この不毛な諍い事に終止符を打つのでござる の巻

「おい、やめろ!」


 金髪の男の肩を強引に引き寄せる。楓が俺を見て驚いた顔をしたが、次の瞬間その男から有無を言わさぬ鉄拳が顔面に飛び込んできた。

 よろめきながらも、なんとか踏みこたえる。


「はあ? なに正義の味方気取っちゃってんのよお前」


「孝之氏!」


 楓が慌てふためきながら寄ってきて、あとから、音叉のような音がする俺の耳に聞き覚えのある声が届いた。


「もう遅いですよ先輩っ! てゆーかぁ、こんな時は楓先輩よりも先に私の方を助けるべきだと思いますよう」


 そうか、楓の家に泊まりに来ている女の子とは木下だったのか。

 不満をぶつけてくる木下に「あとで綿アメ奢ってやるから」となだめ、おろおろとしている楓を後ろへと下げた。


 見た目同じ高校生とは思えない反社会勢力風の男たち6人が、俺の前に立ちはだかる。

 言い掛かりをつけてくる前に先手を打った。


「いきなりへんな態度とって悪かった、ごめん」


「お、なかなか謙虚じゃん。じゃあさっきの一発でチャラにしてやっから、そこどけよ、な」


 殴られたときの興奮が手伝ってくれているのか、いつもより気が強くなっているのを感じた。怪我の功名とはまさにこの事だと言える。


「悪いけど、それはできない。二人は俺の友達で、こっちは俺の彼女だ」


「お前、俺らが誰だかわかって言ってんの? まぁいいわめんどくせぇ、おい、こいつらまとめて連れてこうぜ」


 前に出ようとする楓の手をぎゅっと握る。


「楓、木下連れてここから逃げろ」


「で、でも……」


「いいから早く……ッ」


 金髪の男に首根っこを掴まれる。しかし次の瞬間、そいつが後方に向かって突き飛ばされるのが目に飛び込んできた。一瞬なにが起こったのか分からなかったが、


「なにウチのモンに手ぇかけてンだよお前」


 改めて俺を背にして立ち、現れたのは武田義一よしかずだった。

 俺たちに何かと因縁を吹っ掛けてくる同校生徒だ。


「孝之、助けを呼んできてあげたよ!」


 北村香織の声に振り返る。そこには、彼女たちの仲間と、武田とよくつるんでいる男子たちが控えていた。


 武田は振り返り、まず俺を一瞥したあと、楓を見て、


「風魔、言っとくがこれは貸しだからな……て、オイオイなに浮かない顔してンだ、調子狂うじゃねえかよ」


 そこで、武田に倒された男が起き上がるのが垣間見えた。素早く刃物のような物を取り出し、武田に襲い掛かってくる。


「武田うしろ!」


 男は俺の呼び声に反応して突然軌道を変え、ターゲットを楓に変更した。俺は条件反射的に楓を庇おうと前に出るが――、


 しかし俺が前に出るよりも先に武田の手がそれを止めていた。咄嗟に握ることしか出来なかった手の隙間から早くも血が滴ろうとしている。


「武田……」


 武田は苦痛に歪めた顔で、俺たちに、


「なにボーッとしてんだ! 風魔連れてここから逃げろ!」


 男が刃物を放棄して、弱った武田に殴打を浴びせる。


「浮島ナメんじゃねえ!」


 彼の行動が切っ掛けとなり、他のやつらと武田の連れとが拳を交えはじめた。

 恐ろしくなってきた俺は心の中で武田に詫びつつ、楓たちを連れてこの場を離れようとしたところ、なぜか止められ、


「孝之氏、危ないからそこをどいててほしいでござる」


 楓が参戦を主張した。

 いつもの楓なら止めもしかっただろう。だが今の楓は、身動きもままならない浴衣姿。いくら忍者とはいえ、これ以上危険な目に遭わすことはできない。


「ダメだ、それは容認できない。それに……」


 楓はその言葉の先を察したように、遮り、こう言った。


「小田原高校の大切な学友たちが傷つけられているでござる。私は、元生徒会長として、この不毛な諍い事に終止符を打ち、あの輩たちを粛清する義務があるのでござる。だから……、もう大丈夫なのでござる」


