孝之氏はきっと来ないでござる の巻
「楓せんぱーい、もうその辺にしてくださいよう!」
「あと一個、あと一個で全部撃ち落とせるのでござるよ。もうちょっと待っててほしいでござる!」
むー、だって射的屋のおじさんが、いい加減あんたの友達を止めてくれって目で見てくるんだから仕方ないんですよう! でも、おじさんが訴えてくるのも分かりますぅ。だって絶対に落ちないやつも撃ち落としちゃってるもん。こんなのはじめて見るぅ。ていうか、これも忍術なのかなー。
楓先輩が容赦のない一撃で最後の商品を落としきると、周りで見ていた観客がまばらな拍手を届けてくれました。先輩が「どうもでござる」とペコペコとお辞儀をしてそれに応えています。
二度と来るな、と塩をまくおじさんの罵声を背中に素知らぬ顔で楓先輩が、
「あのおじさんズルしてたでござる。ちゃんと急所を狙ったのに、3回撃ってようやく落ちるなんて絶対に有り得ないでござるよ!」
と、絶対に獲ることのできない特賞のプレーステーション4を両手で抱えながらご立腹の様子です。
――普通そういうもんだからね、先輩。
そんな会話をどうにかやり過ごしてようやく人混みの中を歩きはじめたところ、楓先輩が、次なる標的(金魚すくい)を見つけたらしく、
「次はあれがいいでござる!」
「えー、まだやるんですかあ?」
とはいえ、こうなった原因は承知しています。思い出の故郷にたどり着いた昨日の晩にあらましを聞かされましたので。
気持ちはわかります。けど、ハッキリ言わせてもらえれば、私は先輩の憂さ晴らしのためだけにこの地に帰って来たんじゃありません! 私は私で楽しみたいと思っているのです、高2の夏休みを! て、今の先輩には辛辣すぎてとても言えません。
「もうこれ見てくださいよう、私たちテキ屋荒らしするためにここに来たんじゃありませんー!」
くじ引き、輪投げ、スーパーボールすくい、ヨーヨー、など。楓先輩がせしめた商品の数々を目の前に突き出してやる。てか重いんですけどこれ……。
「で、でも……出店の商品片っ端から掻っ攫ってこいと、父上がおっしゃったのでござる」
「うっ、たしかにあのおじ様なら言いそうなことですぅ……て、そんなの真に受けちゃだめですよう! あ、でもどうしてもやりたいって言うならひつだけ手があります!」
「ほんとでござるか!?」
めちゃくちゃ嬉しそうな顔していますね。一応こっちがお客様なんですけど……、て言ってもわかんないよね先輩。
「はぁい、荷物持ちです! 世界で最も近しい先輩専用の殿方をここに召喚しちゃえば済む話です!」
――よし、話を繋げることが出来ました、いえー!
うん、どう考えてもやっぱりこれが一番手っ取り早いです。本当の理由はお茶を濁されましたけど、話を聞く限りではめちゃくちゃ些細なことです。いつもは最初に折れる北条先輩がなんでぐずってたのかは知りませんが、これで万事解決間違いなしといったところです。解決したら1日だけ北条先輩を借り切ってやるんだからねー、先輩。
先輩はその言葉を聞いた途端、急にしおらしくなり、
「孝之氏は、きっと、来ないでござる……」
「なんでそう決めつけちゃうんですかあ?」
「だって、あれは私が一方的に……絶交を申し立てたのでござるゆえ……その」
それいつものことですよね、とこのタイミングでは口が裂けても言えません。
聞かれたくないことを聞かれたのが原因でそうなった、とは言っておりましたけど、秘密のひとつやふたつぐらいほっとけばいいのにっ、もう、一体何を聞いたんでしょうかあの鈍ちんヤロー。
ちょっと意地悪してみる。
「じゃあ、このまま自然消滅しちゃってもいいんですか先輩」
「…………」
楓先輩が人差し指を突きながら、今にも泣きだしそうな顔でしな垂れています。うーむカワイイですねぇ、いじめたくなっちゃうほどのかわいさですぅ。
「ではっ、北条先輩は私がもらっちゃいます!」
「そ、それはダメでござ――」
そこで突然、茶髪の目つきの悪い男が私の前に立ちふさがり、
