第八話【現れたる、魔種を統率する者達】
「負傷しているようだな、タミヤ。幸い
ウルリナは懐から液体の入った瓶を取り出す。
そして僕に手渡すと、僕はそれをぐぃっと一気に飲み干した。
すると、特に負傷が激しかった両足が村正で体を支えなくとも、何とか立ち上がることが出来るようになり、更に僕の全身に活力が漲ってきたのを感じ取った。
「んっ……大分、体が動くようになったな。礼を言うよ、ウルリナ。だけど……」
僕はそこで言葉を一旦、区切る。
そして野戦築城の向こう側、地平の彼方よりかなりの速さで接近しつつある
「……あれだけの
だが、僕はそう言いつつも村正を鞘から抜くと、柄を握って構えた。
この村正は頼みの綱だ。いざと言う時に、二人を連れて僕らが逃げるための。
ウルリナとガナンは素直に従わないだろうけど、その時には無理やりにでも……と、僕はそう考えていた。
「退路はない、部下達もすでに覚悟を決めて迎え撃つ準備を整えている。なのに辺境伯の娘である私が、真っ先に逃げを打つ訳にはいかないさ。さあ、来るぞ!」
「お嬢、死ぬ時はお供する。背中は任せてもらいたい」
「ああ、本当に来たぞ! まったくさ、凄い眺めだなっ!」
僕ら三人は野戦築城の盛った土の上の部分から、その圧倒されるような光景を眺めていた。しかし恐らく内心では、全員が恐怖心と戦っていただろう。
だが、それでもウルリナは部下達に指示をして、一斉に矢を放たせた。
先陣を切って向かって来ていた魔物タイプの
「まだ配置から離れるな、私が奴らの侵入を食い止めてみせよう! 私の天の才器である、この『設置結界』でな!」
そう言うとウルリナは、両手の指先をすべて天に向かって突き上げる。
すると、僕達が築いた土塁の前方に無数に文字が書かれた半透明の防御壁が、魔物達の侵入を拒むかのようにせり上がっていった。
――天の才器。
僕もウルリナからそれとなく聞かされていたので知っているが、それは帝国人口の約二パーセントの人間が生来備わっている固有能力だと言うことらしい。
ウルリナが生まれ持った天の才器は「設置結界」と呼ばれ、条件を指定して結界壁を張ると、その条件が厳しい程に絶対的な防御壁として機能する。
「魔物タイプの
ウルリナの号令の元、弓をつがえた騎士達が絶え間なく矢を射ち放つ。
結界に阻まれた魔物タイプ達が矢で射ぬかれていっては、倒れていくがやはり如何せん相手は数が多すぎた。
何しろ倒れる側から次へ次へと、奥の方から結界に飛びかかって来るのだ。
――そして結界をすり抜けて、ついに一体の
その個体は虎の数倍はある巨獣の体躯に肥大化した四肢を備えた魔獣タイプであり、結界のルールの対象外だった。
「下がっててくれ、ウルリナ、ガナン。病み上がりからの調子を取り戻すためにも、あいつは僕がやる」
僕は村正を下段に構えると、自身の代表的な奥義である牙神の狙いを定めた。
そして奥義の名を叫ぶと共に、僕の体は魔獣に向かって駆けていく。
「『牙神』っ!!」
今、僕の肉体は血の酩酊に目覚めた獣と人間、その中間の形態で留めている。
痛覚はある程度は遮断しているものの、膂力は完全な獣の時には及ばずだ。
なぜなら今、殺戮衝動に身を任せて制御が効かなくなれば、今度は本当にウルリナとガナンを殺してしまうかもしれない。
そんなリスクを負うことを、僕はしたくなかったのだ。
「ぎぃぶぁ……ぁああああああっ!!」
村正の切っ先を向けた突進の突きから斬撃に切り替えて、巨獣の
「ったく、動きにくいな、このドレス。クシエルの奴、こんなの着せやがって」
「油断するな、タミヤ殿。まだまだ来る」
ガナンが警告した通り向こうを見やると、魔獣タイプの
土塁を破壊され、壕を突破され、辺境伯の騎士達は迎え撃つものの、数に押されて次第に僕らは陣の後方へと押しやられていく。
そして見れば中央の騎士達は抵抗も早々に、守りを捨てて逃げ出し始めていた。
「まずいな、このままでは押し切られる。期待していた訳ではないが、中央の騎士達にとっては所詮は他人事。辺境地は命を賭けて守るに値しないと言うことか……」
「敵に回らないだけマシだ、お嬢。
軽蔑するように中央の騎士達の有様を見て吐き捨てたウルリナは燃えるように赤いフレイムタンを。ガナンは雷神の槌を手にして、奴らをそれぞれ迎え撃とうと、陣の最前線へと進み出ていく。
