第一話【ウルリナ、ガナンとの邂逅】

「お前達はそのまま取り囲んでいろ! この女、並みの使い手ではない!」


 女性騎士の掛け声と同時に、僕もまた村正の切っ先を相手に向けて構える。

 この構えから繰り出す技は牙神と言って、ミコトが得意とする技だ。

 設定では斬ると突くを極限まで鍛え上げたことで、剣の切っ先を対象に向けて発動し、突進してから状況に合わせて、そのどちらかを繰り出す技となっている。

  使った経験はないが、今の僕ならなぜか使いこなせそうな予感があった。

 それだけに殺傷力の高いこの奥義を使うのを僕は少し躊躇したが、逡巡の末に下段に取った構えから騎士達へ狙いを定め、意を決して発動させるっ!


「『牙神』っ!!」


 技の名を叫ぶと一瞬の閃光と共に、僕の体は騎士達の間を駆け抜けていった。

 繰り出された僕の奥義は彼らを木の葉のように蹴散らしていくが、走った後に残像さえ残していったその突きは、多勢に無勢の不利を少しも感じさせなかった。

 勿論、彼らが死なないように、これでも意識して手加減はしている。


「二撃目だっ、いくぞ!!」


 更に続けて僕が牙神の構えを取って狙いを定めた時、対する女性騎士は右手の中指をくいっと立てる仕草を見せる。

 しかし僕は気に留めることなく再度、牙神を発動させて、彼女に向かって高速の勢いで突進していったのだが……。


 ――その攻撃は途中で遮られた。


 何か文字が無数に刻まれた半透明の壁に衝突し、疾走し切れなかったのだ。

 勢いをつけて地面を走っていた分、僕はその反動で後方に弾かれて、バランスを崩しそうになったが、何とか踏み止まり、その壁と彼女を交互に見た。


「何だ、これは? これってまさか……防御壁、のようなものなのか?」


 僕は誰に言うともなく呟いたが、女性騎士は尚も両手の指を動かしている。

 それに伴って僕の周囲を囲むように、同様の防御壁が地面からいくつもせり上がっていく。そしてそのすべての防御壁にはやはり見知らぬ文字が刻まれていた。

 しかし日本語ではないそれを、僕にはなぜか読むことが出来た。


「二十五才以下の女性の通行を遮断、する? もしかして……この防御壁のルールのようなものか。ルールを決めてそれを相手に遵守させる。それが、この壁の特性か」


 力技で破壊できる代物かも分からない上、僕にはそれを試す暇すらなかった。

 あの女性騎士につき従っていた、一際目立つ巨漢で黒髪を生やした騎士風の男が防御壁をすり抜けて、僕の前に立ちはだかってきたのだ。


「お嬢、私がやる。いいかな?」


 巨漢の男は僕と向かい合ったままそう言ったが、お嬢と呼ばれたあの女性騎士は余程、この男の強さを信頼しているのか、ただ「ああ、任せたぞ」とだけ返した。

 確かに巨漢の男は身の丈ほどもある巨大な槌を右手に持ち、左手にはやはり大サイズの盾を装着している。並外れた筋力の高さを証明しているかのようだった。


「私はガナン・ヤズマッド、辺境伯にお仕えしてる騎士だ。しかし戦いを仕掛けておいて何だが、私は君が魔種ヴォルフベットだとは思わない。もし、君に殺意があったなら先ほどの君の技で、部下達は肉片となって死んでいたはずだ。違うかな?」


「ああ、誤解を解くのが難しそうだったんで、身を守るため仕方なくって感じかな。けど、そう思うんだったら退いてくれないかな? 言ってることと、これからやろうとしてることが矛盾してると思うんだけど?」


 そう、ガナンを名乗る男は戦意に滾っており、言葉とは裏腹に戦おうとする意思は失っていないのは明らかだった。

 そしていよいよ右手に握り締めた巨大槌を振り上げて、攻撃に入らんとする。


「君は敵ではない。だが、得体が知れないのも事実。だからこそ、確かめておきたい。君が私達にとって害を成す者か、あるいは救いになる者かどうかをっ……!」


 力に任せてガナンは槌を振り下ろし、僕はそれを横っ跳びに躱してやむなく攻撃に転じようとする。だが、地面に叩き付けられた槌から激しい電撃が周囲に放たれ、それは断念せざるを得なかった。


