第7話

 斎の目覚めは最悪でした。直前まで自分がしていたことは覚えていました。勿論、何度も撃退していた相手に綺麗な奇襲を決められたところから、頭がい骨を砕かれるところまで全てです。なのでその張本人が自分を見下ろして、あまつさえ首に刃物を当てられているというのは、彼女にとってこれ以上ない屈辱でした。

「殺さないんですか」

「殺しても死なんだろ、残念ながら」

「……それもそうですね。ここしばらく命の危機があまりにもなさ過ぎて、そんなことも忘れてましたよ」

「それに、今だけは死んでもらわれると困る」

「は?」

「いろいろ聞きたいこともある」

「所詮私は敗軍の将、なんだって答えますよ」

 斎の話は、大まかな流れは小町の時と同じようなもので、不安が疑心暗鬼を呼び、異様な攻撃性を生んだというものでした。

「小町と違って軍事侵攻に打って出たのは、お前の性質だろうな。最後に一つ聞かなきゃいけないことがある。刈り働きを命じたのはお前か? どうしてここまでしたんだ?」

 「私は軍人ですから。元々この地域を全て平らげるために送られてきたんですよ。お前への嫌がらせのためなら、いや、」「おい」「勝つ確率を上げるなら何でもしますよ」

 斎は表情を変えずに答えました。

「だが……」

斎はさらに続けます。

「田畑を潰して占領したところで、統治に余計な労力がかかるだけです。普段の私ならそんなことはしていなかった。……今回は、申し訳なかった」

そして、頭を下げたのでした。

「お前のせいでうちの田畑は荒れに荒れた。お前が直せ。」「わかった」「あと稲荷にも頭下げとけよ、あいつは誰よりも農作物を大事にしてるからな」「わかった」

「さーて、そろそろお前が刺した小町や稲荷も起きるだろうよ、この異常について、話し合わなきゃいけないからな、お前も少しは知恵を貸せよ」

「お、おい。戦後処理はもう終わりか?」

「ああ、今はそんな場合じゃないんだよ。とりあえず鼻の傷の消毒でもしておけば?」

「えっ、痛、なんでこの傷だけ残ってるんだ!」


「で、私と中興さんが組んでいることもなく、裏切って五海さんに襲い掛かることもなかったわけですが」

「す、すまなかったよ。あの状況じゃあ疑うしかなかったんだよ……」

 さあ話し合おうとしたとき、クララが恨めしそうに小町に話しかけます。先ほどのことのようですが、どうやら悪い雰囲気というわけではなさそうでした。

「さて、ちょっと今までのことをまとめてみようか」

 五海がその場を仕切ります。

「私がこの異常に気付いたのは今朝だ。小町んとこに行こうとしたら稲荷や村の人たちの様子がおかしかった。やけに不安そうだったな。」

「実は、数日前からぶるっと寒気がしたりして気持ち悪かったのよね。それでだんだん精神も不安定になっていったわね。」

稲荷は五海の言葉に頷き、

「あたしのところも数日前から調子が悪かったんだ。症状は五海や稲荷が言ったようなもので、今日五海が来たことで攻撃に出てしまうまでになってた。」

 小町もそれに続きます。

「私のところもそんなものです。それもあって、昨日五海が攻めてきたときもやたらイライラしてましたよ。」

「だから首ぶっ刺していったのか……」

五海は呆れたようにつぶやきます。

「以前から五海はよく攻めてきていましたから、私の行動も少し過激になっていたんだと思いますね。昨日のことがなかったら刈り働きまではしなかったぞ」「おい」

「私がお世話になっている村はいつもと変わりはないです。他の村の様子がおかしいと、聞いたくらいです。」

 そして、最後に口を開いたのはクララでした。

 ふむ、と五海は顎に手を添えました。そこで稲荷が口をはさみます。

「そもそも、なんで五海は最初から大丈夫だったのよ? 私だって村の人だって、みんな同じ症状だったのに。」

「おそらく、私たちと同じでしょう」

斎が答えますが、稲荷は要領を得ないといった感じです。

「私も稲荷も小町も、一度倒されたんですよね。それで目が覚めたら正気に戻っていた。」

「てことは。」

「五海は昨日私に負けたばかりだったから何ともなかったんでしょう」

「うわあ、何その怪我の功名」

稲荷はじとーっとした目つきで五海を見やります。

「じゃあ、五海は平気だったのに、私や村の人への影響があったのは?」

「それは単純に、五海よりも稲荷の方が影響力が強かったんでしょう。一体どちらが領主なんだお前」

 斎の容赦のない言葉に五海も「うっ」と胸を押さえました。

「で、私たちが倒れたことで影響下にあった村人たちも元に戻った、といったところでしょうね」

「では、私のところだけ何もなかったのは……?」

 クララが斎に尋ねます。

「分からない。私は正直、この中では一番怪しいと思っています。私と五海の村は正面衝突してしばらくは立ち直れない、小町だってそうです。唯一まるで傷ついてないんだから。」

「で、でもクララは私に力を貸してくれたぞ!」

 五海が二人の間に入ります。

「うるさい、『この中では』と言っただろ。そもそも主犯ならここにいることがおかしい、怪しまれるに決まってますからね。そこまで考えてなかったなら知りませんが」

「じゃあ、共通点でもあげていこうか?」

 クララが斎を睨んだところで、小町が話を変えます。

「町人の間で感染した病とか?」

「いや、それならクララのところが大丈夫なのはおかしい」

「誰かの離間策とか?」

「ここ最近よそから人は来てないはず」

「小町さんや稲荷さんのような、神様に対する攻撃なのでは?」

「斎は神様じゃないだろ」

 などと言い合っていると、

「いや、そうかもしれない」

斎が顔を上げます。

「お前、神様だったの?」胡散臭そうに五海が視線を向けますが、斎は気にせず続けます。

「クララ、あなたの信仰は何です?」「しんこう?」「信じている教え、です。たしか私たちとは違ったと思いますが」

「わ、私たちはデウスの教えを信仰していますが……」

「でうす?」小町はどうやらよくわからないようで首を傾げ、

「西洋から来た異教らしい、私もよくは知らんけど」五海がフォローを入れます。

「私は自分でも寺に寄進しているし、伊根の方にも小町の寄進で新しい寺院を建立したと聞きましたよ。それに五海、お前の村にも寺はあるだろう。つまりクララだけ異教徒ということですね」

 周りは息をのんで、斎の次の言葉を待ちます。

「私はそういう人を知っています。新たな異教を受け入れ、仏教徒に恨みのある人物を。」

「あーそれなら私も知ってるな、安土あたりに住んでるのを知ってるなあ。」

「……元々私の上司です。何故私に話が通っていないのかだけは気になるが……ここまでの影響力がある人物と言えば、彼女しかいないでしょう。」

「なるほど、目的の場所は決まったみたいだね?」

 小町の言葉を受けた五海は立ち上がり、言いました。

「そうだ、安土、行こう。」

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