だが、僕の目には二人の背中は敵の大軍勢に比べて、今にも消え入りそうな程に小さく……これから死地に赴く、風前の灯のように見えた。
「ウルリナ、ガナン……」
僕はそんな二人の後姿を見つめながら、村正を強く握り締める。
頃合いを見てたとえ抵抗されようと……いや、今すぐにでもと思い、僕が二人に駆け寄ろうとした、その時だった。
――轟音と共に、土塁の前方に張られていた結界が一斉に吹き飛んだのだ。
そして空から何か巨大な両翼を生やした鉄像のような物が、墜落の際に地面を大きく抉りながら降り立った。
「ガハハハハァ……っ!! いる、いる、いるなぁ……下等な人間どもがなぁ!」
それはまるで両手足と翼を生やした人型の鳥のような出で立ちの化け物だった。
そしてあろうことか、人間の言葉を話している。つまりは……。
「魔人タイプの
僕のその問いの返事の代わりに今度は天から稲妻が無数に降り注ぎ、野戦築城を破壊していき、辺境の騎士達を焼き焦がして絶命させていった。
そして空中に生じた空間の歪みの中から、三メートル弱の魔導士風の人型の怪物が現れる。そいつは僕らを見下ろしながら、言い放った。
「ブホホホホ……ご安心くださいませ。死ぬのは一瞬。痛みや苦しみを感じさせることは、決して致しません故に」
そして鉄の巨大鳥と魔導士風の魔人タイプの
「閣下、出撃ご苦労様です。まずは某とグランロウが道を切り開きました故」
すると、その一点から暗黒の歪みが生じたと思うと、黒い鎧に黒い兜、黒い篭手、とにかく全身黒ずくめの装備を身に纏った巨体の黒い騎士が現れたのだ。
「久々の人間共の住む土地だが、相変わらず穢れているな。か弱い、弱者共の血で濡れている。……目障りなものだ。アガレス、グランロウよ、お前達に己から命を与えよう。まずは刃向かう者には刃を突き付け、降伏を申し出る者も殺せ。我ら『宵国の騎士団』が作る新たな
「ガハハハハァっ……承知だ、騎士団長殿」
「ブホホホホ……御意」
黒騎士に跪いていた鉄の巨大鳥と魔導士風の怪物が立ち上がる。
そしてこちらを振り向くとこの野戦築城を舞台とした慈悲のない、恐るべき惨劇が幕を上げた。そう、それはただただ一方的な惨劇だったのだ。
ウルリナの指示の元、放たれた無数の矢も二体の魔人達のその分厚い皮膚装甲の前には貫くことは叶わず、剣や斧、槍で斬りかかっていった騎士達は触れることすら出来ずに、腕の一振りで甲冑ごとひしゃげて肉片と化した。
「一旦、下がれ! ここから先は私とガナンとタミヤでやる! 他の者達は魔物タイプと魔獣タイプの
動揺する部下を奮い立たせるべく普段より強い口調で言い放った、ウルリナ。
だが、僕は二体の魔人タイプの
「どうした、タミ……」
疑問を口にしかけたウルリナの 腹を僕はドスッと殴って、気絶させた。
最後に「なぜ……?」と言いたげな目で僕を見つめていた彼女を背中に抱えると、僕は今度はガナンの方を向いて言った。
「さあ、逃げるぞ、ガナン。この戦い、勝ち目はない。戦っても犬死にするだけだ。僕の我儘だとしても、お前達二人をここで死なせたくはないんだ。いくら嫌だと言っても力ずくで逃げてもらうからな」
「安心した、タミヤ殿。私が見込んでいた通り、君は自分より他人のことを考えられる、そんな人間だったようだ。君にだったなら、お嬢のことを任せられる」
ガナンはニコリと微笑んだかと思うと、雷神の槌を握りしめながら、僕の真横をすり抜けて
あまりに突然のことで、すぐに反応できなかった僕が振り返ると、ガナンはもう大量の
「ガ、ガナーーンっ!!!!」
僕が彼の名を叫んだ時、手にしていた村正が独りでに小刻みに動き始める。
何事かと視線を向けた途端、僕とその背中に抱えたウルリナを伴って浮かび上がらったかと思うと、空高く飛び立った。
そしてあっという間に野戦築城が遠く見えなくなり、僕らはウルリナ以外にもう一人、助けようと思っていたガナンを置いて、戦線離脱してしまっていたのだ。
「お、おい……まだガナンが! も、戻れよっ!」
だが、村正は僕の命令を無視するように、ただ一直線に戦場から離れていく。
もう……僕にはどうすることも出来なかった。
「ガナンっ……」
だが、それでも僕はすでに見えなくなってしまった戦場の方向を見つめながら、大切なものを失ってしまった喪失感と共に、心の中で血の涙を流していた。
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