第4話 覚悟
「引き受ける」
「ほ、本当ですか?」
シュルツは自分の右足に張り付いて離れないリンの頭を撫でる。
俺は右腕にしがみついて離れないノマを何とか引き剥す。
「いじいじ」
「だから、一人にして悪かったって」
ノマの機嫌が直ることはなく、再び俺の腕にしがみつく。
「ノマさん、さっきまではリンと一緒に遊んでくれて、全然寂しそうな様子は無かったですが、あなたが来てから急にこんな感じに……。お二人とも仲が良いのですね」
俺が席を外していた一時間半、しっかりとお姉さんを演じることができていたらしいが、その反動で今はこんなに幼児退行してしまった。徐々に一人に、というか俺がいないことに慣れる練習をしなければならないとは思うが、一時間半でこの様子だと先が思いやられる。
いつかきっと、ノマはまた一人になるだろう。だからその時までに少しずつでもいいから慣らしていこう。
「カントのジジイから話は聞いた。なるべく急がないといけないらしいな」
「ええ、しかしあなた方は今日ここに到着したんだ。少しは休んだ方がいい」
「いや、二時間後出発だ。準備してこい」
「だ、大丈夫ですか?我々はずっと休んでいたから大丈夫ですがあなた方は……。それにこんな闇夜に行動するのは視界もよくないですし、相応の危険が伴います」
「それなら大丈夫だ。俺もノマもここに着いてから十分休んだ。そして、俺たち二人にとっては夜間行動の方が都合が良い」
「何故ですか?」
俺は腕から離れないノマの頭の上に手を置く。
「こいつ、ノマは夜目が以上に効きやがる。ノマと一緒に居て、夜間の行動で敵に後れを取られたことは一度もないんだ。まあ、それでも安全のため少なくともそのダセぇサングラスは外した方がいいかもな。だから、俺らの心配より、そっちの子は移動できるほど体力残ってるのかが問題だな」
「それは大丈夫だと思います。いざとなれば私が背負っていきます」
「そうか、なら二時間後に外で集合だ」
「分かりました。本当に、本当にありがとうございます!」
シュルツはリンの手を取り、部屋を出て行った。
旅の道中と旅の終わり、どちらが辛く残酷なものになるか俺には分からない。
どちらにせよ引き受けた以上覚悟を決めなければならない。
カントがそうしたように、俺もいずれこの旅を通して決断をしなければならない。
ただ、これだけは言える。
――この依頼にハッピーエンドはあり得ない。
――――
「安楽死?」
「そうじゃ。あの子は死ぬ、それは免れられん運命じゃ。しかし、その苦しみを和らげることはできる」
杜若病は死の直前までは紫色の痣が浮き出るだけで、他の症状は無い。しかし、死のその瞬間、耐えがたい苦痛が訪れる。
杜若病の患者の死体には謎の外傷がしばしば確認される。それは、杜若病の苦痛に耐えかねた患者が痛みを和らげるための自傷行為に他ならない。それほどの苦痛、想像を絶するものだ。それをあんな小さな女の子に背負わせるのは確かに忍びない。
「そうか、じゃああんたはあの子のために……」
「それだけじゃあない」
「え?」
「ワシが心配しているのはリンちゃんだけではない。シュルツ君もじゃ」
「どういうことだ?」
「あやつには最後まで杜若病の説明は出来んかったのじゃ。奴にこの話をすれば娘を救うことができないという現実を受け止めることができず、確実に狂ってしまうじゃろう。そして最後まで娘の命を助けるという選択肢を捨てることができずに、目の前で娘の凄惨な最期を見届けることになる。それだけは騙してでも避けねばならん」
「でも、いずれは訪れる残酷な真実。それを先延ばしにしただけじゃないのか?」
「……」
カントはがっくりと項垂れ、言葉を返すことはなかった。
さっきの怒りよりも、ずっと大きな悲しみの感情で苦しんでいるようだった。
俺もカントを傷付けようとして発言したわけではないし、カントもそれを理解しているようだった。
俺はカントがこの決断をどれだけの覚悟を持って下したのかを知りたいのだ。
しばらくすると、デスクの引き出しを開け小さな麻袋を取り出した。
「……これを持っていけ」
「何だ、これは」
「貴重な鉱石、とだけ。売る場所を間違えなければ三ヶ月は何も困らんくらいの物資が手に入るじゃろう……」
「どうして……」
カントは立ち上がると俺の両肩を強く、強く掴んだ。
「ここまでなんじゃ……ここまでが医者の限界なんじゃ……!青年、どうか二人を、二人を守ってやってくれ……頼む」
カントは涙をこらえ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
しかし、その言葉の一つ一つが力強く、心に響く。
守ってやってくれ、か。
医者として誇り高き男が他人に守ってやってくれと頼む。
それは想像以上に悲しくて、そして悔しいことだろう。
「……引き受けた、任せろ」
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