妖怪口裂け女の噂ならこの界隈でよく耳にするでござる の巻
生徒会の申し送りの件で学校に呼び出され、すっかり夜の帳が降りてからの帰り道。後輩たちとも別れ、楓と孝之は帰路についていた。すると、
「あ……」
差し掛かった四叉路で偶然にもそのような声が四つ重なる。一方の道からは孝之と楓。もう一方は北村香織、そしてもう一方は武田義一である。
北村がいっときの膠着後、口火を切る。
「あら、見たところ、孝之たちは学校帰り? で、あんたは一人寂しく夜のお散歩ってとこかしら」
「アン? 俺はさっきまでツレと一緒に、ってお前こそ一人じゃねえか!」
「あはは、誤魔化すの上手いじゃない?」
「ンなことして誰が得するてんだ!」
北村は武田の訴えを無視して孝之たちに話しかける。
「そうそう、ところでさー、この先にちょっとした墓地があるじゃん? あそこ夜になると出るってウワサ知ってた?」
「妖怪口裂け女の噂ならこの界隈でよく耳にするでござる」
「……そんな話よく耳にしないわよ。ハァ、幽霊よ幽霊、出るといえば幽霊に決まってるじゃない! でさー、そこで提案なんだけど、今から肝試しとかやってみない?」
楓は瞳をキラキラと輝かせ、
「口裂け女の噂が本当かどうか確かめるのにいい機会でござるね!」
「ハイハイ、てことは賛成ね。もちろん孝之も来るわよね?」
「楓が行くなら俺も付き合うよ」
「よし決まり! てことで武田、仕方ないからあんたも連れてってあげる」
「はぁ!? ンなタリぃことできっかよ。俺は帰るぞ」
「ほんとあんたって野暮天よね。こんな偶然めったにないんだからノリで付き合うってのが友達でしょ?」
「いつから俺とお前がダチになった!」
と、そんなやり取りを繰り返すも武田は遂に折れ、渋々付き合うことを承諾する。墓地に辿りつき皆で北村の話を聞いた。
肝試しの内容は、二手に別れ共同墓地沿いの道を半周して反対側にある花屋の前で落ち合うといった内容。夜で人通りは少ないが、民家も隣接していることだし安全面は特に問題はないだろう。組みはグッパで決め、孝之と北村組、楓と武田組に決定した。
「なぁ、腕は組まなくてもいいんじゃないか?」
「あら、チームになったんだからしょうがないじゃない。そうでしょ風魔」
楓が上機嫌になっている北村を睨みながら怨嗟の言葉を口にする。
「ムムム……まことけしからぬでござるが、敗北を喫したゆえ、ここは我慢でござる……」
「グッパは勝負じゃねえぞ風魔」
「さ、出発よ! 幽霊出たら私を守ってよね孝之。キャッ、あそこに白い影が」
「こ、こら! しがみつくな」
「ムムムッ!」
「だってほんとに何か見えたんだもんー」
「北村殿の大嘘つき! 幽霊なんかどこにもいないではござらんか!」
楓の糾弾は尽く彼らの背に弾かれ、二人は徐々に遠ざかっていく。
「チッ、なんだよアイツらだけ見せつけやがって。風魔、俺たちもそろそろ――」
楓はガッチリと武田の手を掴み、
「フン、私たちも出陣するでござる!」
「え? おいコラ、引っ張んなって、一人で歩けるっての!」
ともあれ出発、肝試しのスタートである。
最初のうちは明るかった民家の灯りも次第に乏しくなっていく。道の反対側にはいつの間にか公園が広がっており、脇の水路からは蛙の泣き声、等間隔に設置された街灯は所々切れており、不気味さがより一層に濃くなっていく。
しかし楓はそれどころではない。頭の中は嫉妬で渦巻いており、もしここで口裂け女が現れたとしても、顔見て一発で逃げ出すに違いない。
ズンズンと肩を張って歩く楓の歩調にようやく合わせることができた武田は、息を切らしがらこう言った。
「そんなに俺と行くのが嫌なら北条について行きゃよかったじゃねえか」
