第3話 安らかな最後


「言っている意味が分からん。もっと詳しく話せ」

「私の娘は原因不明の病に悩まされていまして、その治療をできる者がこのキャンプにはいないのです。ですからこの病を治せる人間を探しに別のキャンプに移動したいのですが、先ほどのようなゴロツキがこの辺りにはうようよいます。そこで、あなた方には護衛を依頼したいのです」

「いや、そもそもこのキャンプはこの辺りの中では相当でかい方だぞ。ここにいるドクターで無理なら別の場所の奴でも直せないんじゃないか?」

「そうかもしれません、しかし父として娘にできる限りのことをしてやりたいのです」

「にしたって無暗に出歩いたってしょうがないんじゃ……」

その時、一人の小さな女の子が入り口にいることに気が付いた。

「ぱぱ、おなかすいた……」

ノマの半分くらいの年に見えるその女の子はゆっくりとシュルツに近付き、右足に抱き着いた。

「リン、お父さんは今、仕事の話をしているんだ。もう少し部屋で待ってなさい」

「わかった……」

聞き分けの良い女の子のようで、部屋に戻ろうとしていた。

「りんりん!」

ノマが女の子を呼んだ。

「……なあに?」

女の子はノマの方にゆっくりと覚束ない様子で歩み寄る。

「ぱくぱく?」

ノマは女の子に缶詰めを差し出す。

これは、かなり珍しいことだ。というか常に食い意地を張っているノマが他人に食べ物を譲るなんて初めて見た。

女の子はノマの差し出した缶を受け取るために右手を伸ばす。

――その時、捲れ上がった長袖の下から紫の痣のようなものが現れた。

まさか、この子の病気は……。

「行く当てはあります。ここのドクターに紹介状と目的地までの地図をもらったので」

紹介状?どういうつもりだ?

この子の患っている病気が俺の知っているあの病気なら既にもう……。

「分かった。まずはそのドクターとやらと話をさせろ。受けるかどうかはその後だ」

「ドクターならここの二階上の五階の医務室にいます」

「ノマ、その子と少しの間お留守番していてくれるか?」

ノマは俺と離れることを極度に嫌がる。どこに行くにしてもほぼ必ず俺にくっついてくる。それは、一人ぼっちのあんな地獄を味わってしまったからだろう。

しかし、ノマは一瞬不安そうな顔をしたものの、俺の気持ちを汲んでくれたのか、こくこくと応じてくれた。

「ありがとう」

そして、階段を上がり医務室へと向かった。



「ありがとうございました、先生」

「はい、お大事にねえ」

医務室から一人の老人が笑顔で礼を言いながら出ていった。

ボロボロなことには変わりないが、このビルの中では一番清潔に保たれた一室。

常に4,5人の列が外に出来ている。いつの世も医者不足が深刻と嘆かれていたようだが、今現在、10か所のキャンプを回って、一人でもいたら多い方だ。

羽が黄色い鳥を探す方が幾分楽なくらいの絶滅危惧種。

そして、一時間ほど待ってやっと俺の順が回ってきた。

「おい、入るぞ」

「何か用かね?青年よ」

目の前にいるドクターは皺くちゃで、少なくとも俺の3倍は生きていそうな見た目をしていた。

「いきなりの無礼な挨拶、許せないほどワシは若くはないから安心せい。それで今日は頭の病気か何かか?」

目の前の老人は盛大に、そして豪快に笑った。

「この程度の挨拶で気に障るなんて思わなくてな。すまねえな、じいさん。どこか体が悪いとかじゃなくて話を聞きに来たんだ」

「そうか、だったら要件はなんじゃ?小僧」

どこまで張り合ってくるんだ。老獪で、面倒なジジイだな。

「ここにシュルツとリンという二人が来たはずだ」

「名前なんて言われても分かるかい、元々覚える気もないしのう。特徴を言わんか、特徴を」

「長髪のサングラスの男と小さい女の子の親子だ、ちゃんと思い出してくれ。お前の患者だろ」

「誰がお前じゃ、しっかりとカント先生と呼ばんか無礼者」

こいつ、人の名前は覚える気がねえ癖に……。

「はぁ……。カント先生、どうか思い出してくれねえか?」

「ふむ、それでいい。それで、リンちゃんのことじゃったな」

覚えてるじゃねえか、くそ。

「そう、あの子だ。あの子は……」

「杜若病じゃな。間違いなく」

「……」

杜若病。死の病だ。

特徴はその致死率にあり、発症したら確実に死ぬと言われている。

この世界にはとても薄くだが、瘴気が流れている。その瘴気を長年吸い続けると発症するらしい。

しかしその発症率は低く、病気が見つかった当時、「60歳まで毎日煙草を一本だけ吸って肺がんになる」確率と同じくらいと言われていた。

まあ、正直この例えはピンと来ない。

なぜなら、今の時代、60歳まで生きること、毎日一本タバコを吸うこと、両方同じくらい難しいことだからだ。

とにかく、そんな難病に、しかもあんな小さな子が苦しむことなんて、さらに輪をかけて珍しいことだ。

「それで、そのことは二人に伝えたのか?」

「知らぬが仏じゃな」

まあ、この点に関しては俺が医者だとしても伝えるかどうかは分からないから、異論はない。

しかし、それより気になっているのは……。

「杜若病を治せる医者を紹介したそうだが、そんな奴本当にいるのか?」

「おらんよ、そんな医者。というかワシで治せない病気は基本的に今の世じゃ不治の病じゃな」

「ふざけるな!じゃあ、お前は面倒な患者を適当にあしらったってのか?」

「おい、小僧……」

カントは錆びたパイプ椅子から立ち上がり、俺の目の前ににじり寄る。

「ワシはこの仕事に誇りを持っとる。全力を尽くして救えないことは多々あれど、適当にあしらったことなど、この70年、一度たりともありゃせん」

「……」

この男にも強い意志と信念があるらしい。

今の世を生き抜いている奴にはこれらを持ち合わせているも者とそうでない者がいる。

基本的に後者の方が長生きだが、この男は誇りを失わずに70年、医者を続けている。

一定の敬意を示すに足る人物なのかもしれない。

「……すまなかった」

カントはゆっくりとパイプ椅子に戻り、重たそうな腰を丁寧に下ろした。

その後、一度深呼吸をしてから話を再開した。

「そもそも、ワシが紹介したのは杜若病を治せる医者じゃないわい」

「だったらどんな奴を紹介したって言うんだ?」

「ワシが紹介したのは……」

カントはさっきの心を落ち着けるための深呼吸とは違う、心を慰めるためのため息をついた。



「――安楽死、安らかな最後を施す医師じゃ……」

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