怪盗のルール

猫屋 寝子

第1話

 私は今、「怪盗G」から「怪盗講座」というものを受けている。

 その理由は、怪盗Gの犯行現場に居合わせてしまったからだ。


 怪盗Gというのは巷を賑わせている大泥棒。誰にも見つからずに貴族の家にある高級品を盗んでいく。そして盗んだものを闇市場で換金し、貧困層にそのお金をばらまくそうだ。そのため、貧困層の中には熱烈なファンがいるらしい。


 そんな怪盗Gは今回、私がハウスキーパーとして勤める家をターゲットにしていた。その家にある虹色のダイヤモンドとかいう幻の宝石を狙っていたらしい。

 所詮ハウスキーパーである私はそんな宝石があること事態知らなかったし、怪盗Gが来ることさえも知らされていなかった。そのため、私は怪しい人物を見つけても、まさか怪盗Gだとは思わなかったのだ。

 だからこそ、私はただの泥棒が入ったと大きな声で叫ぼうとしたのだが、怪盗Gに口を塞がれ、そのまま誘拐された。彼は私を脇に抱えたまま盗みに入ったのである。

 しかもあろうことか、彼は私を連れたまま逃げていった。そして、アジトのようなところへ連れてこられたかと思うと、勝手に怪盗講座を始めてしまって今に至る。


「えーでは、次に君に“怪盗のルール”というものを教えようと思う」


 聞いてもいないのに勝手に話を続ける怪盗Gを私は睨んだ。


「あなたの正体は誰にも言わないので、ここから早く帰してくれませんかね。そもそも、私は怪盗なんてなりたくないし」


 私の言葉に怪盗Gは首を横に振った。


「そういうわけにはいかないんだよ。君には、怪盗になってもらわなくちゃ」


 意味の分からないことを言う怪盗Gに、私は眉間にシワを寄せ首を掲げた。


「どうしてですか?」


「それは、これから君に話す“怪盗のルール”に関係する」


 怪盗Gは怪しく微笑むと、どこからかホワイトボードを持ってきた。


「怪盗をやるのにもいくつかルールがあってね。1つ目は……」


 そう言って彼はホワイトボードに何かを書き始める。

 私は不本意にも“怪盗のルール”というものに興味を引かれてしまい、何も突っ込まず、黙ってその様子を見ていた。

 

「これ!『1、誰にも見つからない』」


 盗むに当たって、誰かに見つかってしまったらそれは確かにまずい。怪盗Gの姿を誰も見たことがなかったのは、このルールに乗っ取って行動していたからなのか。

 私は妙に納得してしまい、頷いた。


「しかし、今回の件では、僕は君に姿を見られてしまった。いくら僕のことを怪盗だと認識していなかったにせよ、これは“怪盗のルール”に反する」


 怪盗Gが悲しそうな顔をして私を見る。

 もしかして、口封じのために私はここに連れてこられたのだろうか。

 多額の金をくれるのか、それとも殺されるのか、何かの脅しをされるのか……。

 私は考えられることを想像して体を震わせた。

 お金をもらえるのはともかく、他はごめんだ。早く、ここから逃げ出さないと。

 そう考える私に気づいたのか、怪盗Gは悲しそうな表情を一変し、楽しそうに笑った。


「今、口封じのために何かされる、と思ったでしょ。大丈夫、2番目の“怪盗のルール”にはこんなものがあるから」


 彼はそう言うと先ほど書いたルールの下に付け足すよう書き始めた。


「『2、人を傷つけない』……?」


「そうそう。盗むとき、人を傷つけてしまったら、それは怪盗ではなく“強盗”になってしまうからね」


「で、でも、ここはもう盗む現場じゃない。何したって“強盗”にはならないですよ」


 怯える私に対し、怪盗Gは困ったように笑いながら私の頭を撫でた。

 私を安心させようとしているのだろうか。


「君はターゲットの現場で出会った人だ。盗みに関係があるといえばあるだろう?僕のポリシーとして、盗みに少しでも関わった人は傷つけないと決めているんだ」


 彼の口調は優しく、少しだけ安心した。

 しかし、まだ不安がすべて消えたわけではない。

 残る不安を解決するように、私は彼に尋ねた。


「それじゃあ、私をここに連れてきたのはどうしてですか?」


 私の質問に彼は口角を上げると、信じられないことを口にした。


「君に怪盗になってもらうためだ」


「は?いや、だから、なんで私が怪盗にならないといけないんですか!?」


 私は驚きで思わず語尾を強くする。

 そんな私を面白がるように笑う怪盗Gは、悪魔のように見えた。


「だって、君は僕の姿を見てしまっただろう?ルール上、怪盗である僕は姿を見られてはいけない。見られた瞬間、僕は怪盗でなくなる。だけど、僕はまだ、怪盗でいたいんだ」


「だからって、私が怪盗になる理由が分かりません。あなたの代わりに私が盗みに行けって言うんですか?」


 私の質問に彼は首を横に振る。そして、妖美に微笑んだ。

 嫌な予感がする。


「違うよ。もし、姿を見られたのが協力者の“怪盗”であれば、僕は姿を見られたことにならないだろう?」


 私は驚いて思わず口を開けてしまった。

 この男は何を言っているのだろう。

 自分が“怪盗”で有り続けたいがために、一般市民の私を巻き込んで、なおなつ一般市民の私を“怪盗”にしようとするなんて!


 そうは思ったものの、私は自分の口角が自然と上がっていることに気がついていた。

 もう、“怪盗”というものに惹かれ始めていたのかもしれない。

 これは悪魔の誘いだと分かっていても、私はもう逃げようとも思っていなかった。


「ふふ、そういうことで、講義の続きを始めよう。君には立派な怪盗になってもらわないとね」 


 そんな私の心中を察しているのか、目の前の怪盗は嬉しそうに話を続けた。

 私はそんな彼の話を真剣に聞き始める。

 だって、すでに私は怪盗Gに『反抗する心』を奪われてしまっていたのだから。

 



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