第十話【ミコトの聖騎士甲冑】

「私の天の才器である『傀儡皇』はですねえ、タミヤ殿。魔種ヴォルフベットとの融合により、その出力が増しています。先ほどのように貴方の身を封じることも、一軍を意のままに操ることだって出来るのです」


 クシエルはそう言いながら右拳を握ったまま頭上に掲げて、そこから発したオーラ状の薄く細い糸を部屋中に張り巡らせていった。

 恐らく僕に逃げ場を与えないために、そして僕から自身への攻撃が出来ないように、僕の周囲を中心に自分の糸を展開していっているのだろう。


「それがどうした、僕の『牙神』はそれしきで止められはしない。試してみるか、クシエル? 僕の奥義とお前の天の才器のどちらが優るかをな」


 そんな状況にも僕は動じることなく、技の突進に勢いをつけるべく通常よりも村正を下段に構えて、牙神の発動姿勢を取ったのだが、その時のこと。

 今まで離れた場所で吠えていた犬が、糸の間隙を縫ってこちらへ近づいてくる。

 そして僕の足元で縋りつくようにして「くーん」と鳴き始めたのだ。


「危ないぞ。さっき助けてくれたのは感謝するけど、少し離れてろ」


 言葉が理解出来たのか分からないが、犬は僕が言った通りに離れていく。

 それを確認し終えた僕はいよいよ純粋に力比べに興じるべく、牙神を発動させてクシエルを目掛けて部屋内を駆けた。


「受けてみろっ、クシエル! 僕の『牙神』をっ!!」


「言ったでしょう、タミヤ殿。無意味な行為だとっ」


 その速さにより残像さえ生じさせた僕の突きは……いや、僕の体はクシエルの言葉通りに無数の糸に遮られて疾走を止められてしまう。

 あまりの歯痒さに、僕は思わず唇を強く噛み締めるしかなかった。


「お分かりですか、タミヤ殿。私の糸は人や物を切断する程、鋭くはありませんが、剣などで断つことは出来ない程に強靭に出来ています。さながら蜘蛛やミノムシの糸のようにね。更に……」


 クシエルが右拳を開くと、僕の体を絡めとった無数の糸が上下左右に開いていって、僕を部屋の中心で宙吊りにしてしまった。

 どんなに力を込めてもこの糸から抜け出すことが叶わず。僕は精一杯反抗の意思を見せるために、クシエルをただ睨み付けるしかなかった。


「ふふふ、身動きの取れない貴方は実に素敵ですよ、タミヤ殿。やはり月の光を浴びなければ、本来の力は発揮できないようですね。あの時、私に見せてくださった姿と力であれば、恐らく脱出も可能だったでしょうに」


 クシエルが一歩また一歩と僕へと近づいてくる。

 また僕の体を弄ぶつもりかと、覚悟を決めて睨み付けていたが、僕とあの男との間に割り込む形で、さっきの白い犬が立ち塞がった。


「ぐるぅぅ……わわん! わん!!」


「目障りな犬ですね。何なのですか、お前は」


 自身に向かって吠え続ける犬に、クシエルは不快感を示したようだった。

 手を突き出し糸を放出させるが、犬は素早く避けて僕が宙吊りになっている真下まで走って移動してくる。そして僕を見上げて何かを訴えるかのように鳴いた。

 それと同時に僕が握り締めていた村正が大きく振動を始めて、僕の手から床へと落ちてしまい、犬はそれを口に咥えて全身が白銀色に眩く輝き出した。


「村正が……この白い犬と共鳴している? この犬、一体……」


 僕が疑問を抱いたその時、犬の姿は瞬く間に変化を始めていった。

 部屋全体を数秒間、照らし出した眩い輝きの後にその姿を白の鎧に変えると、各パーツがバラバラに分かれた状態で僕の体へと向かい、順々に装着されていく。


「これは、鎧? この異世界に来た時から僕が装着していた……ミコト専用の聖騎士甲冑なのかっ?」


 クシエルに捕らえられた時に、奪われたと思っていた騎士甲冑が今、再び僕の体を身に纏って、神々しい光さえも放っている。

 しかも満月の光を浴びることによって得られる肉体の変貌とは別の力が、僕の全身には満ち満ちていた。


「もしかしたら、今なら……っ!」


 体に熱いものを感じた僕は手足に力を込めると、ジュッと言う音と共に僕を拘束していた糸は溶けて崩れ去っていった。

 そして僕はここに来るまでに体に受けたボウガンの矢を抜いて捨てると、暖かな光がその負傷の痕を癒し、普通ではない早さで自然回復していく。


「……知らない。僕はミコトが着ていたこの騎士甲冑に、こんな設定をつけた覚えはないぞ。なのに、どうしてこんな……」


「何と言うことでしょうか。ここまで私の予想を超えてしまうとは、やはり貴方は想像以上の逸材のようです、タミヤ殿。貴方の身柄はこの私が全身全霊を以って、責任を持って、同志らのいる帝都までお運びしましょう!」