「別に武田殿が嫌とかではござらん。誠に遺憾ではござるが、現在、孝之氏与奪の権はあの泥棒猫の手の内にある故、こうする他ないのでござる」
「はぁ? ったくメンドクセー女だな。で、いつまで俺の手にぎってんだよ」
楓は立ち止まり、
「こ、これはその……騙されたとはいえ鼻の下を伸ばした孝之氏に当て付けというか……」
「ぶわははっ、北条見てねーのに意味ねぇじゃ、」
「――シッ!」
楓が急に聞き耳を立てる。
「アン? どうした風魔」
「あの尋常ならざる叫び声。北村殿に何かあったでござる!」
楓はそう言うが早いか踵を返して走りだす。腕が千切れると訴える武田を無視して一目散に駆けつける。
孝之たちはスタート地点からそう離れていなかった。孝之に何が起こったのかを訊ねる。
「前から近づいてきた男が北村のバックを奪って逃げたんだ」
「追い剥ぎでござるか。
「墓地の中……あ、気を付けろ楓! 武器を持ってるかもしれないッ」
孝之の言葉を背に楓は墓地の暗闇へと飛び込む。夜目の利く獣のように、大小様々な墓石の位置を嗅ぎ分け、その間を縫うように駆け抜ける。
そこで声が聞こえた。
――お姉ちゃんそっちじゃないよ、あっちに行ったよ。
楓は反射的にその声に従い向きを変えた。目の前に南無阿弥陀仏と彫られた石碑が聳え立っており、罰当たりを覚悟して、墓石を踏み台にしてその石碑の天辺に飛び乗る。
下を見る。
墓石に勢いを殺されつつ逃げる黒い影を発見。
いた。
目標確認。
すかさず手裏剣を取り出し、走る男の背に向かって投擲する。投げられた複数の手裏剣は、衣服の端々を射抜き男を地面へと貼り付ける。楓は石碑から飛び降り、20代と思しき黒づくめの男の首にクナイを突き立て「神妙にするでござる」と言ってバッグを取り戻す。
背後から先ほどの声が聞こえた。
――お手柄だね、お姉ちゃん。
女の子だ。
不思議な雰囲気を纏った小さな女の子。
「助かったでござる! 其方の助言がなければ今ごろ取り逃してたでござるよ」
女の子は笑顔でそれに応える。
「かえでー!」
孝之たちが楓を追って走ってきた。楓は慌てて手裏剣を回収し、手刀で男を気絶させ、彼らに手を振って合図する。
一行は楓の周りを取り囲み、
「大丈夫だったか楓」
「はいでござる」
武田は両手で膝を突き、息絶え絶えになりながら、
「なんで俺がこんなに走んなきゃいけねんだよ……で、犯人はどうなった」
「お縄にしたでござる」
北村は気絶している男を見て、
「……さすが忍者ね……でもこんな暗い中よく追いついたわね」
「この子が助けてくれたのでござる」
と、楓は女の子を紹介しようと振り返るが……
「アン? 誰もいねぇじゃねーか」
武田の言う通り、そこには誰もいなかった。
少女は跡形もなく消えていたのだ。
武田は気にする素振りもなくその場にドカッと座り込み、
「あー疲れた! もぅ走んねーぞ。オイ北村、バッグ取り返してやったんだからジュース奢ってくれ」
「はぁ? 風魔に言われるならまだしもなんであんたに奢らなきゃいけないのよ」
「チームワークだろ、100円くれぇケチケチすんな」
「じゃあ、あんた奢んなさいよ」
「オケラだから言ってんだよ。……あ、だったら今度千倍にして返してやっから貸してくれよ、な」
「あんたのその性格。時々うらやましくなるときがあるわ……」
「アン、どういう意味だ」
「大バカだって言ってんの!」
孝之が楓の頭にそっと手を置いた。
「お花買って、またここに来るか」
孝之の視線の先にあるのは墓石だった。
小さな子供用の墓石である。
楓はその言葉の意味を理解し、
「はい。ちゃんとお礼がしたいでござる!」
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