第六話【僕とあいつの決定的な敵対】

 僕は薄ぼんやりしたとした空間で、目を覚ます。

 すると、そこは蝋燭の微かな灯りが灯るカーテンが締め切られた部屋の中心で、僕は身動きが取れない状態で両腕を左右に広げられた状態で柱に磔にされていた。


「どこ、だよ……ここっ!?」


 僕は体を動かそうとしてみたが、まるで動かせない。

 なぜなら、魔種ヴォルフベットを拘束する際に使われるような太い鎖で体の各部を縛り付けられており、それを力で引き千切ることは叶わなかったからだ。

 しかもいつの間に着替えさせられたのか、僕は自分の騎士甲冑ではなく、体のラインがはっきりと出るような、体に張り付くような黒のドレスを着ていた。

 そしてやがて目が暗闇に慣れてきた頃、薄闇に同化しているかのようで、気付くのに遅れてしまったが、部屋内には僕以外の誰かがいることに、ようやく気が付く。

 そこにいたのは、黒い人影だった。


「お前はあの時の黒ずくめだな!? 何が目的だ? どうして僕を攫った!?」


 だが、僕の叫びを無視するように、黒ずくめの何者かは言葉をまったく発さず。

 そればかりか、その体はピクリとも動くことはなかった。

 それでも目を凝らしてそいつをよく観察してみてみたが、次第に僕の中である疑問が生まれ始める。こいつが生気のある人間ではないのではないかと。


「……違う。やっぱりこれは、精巧に作られた人形だ。人間じゃ……ない」


 僕がそう確信して呟いた、その時のこと。

 自分の正面の壁に取り付けられた重い木製の扉が軋む音と共に開いて、誰かが部屋内に入ってきたのが分かった。

 そしてその人物は……意外なことに僕もよく知る顔だったのだ。


「やあ、お久しぶりです、タミヤ殿。いつぞや貴方がウルリナ殿のお供として交渉にやって来られた時に、お会いして以来ですか」


「貴方はっ……クシエル監督官、殿」


 忘れもしない相手だった。

 一度目にしたら焼き付いて離れない程の、透き通るような白さの肌と同色の長髪を肩まで伸ばし、やはり白を基調としたローブを纏った、浮世離れした美貌の青年。

 クシエルは相変わらず微笑みを絶やさずに、僕の方へと歩み寄ってくる。

 そしてやや遅れて彼の後ろを、小さな人形がちょこちょことついて来ているのに気が付いた。


「どういうことか説明して頂けますか、クシエル監督官殿」


「貴方は無意味に辺境地などで死なせるには惜しい人材だと思いましてね。このような強硬な手段を取ることになってしまった非礼を、まずお詫びします」


 言っている意味がすぐには理解出来ない僕に、クシエルは更に語り掛ける。

 だが、それはまるで僕と雑談でもしているような、軽い調子だった。


「辺境領の方達は残念ですが、まもなく全滅するでしょう。魔種ヴォルフベット達の本格的な侵攻が始まるからです。そうなれば、あの程度の兵力では一日と持ちませんよ」


「なぜ貴方にそんなことが分かるんです?」


 僕の当然の疑問に、クシエルは屈託のない笑顔で僕に顔を近づけながら答える。

 そしていつの間にか、足元にいたはずの小さな人形が彼の肩に飛び乗っていた。


「この二年間、私達はかつての無能な帝国上層部に代わり力を蓄えてきました。私達が暮らすガスタティア帝国が……いえ、人類が生き延びるためにね。その中には敵情視察も含まれていた訳です、タミヤ殿」


「……辺境領の人達を見捨てて、中央の人間だけが生き残れればそれでいいのかよ、クシエル監督官殿。いや……クシエル・ツァドキエル!」


 彼の言葉に次第に怒りがこみ上げてくる。

 そんな彼に吐き捨てるように言ってやった僕に、クシエルはやはり笑みを浮かべたまま、指先で黒のドレスの上から僕の乳房をつつき始めた。


「おま……えっ! この、野郎!」


「男言葉を使うのはまだ良いとして、そんなに下品な言葉を使うのは感心しませんね、タミヤ殿。さっきも言いましたが、私は貴方を買っているのです。貴方の内には強力無比な獣が宿っている。魔種ヴォルフベット達との戦いを勝利に導くかもしれない程のね」


 そしてクシエルは尚も僕の乳房を指先で弄りながら、更に続けた。

 恐らく今の僕の頬は紅潮し、湯気が見えそうな程、体から熱を発しているはず。

 だが、その間も彼の肩の上を小さく愛くるしい人形が立ち上がったり、両手を動かしたりと落ち着かないように、絶えず動き続けている。


「貴方を私達、帝国六鬼将の七人目として迎え入れたい。このことはすでに他の鬼将達も了承しています。どうです、悪い話ではないと思いますが?」


「……こんな鎖で僕を拘束しておいて、好待遇で迎えるも糞もないと思わないか? それにこんなカーテンで閉め切られた部屋で息苦しいんだよ、さっきから。ところで今は何時くらいか分かるか、殿?」


