人のルールが変わる時
空音ココロ
ルールは誰のためにあるのか?
数年ぶりに会った大切な人は、私が知っているそのままの人だった。
コールドスリープ。
今の技術では治せない病でも未来では治療できるかもしれない。そんな願いを込めて永い眠りへと入る。
「やぁ、久しぶりだね芳香さん」
「えぇ、きみも元気そうで良かった」
「あぁ、こうしてまた君に会えて嬉しいよ」
そんな会話を2,3した後に彼は検査のために別の部屋へと移っていった。
彼が何らかの病気を患ったために眠りについたわけでは無かった。そもそも眠っていたのが数年というぐらいなので劇的な進化は期待していない。
今の世を悲観して眠りにつき、全く新しい世界になった時代へと行きたかったという訳でもない。
初めにコールドスリープをするということを聞いた時はびっくりした。
いや、そんなSF染みたことが現実にあるとは思っていなかったというのもあるし、その対象がきみだったなんて考えたことも無かった。
そもそも技術として大丈夫なのかとか、法的な問題はどうなるのか、医学学会とか倫理的な問題でルールとかいろいろあるんじゃないかなど、ぐるぐるいろんなことが頭を駆け巡る。それよりも一番引っ掛かるのは、どうしてきみなのか? が私には分からなかった。
「え? どっか体悪いの? 癌なの? 癌なんでしょ? え? どうして死ぬの? え? なんで?」
「ちょっと散歩に出てくる、そんな感じで行くだけだよ」
いやいやいや、爽やかな顔して言ってるけどそんな気軽な感じで言うセリフじゃないから。私の動揺とか全然収まらないから。
男の人はそうなんだ。
いや、男の人というよりきみだよね。女でも同じ人いるわ。って、男だからとか女だからとかじゃなくてね、だから。勝手に決めて一人で勝手に行って、そこに私を巻き込んで、ハラハラさせられるだけで、もぅー! ってぷんすかしている間に彼は「じゃ!」とか言ってきみの2倍くらいある大きさのカプセルに入って寝ちゃった。
先に一人で寝るとかさ、ずるいよね。
それで今日。
あっさりと目を覚ました彼は溜まりにたまったものを発散するような大きい伸びをして爽やかな笑顔を見せていた。
「きみは大して世の中変わっていないと思っているかもしれないけど結構変わってるからね」
「ふふ、そうだったんだ。じゃあ芳香さんに教えてもらわないとね。よろしくお願いします」
くっ、そう言われると駄目とか言えないから教えるしかないじゃないか。
知らないのを指摘して「そんなことも知らないんだー」みたいなことをやろうかと思ってたのに。ぷぷぷー、って扇子で口元を隠しながら笑いたかったのに!
彼を乗せて家へと車を走らせる。
確かに彼がいない間に分かり易く変わったことと言えば自動運転車が増えたことだろう。運転席に座っているのにハンドルから手を放してスマホを見ている人がいるし、居眠りしている人さえいる。
一昔前のルールでは道路交通法違反ですぐに捕まるような行動さえ許容されるようになっていた。技術の進歩凄い。そしてそれを容認した法律も、いや法律に容認させた技術が凄いのか?
ただ結論は出ていない点がまだたくさんある。
自動運転している間に事故が起きたときに責任は誰にあるのか、車の開発者か、販売者か、整備した人か、運転した人か……
結局のところ、その時の状況に応じて都度裁判が行われるような煩雑な状態にはなっている。とはいっても自動運転車は運転中の記録が飛行機のブラックボックス並みにしっかりと記録を残さないといけないし、そもそも自動運転車の事故が年に10件も発生していないという事実がこの状況を容認させていた。
「車の動きがスムーズだねぇ、人同士で譲り合って運転するよりも車線変更とかが滑らかな感じがするよ」
「ねぇ~、おかげで大分運転しやすくなったよ」
車の免許制度では違反をすると減点されるが、これが一定以上違反をすると自動運転車しか乗れなくなるペナルティもあった。おかげで荒っぽい運転をする人が路上から排除されるという結果にも繋がっている。
「煽り運転とかしてる人もみないね。これだけ車がたくさん走ってるのにギスギスした空気を感じないのは不思議だなぁ」
「きみが眠る頃に煽り運転の厳罰化が始まったからね。あの頃は高速道路で無理やり車止めさせたり、痛ましい事故まで発生して世間の目が厳しくなっていたね」
「ほんとね、あぁでもそういうのが無くなって良かったね。なんだかさ、良くお手製の方が温かみがあるとかいう割りに、自動運転の方が優しい感じがするのって不思議だね」
「あー……、うん」
そこで一旦会話は止まってしまった。
私ときみとの間で数年間とは言え差が出来てしまったのだろうか。
長い間会っていなくて、こんなことがあったよ、ねぇ、見て! って言うことがいっぱいあってさ。私、こんなに待たされていたのにきみはマイペース。
きみは変わっているように見えないけれど、私は変ってしまったのかもしれない。
前の車に道を譲ってもらったのでハザードランプを2,3回点滅させた。
サンキューランプとか言ったりするのかな、きみは人の車は温かみが無いとか言うけれど、こういう挨拶っぽいことをする気遣いは人ならではなんじゃないかな?