 クシエルが今度は両手を掲げて両拳を握り締めようとしたが、それよりも一瞬早く僕の姿が歪んだ。

 まるで蜃気楼のように村正の刀身が霞んでぶれて見え、それはあまりの剣速故だったのか、それとも奥義故の特性だったのか、答えはいずれも然りだった。


「これが僕の最高奥義……っ! 『牙神・冥淵』だ、クシエルっ!!」


 僕は村正を打ち下ろし、それを完全に躱したはずのクシエルに対して、刀身から放たれる黒紫色の波動が、その右腕に重く深く食い込んでいた。

 斬った訳ではないが、黒紫色の波動はそれ以上の喪失効果を持っているのだ。


「これ、がっ……貴方の力、ですか。もう……右腕に力が入らない。……ですが、まだ左腕がありますのでねっ……!」


 だが、クシエルが次なる攻撃を行おうとする前に、僕は彼の横っ腹に黒紫色の波動を伴った横殴りの一閃を叩き込んでいた。

 ただし今回も斬ることはせずに、あえて黒紫色の波動だけを命中させる。

 もう立っていることも困難となったクシエルは床に倒れ込むと、寝転がったまま僕を見上げて、さも愉快そうに口を開く。


「呪の障壁を……消失させる気なのですね? ふふふふっ、それはそれで……面白いことになりそうですし、私は貴方の意思を尊重しますよ。何しろ、私にとっての最優先事項は好奇心を満たすこと……つまり貴方と同じなのですから、タミヤ殿」


 クシエルは心底楽しんでいるような目で僕を見つめ、僕がこの異世界での新鮮な体験に内心では心を躍らせていることを、見透かしていたようだった。

 同類である故に、だからこそ僕はこの男に同族嫌悪を抱かざるを得なかった。


「逃げるなら逃げろよ、クシエル。お前みたいなのでも、殺しはしたくないから手加減を加えてやったんだ。お前が予想した通りに、呪の障壁はもう消えることになる。この十一体の石像を、これから僕が破壊することによってな」


「ええ、……貴方を手に入れられなかったのは残念ですが、ここは退散するとしましょうか……。次にお会い出来る時には……もう少しマシな私の戦闘人形バトルドール達をお見せしますよ、タミヤ殿」


 そう言い残したクシエルの影からこの前の漆黒の人形が現れたかと思うと、その影の中へと彼の体を引きずり込んで、あっという間にその姿は消え去ってしまった。

 恐らく敗北したことを想定して、予め用意しておいたのかもしれない。

 だが、僕は気にすることなく彼が消えていった跡に一瞥をくれると、神官達の石像の方を向いて腰の鞘に村正を戻し、居合の構えを取った。


「これで辺境領の人達は助かる。全員じゃないけど、それでも確かに救われる人達がいるんだ」


 僕はこれからやることに対して自分に言い聞かせるようにそう言うと、覚悟を決めて鞘から村正を一気に抜き放つ。

 すると、その一閃は石像達を一息にすべて両断して、破壊してしまった。

 それと同時に、建物全体を揺るがすような振動と音が徐々に大きくなっていく。


「これで、いいはず。それじゃ、僕も脱出しないとな」


 僕は入って来た大扉を抜けると、まずは上階を目指して駆けていく。

 その間にも揺れは大きくなり、それに伴って天井からはパラパラと細かい破片が落ち始めてきていた。

 そして僕がついに呪の障壁内の地上部分、窓がある場所から村正に乗って飛び出して脱出を成功させた時。それを待っていたと言わんばかりに、高さ五十メートル、そして左右に長く広がる巨大な障壁が、根元から崩れ去っていったのだ。


「やってやったぞ、ウルリナ、ガナン。でも、これで終わりじゃない。むしろ、ここからが本当の戦いの始まりなんだよな、魔種ヴォルフベット達との……」


 上空から呪の障壁が崩れゆく様を眺めながら、僕はそう呟いていた。

 今夜はまだ安心して眠ることは出来ないと、このことにより帝国と魔種ヴォルフベットとの本格的な戦争が始まるのだと言うことを、嫌でも理解していたのだから。

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