第10話

「姉様ーっ?」

 その乱入者は大声で言いました。

 その人物の登場に不意を突かれたのは、五海だけではありませんでした。

「姫⁉ なんで外に……」

 その場で一番狼狽えていたのは織姫だったのです。

 すかさず五海はその登場人物に銃を向け、一寸の迷いもなく、引き金を引きました。


 間に合う速度を持っている者は、どうしても救わないわけにはいかないのです。ふたりの射線にぎりぎりで割り込んだ織姫は鉄の球を防ぐこともできず、空中で右肩に弾丸を受けた彼女はそのまま吹っ飛び、石階段に強かに体を打ち付けたのでした。

五海は2発目を、倒れこんだ織姫に寄り添う少女の額めがけて撃ち込み、今度は誰も守ることのなかった彼女の額を、まっすぐに貫いてゆきました。


五海は目を疑いました。

間違いなく額を撃ち抜いたはずの少女は、まるで気にすることなく織姫に寄り添い、声をかけているのです。

「ど、どういうことだ……?」

「ちょ、ちょっと、今どうなってるの? 寒気どころじゃないわよ、こんな不自然で気持ち悪い感覚は無いわ……!」

 それまでどこにいたのか、肩から血を流すクララを支えた稲荷がふらふらと現れました。そして織姫に寄り添う、10歳にも達しているかという見た目の少女を見て、顔色が真っ青に変わりました。

「ヘンよあの子……存在が不自然だわ……」

「私の妹に、散々な言いようだな……」

 ようやく起き上がった織姫が稲荷を睨みつけます。

「ちょっと、ヘンってどういうことだよ? 私には意味が分からんことばかりだ」

「あの子、死んでるのよ」

「そりゃあ、今私が撃ち抜いた。それでも……」

 五海は織姫に抱き着くその少女を一瞥し、困惑した表情を稲荷へ向けます。


「いえ、その子はとっくの昔に、既に死んでいるわ。」

稲荷は静かに答えました。


「それにこの感覚、ずっと感じてきた“イヤな感じ”そのものよ。そしてそれだけじゃない不自然さがあるわ。あまりにも大きすぎる……安岐織姫、一体どういうこと?」

 今度は稲荷が織姫を睨みます。

「……」

「一応、勝ったのはこちらだ。答えてくれてもいいんじゃないのか。」


 織姫はゆっくりと口を開きました。

「……確かに、この子、依姫(よりひめ)は大昔に一度死んだ。」

「で、でも、死んだ人はこの世界にあふれた生命力をゆっくりと補充して……しばらくしたら元通りになるんじゃないのか⁉ 病気だったとか……寿命? いや、妹か」

「そのまた大昔では、そんな風にはなっていなかった。死んだら終わり。どれだけ若く、これからの命があったとして。年寄りが死んで、そのまま消えていくのと同じだよ。」

「えっ、じゃあ一体……?」

さらに五海は眉間の皺を深くします。

「その昔、私たちと、ある仏教徒の集団の間で大きな戦が起きた。……戦の結果自体は私たちが勝ったんだがな。ある戦いでたくさんの死者が出た。その中には、何人もの市民、私の部下、そして私の妹たちがいた。ふふふ、信じられるか? この子だけじゃない。まだ20前後の妹たちが何人も死んだ。そのほとんどが、亡骸すら戻らなかった。戻ってきたとして、本人かすら分からないよ。」

 五海たちは息をのんで、それに聞き入っていました。

「まだ若く、未来が楽しみだった妹たちがこんなにあっさりと、まとめていなくなってしまった。そんなこと許されるわけがない。唯一亡骸を綺麗なまま取り戻せたのはこの体だけだった。勿論、その集団は全て根絶やしにした……その時に、私が当時興味を持っていた異教徒から興味深い話を聞いたのさ」

 織姫は依姫の頭をなでながら言います。

「……まさか、死者を?」

今まで黙っていたクララが反応を示します。

「そう、西洋の呪術で、私はこの子を生き返らせることにした。」

「し、しかしそのような呪術に頼るなど……天国に導かれたのならば、もう一度出会うことだって……」

「例えそうだとして、それはもう私の妹たちではない。……それでは意味がない。」

「でもあんた、生き返らせたのはその子だけじゃないわよね?」

 稲荷の言葉に織姫はまた表情を厳しくします。

「勿論。この子だけを生き返らせるだなんて、そんな可哀相で不公平なことがあるか? もう体すらない子もいるというのに……死んだ妹たち、全員の魂をこの子の体に呼び寄せたんだ。そして帰ってきた私たちの妹たちにもう一度名前を付けた。皆の依り代となる体に。」

「やっぱり……一度死んで、魂を呼び戻された……。つまり、依姫ちゃんは“怨霊”そのもの!」

「でも、安土の姫に妹がいる、なんてのは聞いたことなかったぞ。」

「そりゃあそうだ、誰にもバレるわけにはいかない……それに、もう血の通っていない体に太陽は毒。」

「その子を屋敷から出さず、ずっと呪術で体を維持し続けた。それが、周りには仏教徒を嫌悪し、バテレンにのめり込んでいったように見えていたということですか……」

「な、なるほど……そりゃあ、同情の余地しかないけど……」

 五海とクララは口をつぐみます。

「でもあんた、いくら何でも節操なさすぎでしょ? 部下たちや市民たちの魂まで取り込んだんでしょ?」

 稲荷の言葉に、織姫は目をまるくしてこちらを見ました。

「いや、私の妹4人だ……」

「えっ、そんなのおかしいわよ」

 稲荷はぞっとしたように依姫を見ました。


「多すぎるもの」

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