「ピピーッ! そこの〇▽―▽〇の車、端に寄せて止まって下さい」
え? 私? なんかやった!?
〇▽―▽〇は私の車のナンバーだ。さすがに振り切るわけにもいかないので車を端に寄せて止める。
さっき使ったハザードランプは2,3回しかつけなかったけれど今回はずっと点滅させたまま。チッカチッカと音を立て続けている。
「ごめん、ちょっと行ってくる」
「あぁ、芳香さん。うっかりやっちゃったね、まぁしょうがないさ。待ってるよ」
ん? きみは何か知っているの?
「お姉さん。さっきハザードランプつけたでしょ」
「えぇ、前に入れさせてもらったので」
「それねぇ、一昔前もあんまり推奨はされてなかったけどね、今は明確に違反になったから。免許の更新は……、あぁお姉さんゴールドだったの? 4年前に更新だと講習は受けてなかったか。ん~」
「え!? ハザードつけたら違反なんですか?」
「そうそう、結構テレビとかでもやってたと思うんだけどなぁ、ほら自動運転車が増えたでしょ。それで譲って貰ったらいいねボタンで無線で伝えられるようになってるじゃない。だからサンキューランプとかクラクションとかね、紛らわしいサインの使い方は自動運転車が誤動作するかもしれないからって禁止になったんだよ」
「え!? いいねボタンってそうやって使うんですか?」
「そうそう、自動運転車なら大体勝手にやってくれるけどね」
制度上はまだ減点にはならないらしいがしっかりと注意をされてしまった。
自動運転車のために人がルールを変えないといけないなんて。結局は人のためなんだろうけど、誰のためのルールなんだか良く分からなくなっちゃう。
「芳香さんは知らなかったの?」
「きみは知ってたの?」
「そりゃあねぇ、言おうか迷ったんだけど。久しぶりに顔見た芳香さんの機嫌悪くなるの嫌だったし」
「散々、毎日話してたのに何言ってんの。それに気付いてたのに教えてくれない方が嫌だからね。ふんっ」
「あぁ~、ごめんってば」
きみはコールドスリープにただ入ったわけじゃなかった。
散歩だって言って出て行ったくせにさ、家にある端末で会話してるの。
体は眠っているのに頭は起きていて世間の情報は随時更新されていたんだっけ? それで知ってたのかー。
ただ視覚情報はまだリンクできないらしいので景色とかは分からないはず。
まぁ、コールドスリープの間はなんていうの? 電話越しの恋人的な感じになってさ、まぁ愚痴を一方的に言い続けたりしたんだけど……。顔見ないし逃げないから言いたい放題ね。
「それで? 実験はどうでしたか?」
「そうだね、芳香さんに会えなくて、触れられなくて寂しかった」
「話してても?」
「話してるのに会えないのが辛いんだよね」
「だったらコールドスリープなんてしなきゃいいのに」
「まぁ、でもこれ仕事だったから」
彼はコールドスリープ実現に向けての実験をしていた。目覚めた後にカルチャーショックを起こしたり、社会に適用できない状況にならないようにコールドスリープ中でも世間の情報とリンクできるようにする実験。
いくら研究者だからってさ、自分が被験者になるとか思わなくてもさ、勝手に決めてさ、それでなんか職場の人にお別れの色紙とか貰ってさ、ほんと紛らわしい。
感動の別れの後に家に帰ってきて普通に会話してるとかさ、拍子抜けもいい所だったから。
「もう少ししたらレポート書いて国会にも提出するよ、コールドスリープのルール作りにも生かしてもらうことになるね」
「そっかぁ、きみの意見が世の中のルールに生かされるなんてすごいね」
「そうかな?」
「そうだよ、ちゃんと私に会えなくて寂しかったって書くんだよ」
「えぇー! そこはさ、ほら」
「あら、さっきのは嘘だったの?」
「嘘じゃないよ! 本当のことだよ」
「だったら、ほら。ちゃんと書かないとね」
そう言って軽くキスしてあげた。
何年かぶりのキス。顔を見て感触を感じるのは久しぶり。ちょっとドキドキしてこんなピュアな気持ちになれるならたまには入って貰った方が良い?
なんてね。私は愚痴を言い過ぎて図太く変わってしまったのかもしれない。
きみがレポートにどう書くのか楽しみにしているよ。
って、あれ? やっぱりちょっと恥ずかしくなってきたかも。
人のルールが変わる時 空音ココロ @HeartSatellite
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