第8話


「いやあ、しかし」

 丹波の上空で、五海は口を開きました。朝から始まったこの事件も、既に日も落ちようかという時間にまでなっており、向かう先の空はオレンジから紫色に変化していく、まさにそのときでした。

「稲荷は透明人間にもなれるのかと思ってたら、まさかクララの能力だったとはなあ」

「えっ、気づいていなかったんですか? 小町さんと戦っていた時も、一瞬五海さん消えてたんですよ?」

 今までさんざん一緒に戦ってきたのに気づかなかったのか、と流石のクララも素っ頓狂な声を上げます。

「はは、まさか自分が消えてるとは思わないじゃん?」

五海はかんらかんらと笑います。

「しかし、安土に行くには不安の残るメンツよね。」

 稲荷が呟きます。彼女は安土への道のため、自らの空を飛べる能力で余分にふたりも浮かせており、少し疲れたようでした。

「そりゃあ、村を守る人が誰もいないなんて不安すぎるし。」「まあ、そうなんだけどさ」

 丹後には中興斎、穂母衣小町が残ることになっていました。

「で、実際問題どうするの? 私たち3人で安土に乗り込んでも、あっさり撃退される未来しか見えないんだけど。切り札の五海のでっかい鉄砲も火薬がないんでしょ?」

「ああ、それならちょうどいい補給場所があってな」

 五海はにやりと笑うと、前方を指さしました。そこには、

「って、あれ坂本城よね……?」

 琵琶湖に面してそびえる巨城、坂本城が見えてきていたのでした。


「……しかし、何故人目を忍ぶようなことを?」

 五海たち3人は、暗くなってきた坂本の町の物陰を縫うように城へと近づき、首尾よく蔵の前までたどりついていました。

「こんな時間に私たちみたいな大名一行が来たら町人たちも大変だろ? 気を遣ってんのよ、気を」

 五海は手際よく鍵を壊してしまい、まんまと蔵から火薬を拝借してしまいます。その時でした。

「誰だっ!」

 突然背後で大声が聞こえました。振り返ると、案の定見回りに来ていた兵士で、既に人を呼んでいるようでした。

「まずい、逃げるぞ」

 五海はすぐさま兵士を突き飛ばし駆け出します。

「えっ、補給って、話はついているのでは⁉」「そんなわけないでしょ、坂本城といったら敵中真っただ中じゃない」「ええっ、泥棒ですか⁉」

 ようやく気付いたのか、またクララは変な声を上げます。

「こちらの軍備を整えながら敵の戦力を削る、理想的な戦術だとは思わないか? これであちらの鉄砲はただの鉄の筒だぜ!」

 はははと笑い声をあげながら五海は走ります。

しかし、ちょうど城門にさしかかった時でした。

「ちょっと待ちなさい、そこの泥棒!」

 仁王立ちの少女が道をふさぐように現れました。

 しかし、少し遅かったのです。

「えっ、近い!」

「あ、えっ⁉」

 先頭を走っていた五海の勢いは止まらず、その少女と見事にぶつかってしまい、ごろごろと数メートル転がってゆきました。


「は、放せこら! 無礼でしょうが!」

すっかり縄で縛られてしまったその少女はぎゃいぎゃいと暴れますが、3人に囲まれてはどうしようもありません。

「まあまあ、せっかくだからいろいろ聞かせてもらうよ、坂本城城主、五月雨(さみだれ)光咲(みさき)さん」

 五海はにやにやと笑いながら、五月雨光咲と呼んだ少女に近寄ります。

「な、何よ、ていうかあんた誰よ!」

「ああ、私は丹後領主の一色五海。中興斎から聞いたことない?」

「はぁ⁉」

光咲はまた大声を上げるのでした。


「んで、丹後領主のあなたがこんなところで泥棒ってどういうこと? まるで意味が分からないんだけど?」

 光咲は呆れたように問います。

「お前らの姫にちょっと文句を言いに行くんだよ。お前も何か心当たりがあるだろ?」

 五海がそう言うと、光咲は眉間にしわを寄せました。

「……一体何のこと?」

「だから、お前らの姫が、嫌いな仏教徒に対して、何かしようとしてるんだろ? 何が目的か知らないけど。こっちじゃあ大変だったんだぞ」

 五海の言葉を聞いた光咲は呆けたような顔になります。

「領主に問題があるんじゃないの? それに仏教徒嫌いなんて噂話。……とにかく、私は何も知らないわ。」

「……まあお前はそう言うだろうけど、実際安土に行きゃあ分かることだからな」

「話は終わり?」稲荷は既に光咲への興味をなくしているようで、つまらなそうに言いました。

「ああ、火薬ももらったし、ここからはまっすぐ安土だ」

 五海は光咲に背を向け、ふわりと浮かび上がります。

「えっ、ちょっと」

「じゃあな光咲、もうちょっと警備を厳重にしといたほうがいいと思うぞ!」

「これ解きなさいよ!」

 光咲の魂の叫びも虚しく響き、3人は夜の闇に消えてゆきました。


「おいおい、いつまでこの石階段は続くんだよ?」

 坂本城のときと同じくまんまと忍び込んだ五海たちでしたが、天守へと続く、永遠に続くような石階段に辟易した五海はそうこぼします。稲荷の力によってふよふよと浮いている状態ではありますが、あまりに同じ景色が続くと嫌になってくるものです。

「もっと速くならないか?」

「ここに来てから、また寒気を感じるのよね。そろそろ疲れてきたし歩いて欲しいくらいなんだけど」

「まあまあ、全く騒ぎにもならず、ここまで来れたのですから……」

「こんなに退屈なら、もっと騒ぎになってくれた方が面白いよ。そこらへん、光咲は理想的だったよな」

 クララがなだめますが、やはり五海はつまらなさそうで、口をつんと尖らせました。

「その退屈も、解消しそうね」

 ふと、稲荷がその歩みを止めます。

「お、ようやっと天守かい?」

 そう前を見やった五海を待っていたのは、


「我が安土城によくぞ来た、歓迎する」

 3人が探していた、安土城城主、安岐(あき)織姫(おりひめ)その人だったのです。

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