 最後に優しい顔で俺に微笑みかけ、すぐさま両足を開き、静かに印を結ぶ。


 何も起こらない。


 楓はそれでも必死に目を瞑りながら何かを念じ続けている。

 そこで、北村たちが楓に声を掛ける。


「なにもたもたしてんのよ、止めるんだったらさっさとしなさいよ風魔!」


「おおー、楓っちの忍術久々の発動かー? がんばれー楓っち!」


「せんぱーい、ここで何もなかったら北条先輩をお持ち帰りしちゃいますからねー」


「こらそこの後輩! 先輩差し置いてタッキー奪い取ろうとするとは何事かーって、あはははは!」


 よく見ると彼女たちだけではなかった。

 周りにできた人だかりのほとんどが小田原高校の生徒であった。

 巻き起こる楓コール。武田たちを応援している者たちまでいる。


 それに呼応するかのように、風が立つ。


 楓の髪が揺り動きはじめ、浴衣の裾が膝上までまくり上がる。

 纏わる風がどんどん強まっていく。

 楓は意を決するように目蓋を開き、


「みんな、目と耳を閉じるでござる」


 木下たちが先導して皆に耳目を閉じさせる。そして――、


『風魔忍法、夢風車の術!』


 楓の必殺技ともいえる忍術が炸裂した。


 争っていた者たちに風が纏わりつき、ひとり、またひとりと眠りに落ちていく。

 最後の一人となった武田がよろめきながら、


「な、なんで俺たちにまで術を……」


 と言ってパタリと地面に倒れこむ。

 どこからともなく快哉が叫ばれた。


 異世界じみた風景の中で楓を見る。

 どこか吹っ切れたような、朗らかな表情をしていた。


 楓の側に近寄り、


「楓、いっぱい待たせちゃってごめんな」


「孝之氏……」


 楓の目にじわりと涙が溜まりはじめる。

 抱きしめるタイミングとはこの時だろうか、と迷っていると、


「さすがです楓先輩っ、あれは何という忍術なんですか?」


 下心を挫いてきた後輩に溜息をつき、戸惑う楓の代わりにこう言ってやった。


「忍術? 違うな、あれは練習すれば誰にでも出来る、ごく一般的な催眠術だ。だろ、楓」


 楓が弾けるような笑顔でこう答える。


「そ、そうなのでござる!」


 その後、俺たちは騒ぎになる前に現場を離れ、沢山集まった小田原高校の生徒たちと共に、学校近くにある公園で花火大会を開いた。川祭りの花火は残念だったけど、こういうのも悪くないと、みんなの顔がそう答えている。


「よう風魔、この手当お前がしてくれたんだってな、サンキュー」


 包帯の巻かれた手を見せてくる武田に、楓は快活に頷いてこう答える。


「里に古くから伝わる秘薬を使用したでござる。明日には傷口も閉じているでござるよ! ところで……そなたは何某なにがしでござるか?」


 武田は派手にずっこけ、


「ライバルの名前くらい覚えとけ!」


「そうそう風魔、こいつら呼んできたの私なんだからね。感謝の一言くらい、あってもいいんじゃない?」


 北村の意地の悪い問いかけに、楓は申し訳なさそうに頭を下げ、


「か、かたじけないでござる。孝之氏のクラスメイト殿」


 北村は「私もかよ」とぼやきながら、


「ま、分かればいいのよ。それはそうと、その、物は相談だけどさ……、お詫びの印として、今度一回だけ孝之と、デ、デ、」


「北村せぇんぱぁい、私たちの中で抜け駆けはダぁメでござるですようー」


 木下が北村に寄り掛かる。鬱陶しそうに突き放そうとする北村に、今度は高階が寄っていき、恨めしそうに見上げ、


おちゃんがズルしようとしてる。自分さえよければ他はどうでもいいんだ……ドS香おちゃん、サイテー香おちゃん!」


「べ、別にいいじゃないこれくらい! それに今回の功労者は私なんだし、私だってたまには……、てぇ、あんたの方が先に抜け駆けしたんでしょうが!」


「いたたっ、冗談だよ香おちゃん、嘘、ごめんなさあい」


「あはははははは! 後輩もミッチーもよく言った! あはははははは!」


 いつの間に誘われたのか、楓が同じクラスの男子たちに混じって、線香花火をしている。

 こちらを見て笑顔を投げかけてくれた。


 今回の事件は、解決に至るまでの原因がまるで意味不明のまま、幕を下ろすこととなる。

 楓も多分、そう思っている。いや、知らなくてもいいと思っているに違いない。


 これは颯子さつこおばさんから後に聞いた話だが、騒ぎを収めるために動いたのは颪おじさんとのことだった。

 相談に乗ってくれたお礼も兼ねて楓の家に行ったが最後、昆虫採集に連れまわされる羽目となる。


 真っ青な空に蝉の声が響き渡る。

 楓の被る麦わら帽子の上にモンシロチョウが止まって羽根を休めている。

 楓は虫網の中からゴソゴソと何かを取り出し、それを俺に見せながら嬉しそうにこう言った。


「孝之氏、アマガエルさんを捕まえたでござる!」

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