第2話 怪しいサングラス男

昼頃、キャンプに到着した俺たちは、まず入り口でその辺のゴロツキではないこと、そして交易の意思があるただのキャラバンであることを伝えた。

その後、入念な身体検査の結果、俺たちはこのキャンプへの入場を認められた。

そのキャンプは、二棟のビルの廃墟を主な拠点としていた。

とにかく、俺たちは旅の疲れを安全な場所で一刻も早く取り去りたかった。

旅の途中、身の安全のため、長時間、四時間以上の睡眠は取れないのである。

俺たちは、前のキャンプで手に入れた資源を少し譲ることによって今日の寝床を提供してもらった。

そこは塗装がはがれ、ところどころ鉄骨がむき出しにはなっているものの、ベッドと薪が用意されたなかなか上等な一室だった。

ある程度保証された安全。

久々に俺たちはゆっくりと休むことができた。

「ぺこぺこ」

「ああ、そうだな。食料の調達にでも行くか」

辺りは陽が沈み始め、ほっとけばすぐにでも夜になるような夕方だ。

このキャンプは見たところ俺たちのようなキャラバンが多く、他のキャンプに比べてかなり栄えていた。

それゆえの入念な身体検査だったのだろう。

そして、ノマの身体検査にはわざわざ女の検査官を宛がうくらいの倫理観が備わっているようだ。

しばらくここに腰を据えるのも悪くないかもしれない。

「飯と、あとその返り血で汚ねえシャツの替えがいるな」

「こくこく」

ノマは自分のシャツをすんすんと嗅ぐと、何とも言えない表情をしていた。

食い意地を張って魚の目玉をくちゃくちゃ噛んでいた時も同じ顔をしていた。

よくよく考えたら、血も魚の目玉も自業自得じゃねえか。

「じゃあいくか、ノマ」

「ちょっと待ってくださいよ、ご両人!」

サングラスをかけた長髪の胡散臭い男が俺たちの行く手を通せんぼした。

何で一日に二度もわけわからん奴の相手をしなくちゃいけないんだ。

「何の用だ、こっちは腹減ってんだから、長い話したらぶっ飛ばすからな」

「まあまあ、そう慌てないでくださいよ」

男に半ば強引に部屋の中に戻される。

「まずはお近づきのしるしにどうぞ」

そう言って渡されたのは、缶詰めの食糧と新しい衣料だった。

ノマは俺の手から缶詰めをひったくると、ぱかっとプルを引っ張って開けた。

「ごくりごくり」

「待て、ばか」

もう一度ノマの手からひったくり返し、男に差し出す。

「まずはお前が食べてみろ」

「分かりました、お安い御用です」

サングラス男はひょいと一口食べて見せ、そのあと口を大きく開けて飲み込んだことをアピールした。

それを見たノマは男からもう一度缶をひったくり返した。

「ぱくぱく」

「おやおや、大変お腹が空いていたのですね」

「何なんだ、お前は」

「私の名前はシュルツといいます」

「いや、名前なんかどうでも……」

「しゅるしゅる!」

「はい、シュルシュルです!」

男は胡散臭い笑顔をノマに向けた。

ノマもにこにこと笑顔を返した。

ノマの好感度は基本的にどれだけノマの空腹を満たせるかだ。

そして、このシュルツとかいう男は上手くやりやがった。

「だから、早く要件を言えって」

「先程、殺した男がいますよね」

俺はノマの方に目をやる。

男の話には一切興味がなさそうに缶詰めを食べていた。

「それがどうした?文句ならあの男に言え」

「いえいえ、そんな。私はお礼を申し上げたいのです」

「礼?」

「あの男はこのキャンプに入ろうとするものを襲って、身ぐるみを剥ぐのです。しかし、そんな脅威をあなた達が排除してくれたのです。さっきの物資はそのお礼です」

「はあ。ご丁寧にどうも。それで要件は?」

「え?」

「こんな世の中だ。礼だけ言いに来て帰る奴なんていねえだろ。他に要件があってきたんだろ?」

「はは、敵いませんな。何でもお見通しですね」


男は気味の悪いサングラスをゆっくりと外した。


「お前、その目……」

シュルツの左目には、痛々しい大きな傷が斜めに入っていた。

「道中色々ありましてね。こっちの目はもう見えないんです」

「見えないんだったらサングラスなんかしてたら余計に見にくいだろ」

「分かってませんな。この世界では見えづらいことより、見えないことが相手にばれる方が危険なことなんですよ?」

シュルツの言葉に説得力があるのは、奴が実際にそういう目に遭ってきたからだろう。

「だったら何で俺たちにそのことを伝えるんだ?それもリスクが高いことだろ」

「ええ。でも私の言葉を信頼していただくにはこれが一番かと」

「で、結局お前は俺に何を伝えたいんだ?」


「――娘を、娘の命を救ってやりたいのです」



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