 その僕の問いに、クシエルはこれまで以上にニッコリと微笑みながら答えた。


「ええ、それもそうですね。今は夜九時を回っていますが、この部屋の淀んだ空気が息苦しいのでしたら、ご希望通りにカーテンを開けて差し上げますよ、タミヤ殿」


 そう言うとクシエルはようやく僕から離れていき、部屋内の閉め切られた窓のカーテンを一枚一枚、順番に開け放っていった。

 そして……部屋内に差し込んできたのは赤くて黒い、真ん丸な月の光。

 それを僕の全身が浴びて瞳に届いた時、僕の中に眠っていた衝動が目を覚ます。


「お、お、お……おおあああああぁっ!!」


 僕の髪が長く腰まで伸びて、白髪となり、目は赤黒く変わっていったであろう。

 一切の痛みと疲労を感じない殺戮兵器とも呼べる「血染めの切り裂き魔ミコト」の最強戦闘形態へと、僕の身は姿を変えていったのだ。

 そしてそんな僕を見て、愉快そうに目の色を変えたのはクシエルだった。


「……これは。よもや図らずとも、貴方の真の姿をこの目に出来てしまうとは。まさか月の光に反応して……それが、それこそが、貴方の体に眠りし、血と殺戮の獣の姿なのですね、タミヤ殿?」


 だが、僕はそんなクシエルには目もくれず、一瞬にして自分を拘束していた鎖を力任せに引き千切って破壊してやった。するとそんな僕に対して、今まで沈黙を保っていた黒ずくめの人形が突然に動き出し始めて、襲い掛かってきたのだ。

 しかし僕が手を一振りすると、一撃で体が粉々になって吹き飛び、その破片が部屋の壁に叩き付けられた。


「何と言う素晴らしい力でしょうか。この私がここまで見染められたのは、貴方が初めてかもしれません、タミヤ殿。貴方はやはり私達の新しい帝国にとって、どうしても必要不可欠な人材のようだ」


 あくまでも余裕を崩さずに、クシエルは指をパチンと鳴らした。

 すると天井を突き破って、巨大な兵士の外見をした鉄製の人形が瓦礫と共に、僕の目の前へと降り立つ。


「さあ、タミヤ殿と戯れてあげなさい、ガイジュウよ。ただし、殺すつもりで。でなければ、彼女を止めることなど出来ないでしょうからね」


 クシエルの命令に反応して、ガイジュウと呼ばれた巨大鉄人形兵は動き出す。

 右の剛腕を大きく頭上に振り翳した奴は、一気に僕へと振り下ろしたのだ。

 その右拳を片手で受け止めた僕は、そのまま腕ごと引き千切ってやったのだが、追撃を仕掛ける前に、あっという間に根元から再生されてしまう。


「邪、魔っ……する……なぁ……あああああぁっ!!」


 それでも僕は、すぐに力任せにガイジュウに殴りかかっていくが、奴は胴体部分を大きく陥没させつつも、僕を両腕で抱き上げた。


「貴方のその形態はまだ完全ではないようですね、タミヤ殿。現状では力は比類なきまでに向上するものの、代償として繊細な動きが出来なくなるのです。では、ガイジュウよ。彼女を少し大人しくさせるため、外で自爆してきなさい」


 耳を疑う言葉に、僕は抵抗すべく力任せに手足を振り回したのだが……。

 そんな悪足掻きも空しく体を両腕で抱き抱えられて身動きが出来ないため、為されるがままに外に連れ去られるしかなかった。

 そして……どうやら僕が今までいた場所は呪の障壁の内部だったらしく、ガイジュウと共に屋上に飛び出すと、外には見覚えのある景色が広がっていた。


「ジバク……ジバクします。ドールマスターのゴメイレイにより」


 機械的な声を発したガイジュウは次第に体が大きく膨れ上がって、風船のようになっていくと、やがて屋上から僕を抱えたまま飛び降りて……。


「うあぁっ…ぃあああぃああああぁぁっ!!」


 血の酩酊に目覚めた獣と化した僕は落下していく中、思わず叫んでいたが……その途中、ガイジュウが光に包まれ、それが弾ける。辺り一面に眩い閃光が走った。

 鼓膜が破れかねない爆音と共に衝撃が僕を襲うと、気付いた時には僕の体は呪の障壁からそう遠く離れてはいない、地面の上に投げ出されていた。


「あの男……いつか絶対に殺す。けど、今は……逃げない、とな」


 一切の痛みは感じないものの、体を負傷した僕は思う様に体を動かすことが出来ない状態で、這う様にしてこの場を離れるしかなかったのだ。

 ウルリナやガナンに辺境の地に危機が迫っていることを伝えるために。

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