第2話 噂話
「
お母さんの声が階下から響いてくる。
「あんた今日もバイトでしょー! そろそろ起きなさいよー!」
「ふぁあーい! わかってるよー!」
懐かしい夢を見ていた気がする。
あれは中学2年生の時で、真野くんの誕生日だった。私が6回目の告白に失敗した日。
きっと中2で同じ人から6回も告白された経験がある人はかなりの少数派だと思う。還暦の人にアンケートを取ったとしても少数派なのは同じだろうけど。
これがもし漫画だったら、ここまで来ればお互いに挨拶のようなものになっていて会うたびに「好きだ」と言うような関係だったかもしれない。でも現実じゃそうはいかなかった。
「好きだ」伝える私はいつまで経っても当日の朝食は残したし、登校中に道を踏み外して白い靴下を汚した。その反動で給食は誰よりも早く食べ終わっていた。だからそれを見た友達から「あ、今日あの日なんだね」と声を掛けられるくらいにはバレバレだった。
一方で「好きだ」と伝えられる真野くんはどうだっただろう。誕生日、クリスマス、バレンタイン。何かイベントのある日、少しくらいは「今日、あの日かも」と気付いていただろうか。少し鈍いから、そうでもないのかな。
ただ、たとえ6回目の告白だったとしても「またか……」という反応はなく、いつだって真剣に私の話を聞いてくれたし、しっかりと振ってくれた。いや、全然振ってくれなくてもよかったんだけど。
――にしたって。
「夢の中でくらい振らなくてもいいんじゃないのぉ……」
枕に顔を埋めて足をバタバタさせる。27歳のする仕草としては決して適切ではない。でもいいんだ。今はまだ14歳のロスタイム中なのだから。
「鈴花ッ!!」
「ひゃ、ひゃい!?」
「サッサと起きる!」
「は、はい……」
だがロスタイムはおかんの怒声というホイッスルによって容赦なく終わりを告げる。試合開始直後だったとしても強制的に終わらせてしまいそうな威力だった。
「ったく、いつまで中学生の親をやらせる気なんだか」
捨て台詞を残し、ドスドスと大きな足音を立てながら階段を下りていく。
はぁ……今日も27歳の人生がキックオフされてしまった。
出勤は基本的に14時から夕方のピークタイムを越えて閉店〆作業の22時まで。だから生活は完全に夜型。
テーブルには湯気を上げる炒飯と、その向かいには黙々とスプーンを口に運ぶお母さん。
咄嗟に、朝からこれは……と口から出そうになるが、コップに注がれた水と一緒になんとか飲み込んだ。
私にとっては朝食でも、世間からしたら立派な昼食だ。お昼に炒飯。なにもおかしなところはない。
「そういえば、こないだあんたと同じ学年の子で――」
また誰かが結婚したのか、と思いながら生返事。どうせ最後はあんたも早く、となるに決まっている。
「独りになって戻ってきた人がいるらしいんだけど、早く結婚するのも考えものなのかもねぇ」
そうそう、焦っても仕方ないんだから。ようやく分かってきたか。ほんと昔の価値観が更新されないんだから困っちゃうよね。今時20代で結婚するのなんて少数派なんだし、いま食べてる炒飯と同じで何もおかしなところはないんだから。
「あんたの知ってる人じゃない? たしか名前は――」
知らない。
たとえ友達だったとしても、そう口にする準備はできていた。この話題を続けても不毛なだけだから私も強制的に試合を終了させるのだ。
「真野さんって――」
「真野くん!?」
口から炒飯が飛び出した。すごい。人間って炒飯で霧吹き出来るんだ。知らなかった。
「あんたね……いくら知ってる人だからってそこまで驚くこと――」
「し、知らない! 中学卒業してからは遠くの高校に行っちゃって、1年浪人してからだけど大学は県外に行っちゃって、就職でもっと遠くに行っちゃった真野くんのことなんて全然知らない!」
「……あっそ」
お母さんは顔についた米粒を払いながら、呆れるように呟いた。
「どこの誰だか知らないけど、この子に付き纏われて苦労してそうね。話が合いそうだわ……」
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