歴史の教科書よめば一目瞭然でござる!の巻

 今日は俺の家で楓と二人っきりの勉強タイム。ひと通り終えた俺はキッチンへと向い、茶菓子とジュースを持って自室に戻ってきた。


「楓、ちょっと休憩しようぜ」


「も、もう少しで終わりますゆえ、孝之うじは先に休んでいてくだされ」


 お言葉に甘えひと足先に休むとする。つづじ屋で買ってきたわらび餅をひとつ口に運び、集中している楓には悪いがテレビをつけさせてもらう。


『真夏の忍者特集!』


 偶然にもつけた番組がそれだった。チャンネルを変えようとするが、なぜか楓に止められる。よほど興味があるのか、すでに釘付け状態だ。


「ど、どうしたのでござるか?」


「あ、いや……に、忍者に興味があるのかなって思って……」


 楓の目が大きく見開かれる。


 しまった。この答えは不味かったのだろうか。


 すかさず話題をそらすためにチャンネルを変えようとするが、楓にガッチリとリモコンを奪われてしまい、


「このような都市伝説は普通の高校生である私にとって興味深いものなのでござる。ネス湖のネッシー然り、フラッドウッズの巨大宇宙人然り、米国のジャージーデビル然り、幼き頃よりみんな大好きなのでござる!」


 そういえば何度かツチノコ探しを手伝ったことがある。というか忍者は都市伝説の類いに入れていいのだろうか。


「ちなみに孝之氏は……忍者は嫌いでござるか?」


 唐突すぎる。


「す、好きだよ、もちろん」


「そ、そうでござるか。安心したでござる」


 ポッと朱に染まるのがめちゃくちゃ可愛い。


 笛や太鼓といったBGMと共に現れた女性司会者がオープニング挨拶を終え、


『さて忍者といえば伊賀と甲賀の二大勢力が戦国の世で暗躍するという――』


 楓はその煽り文句を聞いた途端に目の輝きを失い、下を向き、ワナワナと震えたあとガバッと面を上げ、


「どんな調べ方によってそんな答えが出るのでござるか! 北は奥州、南は薩摩まで様々な流派が存在しているでござるに、通俗的な物の見方で十把一絡げにしないで欲しいでござる!」


「や、やけに詳しいな」


「歴史の教科書よめば一目瞭然でござる!」


 いかん。完全に頭に血が上っている。載ってないなんて口が裂けても言えない。

 そして数名のコメンテーターの紹介に続き、


『それでは伊賀忍術の正当なる後継者、服部半次郎さんにお越し頂いたので、まずは手裏剣投げをご披露していただきましょう』


「ムムム、伊賀衆の者でこのような輩は見たことも聞いたこともないでござる。それにこの時代にそぐわぬ出立、今どき忍び装束はないでござろう。現に服部家のおじさまは年中アロハシャツでござる」


 聞かなかったことにしよう。


 程なくして服部半次郎氏による手裏剣投げの実演が始まると、


「あ、ちが、違うでござる! もっと柳のように力を抜いて、そう……あ、違っ、肩の力だけ抜いてどうするでござるか! なぜそこで目を瞑るのでござる!? その隙に敵が攻撃してきたらどうするでござるか! ああ!」


 的に向かって放たれた手裏剣は、残念ながら的の中心からずれた所に突き刺さる。服部の言い訳コメント。ゲストがわらわらと彼に群がり、指南を受けて的に投げ始める。


 楓がその様子を見ながら溜息まじりにこうぼやいてくる。


「あのような投げ方では当たるものも当たらんでござる。いざ敵を目の前にして投げる前に仕留められたらどうするでござるか。目標確認。投擲。撤退。の三拍子で一気に敵を仕留めるのがコツでござる。孝之氏もそう思わぬでござるか?」


「さ、さぁ、俺は投げたことないからなんとも……か、楓は投げたことがあるのか?」


「幼きころ父上から徹底的に叩き込まれ……てッ!? ええええッ、ちち違うでござる、そそそんな物騒な物など投げたことなんてこれっぽっちもござらん! さ、さっき言ったことは忘れるでござる!」


 もう手遅れでござる。


 いつの間にか手裏剣コーナーは終わっており、


『それでは服部さんがどこまで忍者に詳しいのかお答えてしていただきたいと思います。真田十勇士の一人で、百地三太夫から伊賀忍術の極意を授けられたという人物はいったい誰でしょう』


『霧隠才蔵じゃ』


 会場のどよめきと拍手。


『それでは第二問。戦国時代に武田信玄に仕え、甲賀忍術を操る巫女として名を馳せた伝説のくノ一といえば?』


『望月千代女じゃろう』


 得意げになる服部氏。会場の大きなどよめきと拍手。


『それでは最後の問題。乱波と呼ばれた忍者集団を率いる統領で、口には4本牙、身丈は2メートルの大男としての逸話が残されている忍者と言えば?』


『うむむ……喉まで出かかっとるんじゃがの、たしか……ふ、ふ』


 そこで楓が剛を煮やして立ち上がり、


「そこまで出てなぜ分からぬでござるか! "ふ"とくれば次は"う"でござろうに!」


 テレビの両端を持って服部氏に訴える。


『ダメじゃ、頭文字しか出てこん……ちょっと休憩しても良いかの?』


 楓はテレビを揺さぶり、


「中途半端で休むなど言語道断でござる! 風の術を操りし民を束ねる里の創始者で、全国の影が集まる武道会で初代優勝、頭文字が"ふ"の忍者と言えばたった一人! 今こそ似非忍者の汚名をそそぐ時でござるよ服部殿!」


「落ち着けって楓!」


 楓の思いが通じたのか、


『おお思い出したぞい、風魔小太郎じゃ!』


『正解です! 忍者と言えば伊賀忍者が出てきますが風魔忍者も忘れてはなりませんね』


 会場に拍手喝采が沸き起こる。


 楓はゆるゆるとその場に座り、続くコーナーを静かに見守る。

 その横顔を見ながらこんな質問を投げてみた。


「忍者って、本当にいると思うか?」


 楓はキョトンとした顔でこちらを振り返り、はにかみながら、


「ど、どこかにきっといるでござる。孝之氏がきっと想像もつかないような……そんな所で、きっと孝之氏が来るのをずっと待っているでござる」

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