第6話
五海が村に着いた頃には、刈り働きに来た斎軍を止めるものはいなくなっていました。戦えない者は、隠れてそれを見ているしかないのです。それを見た五海は、とても怒りを抑えることなどできず、次々と串刺しにして消滅させてしまったのでした。最後の一人を生け捕りにした五海はどうしてこのようなことをしたのかと問い詰めましたが、小町の時と同じく酷い疑心暗鬼に陥っており、まともにこちらの話も聞かないといったありさまでした。
「一兵卒がここまで攻撃的になっていると、小町も危ないんじゃないか……?」
なんとか全てを持っていかれる前に敵をせん滅した五海は、小町の兵たちに村の護衛を任せ、急いで一色邸へと向かいました。
「稲荷、クララ無事か⁉」
五海がそう叫ぶと、屋敷の奥からごそごそと二人が現れました。
「そ、外はどうなってる?」怯えたように稲荷が聞きます。
「いくらかは持っていかれたみたいだけど、持ち逃げする前に私が全部殺した。しばらくはこんなことをしようとは思いもしないだろうよ」
「す、すみません、私たちがいながら……」
「いや、こんなにマジで攻めてきたのは大昔に一度あったきりだ。いつもの茶番じゃない、普通立ち向かえるものじゃない」
「五海、田畑はどうなってる?」
稲荷の質問に五海は一瞬言いよどみ、それを見た稲荷は急いで外に駆け出していきました。
「まずい」それを追い、五海とクララも走り出しました。
稲荷が見たのは、荒された田畑でした。畑などは畝がばらばらになり、田などは用水路が壊れているところもありました。
「……ひどい。」クララは思わず口を押えます。
「また、作り直すさ。」
五海が稲荷の肩に手を置こうとした時でした。
「……許せない」いなりがぽつりと呟きました。
「殺してやる!」
そういった稲荷はふわりと浮き上がり、一直線に小町の守る陣へと向かってしまいました。
「稲荷‼」
五海が呼んでも、振り返りもしません。
「神の使いなのですから、何か凄い力を持っていたりしないのですか? 実はすごく強いとか!」
「空を飛ぶくらいだ。バリバリの軍人の斎になんて勝てない、急ぐぞ!」
二人は急いで稲荷を追いかけるのでした。
「ちっ、血気盛んだこと。このままだと押し切られそうだ……」
そう言いながら、自らも羽衣で抗戦しながら、なんとか小町は戦線を維持していました。しかし、援軍が加わったとはいえ、紙一重でしのいでいる、といった方が正しいような状況です。
(このままの状態が続いたらまずい)
そう考えた小町は、ひとつの策に出ます。
「はははっ、このような雑兵などあたしの敵ではない! 総大将はどこにいる? このままでは、全てあたしひとりで倒してしまうぞ!」
兵たちの前に立ち、先頭を切って戦い始めたのです。そもそも五海や小町などと普通の町人とは大きな力の差がありますから、羽衣と徒手空拳だけでも相手の戦意をくじくのには十分で、この狭い戦場では斎軍もじりじりと引いていくしかありませんでした。
引いていく兵たちのなか、一人の少女がその流れに逆らい、小町の前に姿を現しました。
「ほう、ようやくお出ましだね」
その少女こそ、敵軍の総大将、中興斎なのでした。
五海たちが陣に戻ってきたとき、あれだけ騒がしかった戦場の騒々しさとは打って変わって、すっかり静まり返っていました。兵たちは時が止まったかのように、一点を注視しているようです。五海たちは兵たちを押しのけ、中に進んでゆきます。そして立ち尽くす稲荷の奥で五海たちを待っていたのは、小町の背から突き出て輝く、肥後拵の日本刀なのでした。
斎がずるりと刀を引くと、それに呼応するように小町が倒れこみました。一瞬フリーズした五海の前で、それを見た稲荷が飛び出します。右手には短刀を逆手に持ち、脅威的なスピードで斎に襲い掛かります。しかしクララにも分かるほど直線的な動きで、もう稲荷を視界に入れている斎には及ばないことは、容易に想像することができました。
あと一歩で斎の間合いに入るというその時、稲荷の姿がふっと消えました。斎が一瞬目を見開きますが、素早く逆袈裟に切り上げます。その軌道の途中で再び稲荷は現れ、短刀を横薙ぎに振りました。斬る軌道の途中だった刃はそのまま稲荷の体を通って切り裂き、斎の顔を真っ二つにしたはずの短刀は、日本刀には長さで敵わず、鼻を横一文字に切り裂いたのみに終わりました。両者の体から赤黒い血が噴き出し、斎の体を全て稲荷が覆っているそのとき、
五海は今だと思いました。周りから音がすべてなくなって、全てがゆっくりに感じ、まるで心臓の音だけが聞こえるようでした。
五海は左足を立て座り込みます。右手を引き、左手を前に差し伸べると、その筒状に靄がかかり、ずしりとした重みとともに2メートルはあろうかという巨大な火縄銃が現れました。稲荷が崩れ落ちる瞬間、引き金が引かれた鉄砲からは巨大な爆発音が響き、稲荷の向こうから現れる、その額を砕いてゆきました。
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