風魔家末代までの恥晒しはごめんでござる!の巻
「孝之氏、これなんかどうでござろう。とてもハイカラで可愛いではござらんか?」
ゴールデンウィークが明けて、次の日曜日の昼下がり。俺たちは、自宅からおよそ3キロ離れた所にある、郊外型ショッピングモールに出掛けていた。
目的はもちろん、母の日のプレゼントだ。
楓は、店あらば入るといった様相で、色々な物を手に取ってはそのような感想を述べ、ちょこまかと動きながら、目当てとなる物を物色している。
「そうだな、楓の母さんも忍……じゃなかった、和風好みだからそれでいいんじゃないか」
開いた和傘の柄を色んな角度から見つめ終わると、楓は瞳を一層に輝かせながら大袈裟に頷き、
「よし、これに決めたでござる! もうじき梅雨の時期でござるから、きっと母上も喜ぶでござるよ!」
楓は購入した和傘を入れた桃色の包み袋を、うれしそうに両手で抱きかかえながら、鼻歌まじりで隣を歩いている。
まるで楓の今の心情を表すかのように、ライトブルーの短いワンピースの裾がひらひらと楽しそうに揺れていた。
そこで、ひとりの女性が切羽詰まった顔で俺にこう尋ねてきた。
「あの、つかぬ事をお伺いしますが、5歳くらいの男の子を見かけませんでしたか?」
「ま、迷子ですか。それっぽい子は見かけませんでしたけど……」
対応に困る俺を引き継ぐ形で楓が、
「ちなみにどんな格好をしているでござるか?」
「濃い緑色の幼稚園の服と、あと黄色い帽子を被っています!」
漠然とした内容だったが、とても焦っているので今出来る説明としては限界なのだろう。
「聡ちゃんにもしものことがあったら、私……」
息子の下の名前は、聡一郎と言った。
楓は、泣き崩れる母親の肩にそっと手を置き、自信満々の顔でこう告げた。
「案ずることはないでござるよ母上殿。私たちに任せておくでござる」
俺は母親に泣きつかれる楓に小声で、
「楓、ぶっちゃけ警備員に任したほうがよくないか?」
「掟の巻物に、善行にはためらうべからずと書いてあるでござる。もたついて誘拐でもされたらそれこそ一大事、風魔家末代までの恥晒しはごめんでござる!」
「里の掟てやつね……はは」
「それではさっそく、風魔――」
「コラ、まてまてッ!」
無自覚に印を結ぼうとする楓の手を止め、
「め、目は閉じなくていいのか?」
「……目は閉じていてほしいでござる、へへ」
はにかむ楓を見て、やれやれと溜息をつき、
「耳はどうする?」
「目も耳もでござる!」
母親は戸惑っていたが、簡素に説明して言われた通りにした。
『風魔忍法、にゃんにゃんネコにゃん大集合の術でござるー!』
俺はどんな忍術を発動させて探すのかと思いながら目を開けてみた。そして、目に飛び込んできた辺りの様子を見て驚愕した。
色んな種類の猫が足元に集結している。その数およそ20匹。周りの人たちの奇異の目を向けて立ち尽くしている。猫の中には首輪を付けているものもいた。ショッピングモールの行く末を案じざるを得ない。
「これまたすげえ忍術だな……」
楓は足元に体をこすりつけてくる一匹の猫をやさしくなぜながら、
「風魔家は代々猫の使い手でござるゆえ、この程度はお手の物……はわわ、ち、ち、違うでござる! 気づくと勝手にこの子たちが寄ってきたのでござるよ! ともかくこれを機に、探すのを手伝ってもらうでござる」
とバレバレの嘘を言って誤魔化し、ぼそぼそと猫たちにしゃべりかけはじめた。何をしゃべっているのかは存じ上げないが、猫たちが、楓の話に反応して相槌を打っている姿が見受けられる。
そして楓の「行くでござる」の号令で、猫たちは三々五々に散らばって探し始めた。
「お前、猫語とかしゃべれるのか?」
