僕は愛する人に会えない
星宮コウキ
年齢は16歳。最終学歴は有名国立の一貫校の初等部卒業。こんな変なプロフィールは、僕のである。現在、学校にも通っていない。今は仕事をしている。僕の仕事はご令嬢のSPである。
どうしてこんな人生になったのか。それは初等部を卒業した時にさかのぼる。
****************
卒業は、たいして悲しくなかった。一貫校なのでみんなと離れるわけではないし、それこそ親友であり姉弟分である
榊原家で3人で遊んでいると、要のお父さんに呼ばれた。大事な要件らしい。
「待っててね」
そう言って要の部屋から出た。榊原家は、国でも有数の名家である。要の住んでいるのは榊原家別邸だけれど、それでも十分な大きさを誇っていた。僕は迷わないように要のお父さんについていった。
おじさんの部屋に入ると、心音のお母さんもいた。高山家は、榊原家の一番の使用人として有名である。榊原家ほどではないにしても、名家である。そのトップにいる二人が、僕に何の用だろう。
「榊原のおじ様、高山のおば様、なんな要件でしょうか」
そして、僕の家も榊原家に忠誠を誓っていて、礼儀作法も年相応に仕込まれている。この二人が偉い人だということはわかっているのである。
「落ち着いて聞いてくれ。実はな……」
「
「いや、これは私がいうべきだろう。こればかりは人に投げ出せん」
榊原の頭領である澄男がここまでいうのは珍しい。国の中枢とも言われる榊原家である。普段は周りがペコペコ頭を下げて物事が進んでいく。自分の役割以外はやったことがない、というよりやる必要がないのである。しかし。
「実はな……。ついさっき、お前の両親の車が事故にあったそうだ」
これは澄男にとってやるべきことであった。関係の深い家である。頭領のメンツがあるのである。そして、それ以前に娘の友達なのだ。
「え……」
僕は絶句する。
「今、病院で手術中だそうだ。榊原家の人脈を使って凄腕の医師を何人か派遣しておいた。援助も厭わないつもりだ」
「そう、ですか……」
頭が真っ白になる。何も考えられない。
「それでだな、まだ意識があった君のお父さんからゆ…伝言を当家の使用人が受け取ったそうだ。それをお前には伝えておかないといけないと思ってな」
おじさんの言葉が頭を吹き抜ける。ぼんやりと聞いていると、おじさんが僕の両肩を掴んだ。
「お前、榊原家の養子に入るつもりはないか?」
おじさんも僕が上の空だと会うことを気づいたんだろう。肩を持たれたことによって、これはしっかりと聞こえた。
「養子……」
「お待ちください、澄男様」
答える間も無く扉が開いて、スーツを着た人が入ってくる。彼女は謂わゆるSPというやつであった。榊原家のSPを束ねあげる隊長的な存在である。
「こんな下級の子供を養子にするのはどうかと。榊原家の名に傷がつきます」
「いや、しかしな……」
「そうですよ、早乙女さん」
「……」
早乙女と呼ばれたSPは、おばさんをに睨んでいる。
「それでは、これはどうでしょう。当家に相応しい人間になれるよう、私が育てましょう」
「そ、そうか。仕事に支障は出ないのか?」
「えぇ、これくらい造作もございません」
おじ様もおば様も困惑しているが、早乙女さんの強い主張に押されている。
「では、行きますよ」
早乙女さんが僕の腕を引っ張る。
「早乙女、定期的に私に連絡を……」
おじ様がそう言い切る前に、早乙女さんはドアの扉を閉めた。
「どうするんですか?」
僕は早乙女さんに尋ねる。
「お嬢様と仲がいいからって、養子に入れさせるわけにはいかない……」
「え?」
「お前に横取りされてたまるか……」
「早乙女さん、何言ってるの?」
「いえ、気にしないでください。さぁ、いきますよ」
早乙女さんに連れられ、榊原家を後にした。
****************
そして、今に至る。中等部に行っているはずの三年間でだいぶ仕込まれた。でもそれは、上流階級としてではない。SPとしてである。もともと運動神経を悪くなかったし、物覚えもいい方だった僕はすぐに実績を上げ、榊原家の長女である要と心音のSPとなった。
しかし、早乙女さんに釘を刺されていることがある。
「いいかい。お前は死んだことになっている。決して要様や心音様、それどころかSP以外の使用人に見られてはいけないよ。それがあんたの守るべき
