領伯グナド様のご命令だ。お前達、辺境のゴミ共を一歩も領内に入れるなとな。死にたくなければ、大人しく辺境領に引き返すことだ。そうすれば、この場は見逃してやっても構わないぞ、辺境伯ご令嬢ウルリナ・アドラマリク殿?」


 その言葉の後に続いてまた騎士達の中から、下品で大きな笑い声が沸き起こる。

 僕はもう怒りが爆発する限界だった。

 そしてそれは今まで僕を制していたウルリナも同様のようで、怒りを押し殺したような顔で腰に差していた愛用のフレイムタンを抜き放つ。


「そうか、あの臆病者のグナドか。納得だな、この場に姿も見せず部下に非道にも劣る鬼畜の所業を行わせるやり方、実にあの男らしい。私が愛する辺境の民達に手を出したこと、あの男に思い知らせてやらないといけないようだな!」


 ウルリナに続き、僕までも抜剣したのを見た南部領伯の騎士達から笑い声が消え、一斉に僕らへとボウガンの矛先が向けられる。

 すでに夜が明け始めている今、血の酩酊に目覚めた獣の姿を維持していられる時間は限られているが、そんなことは関係がなかった。


「いくぞ、お前ら! 非道を犯した罪はその死で償え!」


 僕は腰を低くした構えから牙神を発動させ、騎士の一団に向かって駆けた。

 空気を引き裂き貫く音を放ちながら村正の切っ先を向けて疾走した僕は、騎士達が放つボウガンの矢など物ともせずに隊列を突き崩していく。


「き、貴様らっ! 抵抗する気か! 盾突くと言うのだな、我々……」


 動揺しながら僕らに向かってカーキ色の隊長格が言い終わる前に、その横隣りを駆け抜けていった僕の牙神は彼の右腕を斬り抉っていった。

 右腕を切断され、彼の絶叫が響く。

 だが、傷口を押さえながらも彼は部下達に指示して、小瓶に入った液体を死体となって転がっている辺境民の口へと押し込ませた。その途端……。


 ――死体が弾け飛んだ。


 そしてその死体からは灰褐色の肌を持ち、身長は優に二メートルを越える巨大で鬼のような凶相の化け物が姿を現す。

 それを見て驚いたのは、僕達だけではなかった。

 南部領伯の騎士達の間にも、どよめきが広がっていったのだ。


「は、は、はははっ……いいぞ、さすがあの方が授けてくださった新兵器だ。いいぞ、いいぞ! さあ、やってしまえ!」


 鬼と形容すべき化け物は騎士達を相手に無双している僕の方を振り向くと、地面を振動で揺らしながら歩いて近づいてくる。

 そして僕の眼前に立った鬼と僕は、一触即発の雰囲気を漂わせ睨み合った。


「何なんだよ、お前は……? まるで人の肉体が弾けて、現れたようだったぞ。まあ、いいさ。何者であろうと敵であるなら、倒すまでだ」


 僕はその場で地面を強く踏み締めると、至近距離から牙神を突き放った。

 鬼のその頑強な肉体は僕の牙神を腹で受けて背後に後退したものの、両足で踏み止まると、怯みもせずに拳を握り固めて僕へと殴り掛かってきた。


「なるほど、硬いなっ。だったら……」


 僕の姿が蜃気楼のようにぶれて、村正の刀身から黒紫色の波動が放たれる。

 それを僕の渾身の突きと共に鬼の腹部へと叩き込むと、さすがに今回は耐え切ることは出来なかったようで、断末魔の悲鳴を上げて倒れ込んだ。

 だが、鬼の化け物に勝てたことに、ほっとしたのも束の間のこと。

 僕はたったそれだけのやり取りで、もう肩で息をしていることに気付く。


「……月の光が足りないな。すでに月が沈みだしている今の時刻じゃ、これしきが限界か。体から、力が……抜けてきている」


 周囲を見回せば、鬼の化け物は他にも現れ出している。

 カーキ色の隊長騎士の命令で、配下の騎士達が辺境民の遺体に次々と小瓶に入った怪しげな液体を飲ませて、鬼の化け物を量産していっていたのだ。

 だが、その鬼達はあろうことか、敵味方の区別がつかないようで、南部伯の騎士達にまで矛先を向けて、襲い掛かっていた。


「は、話が違う! 魔種ヴォルフベットと戦うための新兵器じゃなかったのか!? すぐにネルガル将軍に連絡しろ! この事態を収めてくれとな!」


「は、はっ!」


 南部伯の騎士達はこの事態を予想だにしていなかったのか、滑稽な程に慌てふためいており、抵抗も早々に自分達が作り出した鬼達を残して一目散に逃げ出し始めた。


「ウルリナ・アドラマリク、そしてそこの女騎士! 今、南部領には中央のネルガル将軍が来ておられるのだ! 我々に逆らったお前達の命運も後僅かだと思え!」


 カーキ色の隊長騎士はそう捨て台詞を言い残すと、這う這うの体で部下達と一緒にこの場から走って去っていった。

 僕は追おうとしたが、鬼達を放置したまま行く訳にはいかないと思い留まる。


「自分達で制御出来ないものを生み出しておいて、後始末をさせられる僕らの身にもなってく欲しいもんだな、まったくさ」


 ぼやきながらも僕は牙神・冥淵の構えを取ると、技を発動させて鬼の一体を目掛けて繰り出し、黒紫色の波動で身体機能を停止させその魂をも破壊してやった。

 ウルリナもまた燃える魔剣フレイムタンで鬼達に応戦して、苦戦はしつつも一体ずつ確実に撃破していっている。


「よし、こいつで最後だなっ! 殲滅完了だっ!!」


 そしてようやく最後の一体となった鬼を放った奥義で地面に突き倒すと、ついに完全に夜が明けて僕の姿は獣から元の人間へと戻ってしまう。

 敵の全滅を確認し終えた僕は、村正をゆっくりと鞘に戻して肩で息をした。

 今夜は人間、魔種ヴォルフベットを相手に戦い続けていて、もう僕の体力は限界だったのだ。


「ご苦労だったな、タミヤ。こうなってしまった以上、帝国中央は私達を敵として認識してしまったことだろう。一旦、辺境領に戻って今後のことを話し合いたい」


 度重なる戦いに勝利したばかりだと言うのに、ウルリナは喜んでいる様子もなく難しい顔をしている。どうやら、彼女はもう次のことを見据えているようだった。


「了解だ、ウルリナ。けどさ……それが終わったら今はとにかく、ひと眠りしたいとこだな。次の戦いのために、力を蓄えておくためにもさ」


 辺境騎士団の中で戦力の中核を為しているのは僕である事は、疑いようはない。

 だが、ウルリナの決断力と行動力は若さ故の未熟さはあるものの、人を正しい方に導けることを僕はすでに認めており、その指示を受けることに迷いはなかった。

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