「荷物持ちくらい俺に言ってくれたらいいのに~、ねえ持つよ? 俺なんでも持っちゃうよ、ホラ空気とかでも余裕で持っちゃってる……て冗談冗談。ねえそれよりもさあ、こんな所でなにしてんの?」
うわー、これを芸人泣かせのボケとでも言うのでしょうかー。まったく意味不明ですぅ。こういうタイプは一番苦手ですぅ。もちろん外見も含めて。
「な、なにもしてません……」
「え、俺たちと一緒にこれから打ち上げ花火を見たいって? そーかそっかお安い御用だよ、じゃあこれから、」
「やめるでござる!」
楓先輩でした。
その男は、邪魔されたことに腹を立て後ろを振り返りましたが、相手が女だと分かると、今度は楓先輩をターゲットに変えて口説きはじめました。
この隙に私は巾着袋からスマホを取り出し、北条先輩に電話をかけようとします。ところが、誰かにその手を奪われてしまい、
「ねー、どこにかけようとしてんの?」
盲点でした。別の男がいることに気づきませんでした。お陰でスマホを落としてしまいました。よく見るといつの間にか楓先輩に3人の男がまとわりついています。無関係者である周りの人たちは、こちらを気にしてくれはするものの、すぐに視線をそらして通り過ぎていってしまいます。こちらにも男が3人に増えました。すっごくピンチです! 恐ろしくて声も出ません!
その一方で、孝之は――。
いない。いない。いない。いないっ。
現地に着き、雑踏をかいくぐりながら探しはじめてどれくらい時間が経過したのだろうか。
時間がない、という直接的な問題ではないが、奮い立つまでに要した時間はあまりにも掛かり過ぎていて、今では1分が、1秒が途轍もなく惜しい、という意味での時間がない。
――早く楓に会って、謝りたい。
西日は完全に下りてしまった。
幻想的な祭りの風景が、走る目に飛び込んでくる。
楓と一緒に来るはずだった夏祭り。こんな形で来ることになるとは想像だにもしなかった。
悔しさと切なさが入り混じった、えも言われぬ痛みが、ぎゅっと胸を締め付けてくる。
そのとき、知った顔が前方より歩いてくるのを目に捉えた。彼女たちの前でつんのめるようにして止まり、
「北村、楓見なかったか?」
クラスメイトの北村香織だった。いつものつるんでいる女子たちもいる。
浴衣姿の北村は、額に手をあて溜息をつき、
「チッ、久しぶりに会ったと思ったらいきなりそれかよ。そんなの私に聞いても知るわけ……てゆーか、なんで一緒じゃないのよ? え、ひょっとしてあんたたち、別れたの?」
「えっ、タッキー別れたの? ということはチャーンス!」
堀川
「コラ、そんなわけ、」
「ねえねえタッキー、ウチらこのあとカラオケ行くんだけどさー、一緒にいこ?」
話を聞いてるのかよくわからない
「また今度な。じゃあ俺急いでるからもう行くよ、引き止めて悪かった――、」
そのとき、人混みから、気になる言葉が飛び出したのを耳にした。
「あの子たち可哀相だったよな」
「心配ならお前が助けに行ってこいよ」
「バカ、浮島工業の札付き悪なんて相手できるか」
「言えてる」
ピンときた。
――間違いない、楓だ。
反射的に体が動いたときにはもう、北村たちを後にしていた。
「ちょ、ちょっとどこ行く気よ……ッ、て、あーもう! 風魔の事になるといつもああなんだから! ったく孝之のバーカ!」
と、北村がいちご飴をくわえて溜息をつく。隣の高階が、雑踏に消えた孝之の影を見つめながら、
「実は私、夏休み前タッキーに告ったんだよね……へへ、なんか当り障りのないフラれかたしちゃったけど、もしかしてあれって、照れ隠しでその場をやり過ごしたってだけかなー。ホラよくあるじゃん、周りの影響気にして本音隠して後悔するってパターンのやつ。うん、きっとそうだよ、どう考えたってあのフラれ方は……あ」
北村の口からいちご飴が落下する。
「あ、あんたぁ……、なに勝手に抜け駆けしてんのよ!」
「し、しまっ、つ、つい感傷的になって、ひっ、ひいいいいい、ごめん
「あはははははは、あはははははは!」
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