第5話
「ああ、五海ちゃん! 戻ってきてくれたか!」
村に戻ってきた五海たちを迎えたのは、緩慢な動作で戦の準備をしている、不安そうな村人たちでした。
「稲荷は?」
「なんとか指示を出してくれてるけど、どうにも……みんな、このままだと負けると思ってるから……」
「バカタレ、私が来たから勝つんだよ。」
「勝つ……?」
「そう、勝つ。勝てるぞ。今から必勝の策を言うから、みんなに伝えて欲しいんだ。」
「わ、わかった。」
「さすが一国一城の主、役割を与えて兵に余計なことを考える暇を与えない。上手いもんだ」
五海の指示を隣で見ていた小町は、意外そうに目をまるくしました。
「いや、まずは稲荷のもとに向かうべきだ。あいつは元々こういうことには無縁なんだ。とにかく今はスピードだ。小町とクララには、村じゅうの人に伝えて欲しいことがあるんだ、頼めるかな」
「もちろん。」
「そのために来たんですから」
ふたりに作戦を伝え終えた五海は一色邸へと走り出しました。
「すまん稲荷、遅くなった! 状況はどうなってる?」
門から駆け込んできた五海たちを見つけた稲荷は、肩の荷が下りたように大きなため息をつきました。
「おっっっそい‼ とりあえずみんなには軍備を整えてここに集まるように言ってあるけど……この通り、もうみんな諦めムードが漂ってる……」
「そうか、ありがたい。もし稲荷がいなければ今頃パニックだったろうよ。私の村だ、後は私がやる」
「そう、後は頼んだからね。」
「任せろ」
くたびれた様子の稲荷は屋敷の中に引っ込んでしまいました。と、そこで待っていたかのように一人の男が話しかけてきました。
「五海ちゃん、大変なことになったね……」
「鍛冶屋のおっちゃん?」
それは今朝話していた鍛冶屋の主人で、何やら大きな筒状のものを背中に背負っているのが見えました。
「こんな時だけど、遂に完成したんだ、五海ちゃん指定の、2メートルの大型銃!」
「おお⁉ これ以上ないタイミングだよおっちゃん!」
「ただ、いくつか問題があってね……」「うん?」五海は首を傾げます。
「何発か試射してみたんだけど、まるで当たらないんだ……その分射程はあるし、威力もあるんだけどね。それと……」「それと?」
「試射しすぎて、火薬があと一発分しかないんだ」「はぁ⁉」
「……と言うか、おっちゃんがあんまり鉄砲の大音を響かせるものだから斎が攻めてきたってことはないよな?」
「……」
「……」
辺りを沈黙が包みました。
「ま、まあそんなことはどうでもいいよな、おっちゃん、ありがとう」
五海は誤魔化すのが下手でした。
「お待たせ五海、遅くなった!」
ちょうどいい時に小町が戻ってきました。
「みんなの様子はどんな感じ?」
「一応作戦は伝えてきたし、理解はしてくれたけどどうにも士気が低いね。これは、思ってたより状況は悪いみたいだよ」
「そこを何とかしなきゃいけないのが私の仕事だ。」
「……そうだね」
村に帰ってから1時間も経たないうちに、五海は山間の道に陣を張りました。そこは五海と斎の町を繋ぐ細い道で、軍を率いて攻めるなら唯一といえる場所でした。
「……見えてきたな」
遂に、中興斎率いる宮津の大軍が見えてきました。
「……そろそろ始まるころでしょうか。」
稲荷とともに村を守ることになったクララが、時計をちらちら見ながら稲荷に話しかけます。
「軍を率いてこっちに来るなら、そろそろ見えてくるころでしょうね。」
「五海さん、勝てるでしょうか……?」
稲荷は不安そうにするクララを一瞥して、静かに目を閉じました。
「どうしてか、さっきまでどうやってもマイナスのイメージしか湧かなかったのに、五海が戻ってきてから負ける気がしないのよね。」
「失礼ですが、五海さんはたびたび斎さんに戦いを挑んでは敗走していると聞きました。……何故そこまで信頼を?」
「勝つわよ。……あいつの一勝は、中興斎の本気の侵攻を破った一勝なんだから」
「第一陣、放てっ‼」
五海がそう叫ぶと、まだ遠くに見える軍勢に矢の雨が降りそそぎました。
「第二陣、矢が途切れることなく撃ち続けろ!」
遠くの方で叫び声をあげながら倒れては消えていく兵たちを見て、ようやく士気も上がってきたのかこちらからも鬨の声があがるようになっていました。
幸先の良い始まりに勢いに乗る兵たちでしたが、徐々に、着実に斎の軍がこちらに近づいていることを見逃すほど、五海は浮かれてはいませんでした。
その予感は間もなく現実になり、矢盾を捨てた斎軍の兵たちが襲い掛かりました。こちらも必死に応戦しますが、主に弓兵で構成されていた陣はあっという間に崩され、元々人数で劣る五海の軍は潰走を待つばかりとなりました。
このまま押し切ろうと、斎の兵たちが人数をかけなだれ込んだ、まさにその時でした。突如側面から槍衾を構築した軍勢が襲い掛かったのです。側面からの急襲を受けた斎軍は押し潰されるように消滅し、その細い道から押し出されるように、道沿いの川に沈んでゆきました。
「さあ攻めるぞ、防衛戦だ!」
次はこちらから同じように侵攻する、と言いかけたその時でした。
「五海ちゃん、大変だ! 背後から斎軍が現れて、刈り働きを始めた!」
「はぁ⁉」
五海は一瞬、頭の中が真っ白になりました。
「村に残った人たちでなんとか食い止めようとはしてるが、人数で押されてる、どうする五海ちゃん⁉」
「お前、それはやっちゃあいけないだろうが……」
「い、五海ちゃん?」
「あ、ああ、すまない……」
そもそもこちらの戦線も人数で負けているので総大将が離れるわけにはいきません。しかし、稲荷神がついているとはいえ、直接収穫を減らされてしまうと生活に関わります。
(背後は盲点だった、まさかあんな険しい獣道まで使ってくるとは)
五海は自分の見通しの甘さに歯噛みしますが、それで事態が好転するわけではありません。なんとか行動を起こさなければならないのです。村に残ったわずかの人たち、そして稲荷やクララに任せるのか、それともこの陣を退き、村まで引いて戦うのか。五海が選ぼうとした時でした。
「悪い! 待たせたね!」
背後から小町の声が聞こえました。
「小町、すまないが……」
五海が振り向くと、そこには、小町とともに百人を超えるであろう援軍が、五海の指示を待っていました。
「小町、これは一体……?」
「埋め合わせはきちんとしないとね。さあ五海、あたしらはどうすればいい?」
「20人ほど、私と一緒に村に向かってほしい。あとはここを守ってくれ。この場所は小町に任せる」
「え、いいのかい? 大事な戦線だろ?」「食べ物がなくなる方が大事だ」
小町はそうか、と頷きます。「ここは絶対に守り通すよ。」
「みんな! 援軍がやってきたぞ‼ 私は一度、村の守備に向かう。ここからは穂母衣小町が指揮を執る。私が戻るまで、ここは必ず守るのだ‼」
五海が叫び、兵たちは鬨の声を上げます。
「任せた!」と五海はいくらかの兵を連れて村へと向かい、
「さあて、総大将を引きずり出すくらいはやってやろうか!」
小町は五海に背を向けるのでした。
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