「うむ、勘が良い。迂闊に飛び込んでこなかった判断力、敬意を払うに値する!」


 間髪入れずにガナンは左手の大盾で僕に叩き付けようとするが、防御壁に囲まれていてはどうしても僕の移動範囲は限定されてしまう。

 接近戦を得意としているらしい、この男を相手に分が悪いのは明らかだった。

 だが、凄まじいまでの膂力で繰り出されたその大盾に、僕はその場で地を蹴って、近距離の間合いで牙神を繰り出し、そして炸裂させる。

 ビキリと音を立てさせて、その盾に亀裂を入れさせることに成功した。


「まだまだこれで終わりじゃないぞっ! 『牙神』っ!!」


 僕は更に続けて近距離からの牙神を放ち、ガナンの甲冑の胴へと叩き込むが、彼は血反吐を吐きながらも、雷を発する槌を巨体に似合わない速さで振り下ろしてくる。

 鬼気迫る闘志、そして凄まじいまでの耐久力の持ち主だった。

 僕は動揺を覚えつつも、村正の切っ先を合わせて打ち払っていくが、無傷で受けられるはずもなく、槌から生じた電撃がその度に村正を通して僕にまで及ぶ。

 そしてその一撃を受けるごとに、僕の殺戮衝動がまたも内から顔を出し始めていたのだ。


(くっ……また、あの衝動かよっ! こんな戦闘中に出て来られたら、本当にこいつらを殺してしまうぞ!)


「戦闘中に考え事とは、舐められたものだなっ!」


 突然、ガナンから立ち昇った力の奔流に手加減をしていたのは僕だけではなかったことを悟るが、時すでに遅し。

 彼の渾身の力を込められた雷の槌の直撃を胴体に受け、僕は意識が遠のいていく。

 いや、僕の理性の枷を解かれ、意識の底からいよいよ抑えられていた「血の酩酊に目覚めた獣」が顔を出したのである。


「あはぁ、ひへゃはははぁ……っ! 殺……殺し……て、血をっ!」


 内なる獣に意識の主導権を握られた僕は、ただその光景を見ているしかなかった。

 周囲に張り巡らされた防御壁を、獣は放った闘気だけで吹き飛ばすと、追撃を仕掛けてきたガナンの雷の槌を素手で掴み、それごとガナンを宙に持ち上げた。


「お、おおおっ!! これが、君の真の力、かっ!!」


 雷の槌を掴んだまま、獣はガナンを地面に思い切り叩き付ける。繰り返し何度も。

 堪らず雷の槌を手放したガナンはよろよろと立ち上がり、大盾をこちらへ向けて何かを込めたかと思うと、ガチャリと引き金を引いた音をさせた。すると……っ。


 ――それは大砲だった。


 大盾の中心部に開いた穴から撃ち放たれた砲弾は僕へと高速で迫り、しかしそれが獣の間近で爆発することはなかった。

 なぜなら、獣はそれを素手で掴み取ると、遠くへ投げ捨ててしまったからだ。


「ふひっ、ひはゃはははっ!!」


 遠くで砲弾が爆発する音が響く中、地を蹴って獣はガナンの顔面を殴りつけた。

 ガナンが地に背中をつけて倒れても、馬乗りになって顔面を殴打し続けていく。

 それを一定の距離を開けて見ていた女性騎士は血相を変えて、騎士達に何らかの指示をすると、突如として血と暴力に酔いしれる獣から力が抜けていくのを感じた。


 ――と、同時に僕の意識が精神の表層へと返り咲き、何が起きたか理解する。


「そうか、麻酔……。それを塗った針を僕に飛ばして……」


 全身に力がまるで入らない中、騎士達は僕の体をガナンから引き離す。

 顔面から激しく流血し、血だらけのガナンは何かを騎士達に向かって言っていたようだった。だが、その内容を聞き取ることも難しい程、僕には睡魔が襲ってきており、やがてゆっくりと微睡みの中へと落ち始めていく。

 そんな僕が最後に聞いたのは、僕に投げられた女性騎士の畏れに満ちた声……。


「……化け物、め」


 そんな侮蔑とも取れる言葉だったのだ。

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