3月のマグノリア

ニッポニアニッポン

ショートショート

 花粉の飛ぶ量は年々、倍の倍の倍の倍に。遂には砂嵐のように日本中を覆い、農作物などへの被害や、人体にも重篤な影響を及ぼすまでとなった。

 政府は国民全員にガスマスクの着用を義務づけ、花粉を飛ばす植物の伐採を開始した。




(コブシの花が咲いてる)


 伐採係の彼は、元は花屋だった。

 植物に嫌悪を抱く者が増えた結果、父から継いだ花屋は閉店に追い込まれ。職を失くした彼は仕方なく伐採係となったのである。

 錆が所々入ったトラックに乗せられ、街を見下ろす高台に連れてこられた彼は、現場監督者の指示で杉の木に鋸を入れる。


(人間が生きるために、植物を殺してるだけだ)


 正直、うんざりしていた。植物を生かす仕事をしていた自分が、こうやって植物の息の根を止めている。

 しかしこれを辞めたら、年齢のこともあり職に就ける自信がない。


「おい、そこの花がついた木も切っちまえ」


 花粉が出るかどうか見分けのつかない現場監督者が彼に向かって叫ぶ。

 不毛の地にでもするつもりなのだろうか。彼はガスマスクの鼻先をフンッといわせたが、反抗までする気は起きなかった。

 先程の杉よりも少し細い、コブシの幹に鋸を入れ、手際よく伐採を終わらせた。




 伐採した木は木材となるか、処理場行きとなる。

 コブシをトラックで処理場へ持っていった時。ふと彼はコブシの花を一輪摘んで、胸ポケットへ入れた。




 そうして安アパートへ帰宅してから、水を入れたコップにコブシの花を浮かべる。

 ガスマスクを脱ぎ去った彼は、しばらくぶりの微笑みを浮かべていた。


 それが彼の、最期の姿だった。


 Fin

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