楓はその問にかぶりを振って笑顔でこう言った。
「心が通い合う者同士であれば、どんな言葉でも通じるのでござるよ」
それから10分と経たないうちに一匹のキジトラ猫が楓の足元に来て、ひと言にゃあと鳴いた。
「こっちでござる!」
猫に案内されてたどり着いたのは、ショピングモールの一階の、南東にある出入口だった。
濃い緑色の幼稚園の服を来た子供が、周りに集まった猫たちと遊んでいる姿が見受けられる。
母親はそれを目にした途端「聡ちゃん」と叫びながら息子の元へ駆けつけた。抱きしめ合った二人が、互いの無事を確認して泣きはじめる。その光景を見て泣き出しそうにしている楓にそっとハンカチを渡してやった。
やがて二人は泣き止むと、俺たちに向かって正対した。
猫たちはいつの間にかいなくなっていた。
「なんとお礼を申し上げればよいのか……お二人のお陰です、本当にありがとうございました」
俺は、深々と頭を下げる母親の隣にいる子供の頭にそっと手を置き、目線の高さを合わせるように膝を折り、
「もう勝手にひとりで歩き回っちゃダメだぞ」
子供は素直に頷くが、どうしたことか、虚ろな視線を下に向けてこう言ってきた。
「今日は、ママにお礼をいう日だって、せんせいが言ってた……。だから、プレゼントをさがしてた」
俺に叱られるとでも思ったのだろうか。ちいさな足元に広がる床に、ひとつ、またひとつと、涙の斑点を作っていった。
子供が、震える右手を俺の前に出し、ゆっくりと広げてみせる。
そこには、この母親からもらったと思われる、鈍い光を放つ50円玉が握られていた。
「でも、なにも買えなかった。でも、どうしてもお礼がしたくて、さがしてた。いつもひとりでがんばってるママに……、お礼がしたくて、さがしてた」
どうしても目的を成し遂げたかったのだろう。
子供は感極まり、ふたたび声を上げて泣きはじめた。
こんな幼い子が、子供ながらのひたむきさで、たったひとりの肉親のためにここまで行動できるなんて。
子供時分の俺と比較してみた。足元にも及ばない。
――なんて尊いのだろう。
視界が歪んで、子供をまともに見ることができなかった。
下を向きながら俺は、手に持っていた自分の母親にあげるためのちいさなプリザーブドフラワーを手前に出し、泣きじゃくる子供の手を取って渡してあげた。
赤や桃色のカーネーションがあしらわれた鉢植えを見て、泣き止んだ子供が、
「これ……」
俺は、もう一方のちいさな手の平に残された硬貨を摘み上げ、
「お前が自分で買ったんだ、ママのために」
子供は徐々に理解の色を示し、手に抱えた鉢植えの花にも似た笑顔でこう言った。
「ありがとう……、おにいちゃん」
すると隣にいた楓が、和傘の入った包み袋を俺に渡し、
「この時分の50円の価値は、この傘を足してちょうど釣り合うのでござる」
「お前まで……いいのか?」
楓は涙をハンカチで拭いながら笑い、
「私がそうしたいのでござる!」
俺たちは、散々あの家族に礼を言われたあと、まだまだ青い空の下を歩き、帰途についていた。
母の日のプレゼントは、来週の日曜に改めて買いに行くことになった。
公園沿いにある車両進入禁止の柵の上を、バランスをとりながら楽しそうに歩いている楓を見て、
「なんか嬉しいことでもあったのか?」
「……孝之氏に惚れ直したでござる。なんてとても言えないでござる。ひひ……」
また独り言か。
「聞こえてるぞ、なんて言った?」
楓はサッと器用に柵を飛び降りると、隣について俺を見上げ、
「さすがわが校の副会長さまでござる、と言ったのでござるよ」
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