第6話 敵
砕けたコンクリート、錆びた鉄骨。
どこまで行っても殺風景なこの世界。
瓦礫を掻き分け進んだ先にあるのもくすんだ陽の光。
文字通り、人類が「風景」を「殺」した訳だが、自分が直接手を下していない殺しの責任を取らされるのは腹が立つもんだ。
「やっぱりおかしいな……」
「何か気になることでも?」
「昨日と比べて危機の察知が楽すぎるんだ」
「それはどういうことですか?」
「さっきから、ノマの指示と俺の方向転換が同時なのは見てわかるよな?」
「ええ、昨日に引き続きお二人が安全な道を選んで歩いて下さってるんですよね?」
「ああ。でも昨日とは違う。昨日はノマの指示を聞いてから俺は動いていた。ノマの方が何倍も早く気が付くからだ。でも今日は俺も気が付けるくらいに露骨なんだ」
「私には、そもそも昨日も今日も何も感じ取れなかったんですけど……」
「だいたい俺が一般人のお前の三倍、ノマがその俺の五倍くらいの知覚能力だ。気にしなくていいぞ、別に」
「私は本当に二人の役に立てそうに無いですね。それで、危険、危機が露骨ってどういうことですか?」
「あそこの上の方にある鉄骨見てみろ。錆びだらけでさっきから砂が落ちてきてるだろ?多分ちょっとの衝撃で落ちてくるから念のため道を変えよう、とさっき考えていたんだ」
「ええ、それで?」
「今日はその程度の危険しかないんだよ。ノマが俺に気が付くことができないほどの危険を俺に知らせないんだ」
「そう言われると何か不気味な感じがしますね」
「おい、ノマ。具合が悪いのか?」
「ぷいぷい」
「そうか。だとしたら、ただ運の良い日なのか、さもなければ……」
「――とげとげ!!!」
とげとげ。ノマはそう叫ぶと俺の後ろを指さした。
「――さもなければ、誰かが意図的に誘導している、とか考えているのかい?」
声のする方に脳が合図を出すより早く、体が警戒の体勢を取る。
鉄骨にぶら下がっていたそいつは、よっ、という掛け声とともに俺たちの目の前に立ちはだかった。
「やあやあ、楽しそうに。ピクニックでもしているのかい?僕も混ぜてくれよ」
この黒いローブを被った白髪の男は、言葉では友好的に接してきてはいるものの危険な
人物であることは間違いない。
更に、俺にも、ノマにも全く気が付かれることなくこの距離まで詰めてきた。
ノマが一歩早く奴に気が付いていなかったら俺はやられていたかもしれない。
「シュルツ、リンと一緒に後ろに下がってろ」
「いやいや、そんなに警戒しないでくれよ。僕は取引をしたかっただけなんだ」
「取引だ?だったらわざわざこんなところに誘導するんじゃねえよ」
「いや、まあ君らのこと少し観察したくってね」
こいつは俺らに気づかれずにずっと後を着けてきたのか。
男は肩の上の煤を払うと、気味の悪い笑みをこちらに向ける。
「取引の件に入ろうじゃないか」
普段なら戦うか、逃げるか、どちらにせよ取引に応じることはない。
しかし、シュルツとリンを庇いながらこの男に対してその二択を通すことは、リスクが高すぎる。
相手の得体が知れない以上、話を聞くしか今は選択肢がなかった。
「何を取引するつもりだ?大したもんなんか持ってねえぞ」
男はこちらの方を指さした。
指さした先にはノマが居た。
「――その子、僕にくれよ」
「は?ふざけてんのか?」
「その代わりに、他の君ら三人の命は助けてあげるよ。どうかな?」
俺はノマを背に隠し、戦闘の準備に移った。
「まあ、そうだよね、だと思ったよ」
そう言うと男は懐から何かのスイッチを取り出し、親指で押し込んだ。
その瞬間、どんっ、という小規模な爆破音が背後から聞こえた。
「シュルツ!リン!大丈夫か!」
「はい!しかし、退路が塞がれてしまいました」
「……そうだと思ったからこそ、こんなとこまで来てもらったんだからさ」
ノマと終末 あるくくるま @walkingcar
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