僕は早乙女さんに反抗しようと思ったことももちろんある。でもこれは二人を守るという仕事であるのであるし、両親のいない僕を育てたのは紛れもなく早乙女さんである。だから、何も言わずにいた。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。では、後ほど」
そんな声が聞こえてくる。今日もまた仕事が始まる。
****************
三年間。私が彼のことを思っていた期間である。恋愛感情ではないが、家族の一員であった人が突然いなくなったのである。
お父様が彼を呼んだ日、しばらくして高山さんが部屋に入ってきた。
「実は、お二人にお話がありまして……」
彼が遠くに行ってしまうこと。もう会えないであろうこと。私と心音は呆然としていた。まだ初等部の頃である。実感が湧かないものの、何か悲しいことだということは二人ともわかっていた。
そして、三年の月日が過ぎた。その間、私も心音も彼のことで話さない日はなかった。今何をやっているのだろうか。会いにきてはくれないんだろうか。答えのない会話だけれど、意味がないと思ったことはなかった。
「要様、そろそろお時間です」
「そういう堅苦しい言葉使いはやめてって言ってるでしょう?」
「仕事の一部ではあるので」
「二人きりなんだからいいでしょう」
「……えぇ、そうですね」
今月から高等部が始まっている。でも、いつになっても彼のいない日常は悲しいものだ。
「行ってきます」
「行ってらっしゃいませ。では、後ほど」
家の前に停めてある車へ向かう。私の生活は、彼のことをなるべく考えてはいけない。悲しくなるから、寂しくなるから。それが私が今まで通りに生活する上で、自分に課したルールだった。
****************
「二人きり、ね」
心音は虚空を見る。
「……今日もお願いね」
誰にも聞こえないような声で呟く。
コトッ。
木の欠片が落ちたような小さな物音がする。これは返事と見て取っていいだろう。
私は彼が生きていると思っている。それどころか、この家にいると思っている。どこか懐かしい感じは要様も感じていた。そして二年前、私は彼が早乙女さんと一緒にいるのを見たことがある。早乙女さんはSPであるし、なんだろうかと思っていた。見られたことに気づいた早乙女さんが私に言ってきた。
「いいかい。彼は死んだことになっているんだ。このことは他言しちゃいけないよ。バレたら彼の首も危ないからね」
そう言われた。早乙女さんはとても真剣で切羽詰ったような顔だったし、疑う余地はなかった。ただ、彼が今何をやっているのかがわからなかったのが不満である。
そこからは大変だった。要様が日に日に元気が無くなっていくのである。私は彼が生きていること、そして早乙女さんと一緒に近くにいること。それを知っているのに、要様に伝えられない。教えてあげられない。それが辛かった。
「さて、私も支度しないとね」
私は要様の部屋を後にする。
****************
誰もいなくなった要の部屋に音を立てないように降り立つ。目的は、要の日記である。要は毎日日記を書いているが、その内容は俺に関するものであった。先月にたまたま目にした時に驚いた。日記というか、手紙である。僕へのメッセージが綴られているのだ。
『要に会えますように。』
毎日この文で終わっている。これを見るたびに込み上げてくるものがある。
「ごめんね、会えなくて」
そっと呟く。これを見ることが僕の一日の最初の仕事である。
「……?」
ふと地面に目を向けると、紙切れが落ちている。日記を破いたような紙。書くのをやめたメッセージのようなものであった。
『今日も頑張ってね。』
「……」
要はどんな気持ちでこれを書いているのだろうか。俺が生きていると思っているのだろうか。死んだことになっているのではないだろうか。そんな疑問はいくつも思い浮かぶ。しかし、突然の激励の言葉で考えが一つにまとまらない。それほどに嬉しいものであった。
「……ったく」
口角が上がってしまう。こんなにも愛する人が身近にいるのが幸せなんて。会えなくても幸せなんて。
僕は要の部屋を後にする。愛する二人を身近に感じながら。
この近くて遠いこの距離で僕たちは生きていく。いつか会える日を願って。
僕は愛する人に会えない 星宮コウキ @Asemu
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