第5話 行動開始

――――二時間後



「準備は出来ました、いつでも出発できます」

「よし、じゃあ行くぞ」

時刻はだいたい夜の8時過ぎ。月と星の光だけが頼りだ。

この時間を昔はゴールデンタイムと言ったらしい。由来はよくわからんが、そこらのへし折れている街灯どもがどいつもこいつもピカピカ光っていたならば確かにゴールデンかもしないな。

この時間からの行動はシュルツが言う通りにリスクが高い。しかし、襲う側、襲われる側、その両者に夜の闇は等しく覆いかぶさる。

だとしたら、ノマが居るこちらにかなりの分がある。ノマの知覚能力は常軌を逸して発達している。はっきり言って異常だ。視力もそうだが、聴力に関しては動物のそれと遜色がない。聞こえすぎている程に聞こえているのだ。

ノマの癖の一つに両目をぎゅっと瞑って耳を両手でふさぐポーズがあるのは、おそらくこの行き過ぎた知覚能力のせいだと思う。

「ぱぱ……くらくて、こわいよ。かえろうよ……」

「リン、これはリンのためなんだ……。お父さんもお二人も付いているんだ、安心しなさい」

「う、う……」

怖くて歩けないようだ。

大人でさえ闇というものに多少なりとも恐怖は覚えるものだ。ましてやこんな小さい子だ。怖くて当たり前だろう。

「それなら、俺とシュルツが交代でおぶっていこうか?」

「いえ、あなたはいざという時に体力を残しておいてください。私がおぶっていきます」

「いや、そしたらあんたの体力だってすぐに……」

「りんりん!」

ノマは、とてとてとリンに歩み寄り、リンの手を握った。

「てくてく?」

ノマはリンの手をしっかりと握り、励ますように声を掛けた。

「ノマちゃん、ありがとう……」

リンは怖さを完全に克服した訳ではなさそうだが、ノマのおかげで何とか動けるようにはなったようだ。

「私よりよっぽど頼りになりますね。ノマさん、娘をお願いできますか?」

ノマは大きく、こくこくと頷く。

「体力が有り余っている今日の内に四分の一ぐらいは進むつもりだが、休息が必要ならいつでも言ってくれ。というか、お前らが言わない限り俺らはノンストップで目的地へ向かうからな」

「分かりました、リンの疲労状態は私がしっかりと見ておきます」

「ああ、頼んだ。それじゃあ出発だ」


俺たちは、周囲に警戒しながらなるべく最短ルートを取った。

ノマのおかげで戦闘を避けることができる上に、必要最低限の迂回で済む。

「てくてく」

「ノマちゃん、ものすごくとおくまでみえるんだね!」

「にこにこ」

ノマはリンに褒められて機嫌がとても良いようだ。俺が普段、あまり褒めないからなのかと少し罪悪感を覚えかけたが、掛けられた迷惑の方が多いことを思い出し、すぐにそれは掻き消えた。


「すごいですね、ノマさん。しかし、何故でしょう……」

「何がだ?」

「いえ、ノマさんの危険察知能力ならば、昼の戦闘も避けられたはずでは?」

「ああ、それは簡単な話だ」

「え?どういうことですか?」

「要は、昼のあいつはノマから見て避ける程の脅威でもないくらいに貧弱だったんだろ」

「なるほど、そういうことだったんですね。それなら、ノマさんが警戒しないくらいの敵なら私にも何とかできるかも……」

「ちなみに夕方、お前が部屋の前にいることをおそらくノマは気が付いていた。でも、俺に伝えもしなかった。だから俺もお前に多少の不信感はあれど、警戒はしなかった」

「それはつまり……」

「まあ、そういうことだ。戦闘があったら安全なところにでも隠れていてくれ」

「はい……」

「それより、リンの疲労状態はどうだ?」

「はい、まだ元気そうに見えます。しかし、いつ何の拍子で体調が崩れるか分かりませんので……」

「そうだな。ノマのおかげで今日は予定以上に進めた。そろそろ休むか」

「ええ、そうしていただけると助かります」


瓦礫の影に簡易的なキャンプを作り、休息を取ることにした。

あと2、3時間で夜が明ける。夜間行動をメインにするとはいえ、日中も少しは移動したい。

「ノマとリン、お前らは寝ろ。俺たちは少し高いところから見張っておくから」

「むすむす」

「ノマ、拗ねてないでお前がリンを守ってやれ」

やはり、俺から離れることには抵抗があるようだ。

二人をなるべく安全なところに寝かせ、シュルツとともに見張りに着いた。


俺たちは周囲に気を配りながら、焚火を囲うように座る。

「ありがとうございます。ノマさんは大丈夫そうですか?」

「まあ、多分な。でも、あいつは普段、俺が寝ないと寝付かないくらいだからな」

「そうなんですね。本当に仲が良いのですね」

「いや、怖いんだろ」

「え?」

「あいつは元々盗賊の奴隷なんだ。しかも実の両親が頭領の。また一人になるのが怖くてしょうがないんだと思う」

「そうだったんですね……」

「なあ、シュルツ」

「何ですか」

「……もしも、お前の大切なリンが、どうしても助からなかったらどうする?」

オレンジの光がシュルツの顔で揺らめく。

俺はおそらくシュルツが何と答えるか分かる。

一度聞いてしまったら、この旅の結末が決まってしまう気がする。

だが、ここで聞くよりも聞かずにいる方が、最悪な結末に一歩でも近付くような気もする。

この旅で一番困難を極めるのはきっとシュルツの考えを変えることだろう。

シュルツはゆっくりと、口を開いた。


「――そんなことがあったら、私もこの世にはもういないです」



優しい口調だが、決して揺らぐことのない固い決意。


「そうか……」


カントのジジイに麻袋をたたき返してやりたいと思った。






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