第10話 緊張の同居生活がすぐに始まった!

(10月第3土曜日:第1夜目)

荷物は二人ともスーツケース1個とバッグだけ、駅から徒歩5分で新居の2LDKのマンションに到着した。


吉川さんが鍵を開けて中に入れてくれる。なぜだか緊張する。後ろからくる吉川さんが気になる。部屋の中は引越しの荷物を搬入した時と変わっていない。


吉川さんが選んだ食卓用のテーブルがダイニングキッチンに置かれていた。丁度良い大きさだ。


「疲れたでしょう。まず、お湯を沸かしてお茶を入れてあげよう。その間にお風呂を準備するから」


「すみません。ありがとうございます」


「いいんだ。僕はもう何回か使って要領が分かっているから。後で教えてあげる」


「ちょっと疲れました。式を土曜日にしてよかったですね。明日一日あるから」


「そうだね、明日は二人でゆっくりこれからの生活の準備をしよう」


吉川さんはここに1週間住んで慣れているので任せることにした。今日は疲れた。お茶を飲んでようやく一息ついた。


でも二人だけになると何となくぎこちなくて緊張する。私が緊張しているのが分かるのか、吉川さんもぎこちない。


「緊張している?」


「えっ、いいえ」


「安心していいよ。襲い掛かったりしないから」


「信頼しています。でもなぜか緊張して身構えてしまうんです」


「頼みがあるけど、いい?」


「内容によりますが」


「僕のこと、名前で呼んでくれないか? あなたでは疎遠な気がするんだ」


「いいですよ、亮さんでいいですか?」


「それでいい」


「それなら私のことも名前で呼んで下さい」


「理奈さんでいい?」


「はい、理奈でもいいですが?」


「呼び捨てでは気が引けるので、やはり理奈さんの方がいい」


「それでいいです」


「もうバスタブにお湯が溜まったころだから、先に入って」


「あなた、いえ、亮さんの後でいいです」


「いいから、先に入って。のぞいたり、入っていったりしないから。でも浴室の鍵はかけておいて、安心だから」


「じゃあ、お先に入ります」


「ああ、鍵がかかると言ったけど、10円玉で開けられるのは知っている? もともとそういう造りになっているから。おそらく小さい子供が中から間違って鍵をかけても親が開けられるようになっているのだと思う。理奈さんの部屋の鍵も同じだから」


「分かりました」


私は部屋から着替えを持ってきて、お先にお風呂に入る。ここのお風呂は広くて快適だ。私が前に住んでいたアパートのお風呂に比べると雲泥の差だ。足が伸ばせてゆっくり入れる。


私はお風呂が好きでいつまでも入っていられる。今日はお風呂が快適なのでつい長湯になる。今日は朝から結婚式、食事会、新幹線での移動、レストランでの話し合いなどでとても疲れた。お風呂に浸かっていると、心地よい疲労が眠気を誘う。


浴室のドアをたたく音で気が付いた。


「理奈さん、大丈夫?」


「大丈夫です」


お風呂で眠っていたみたい。


「長い時間出てこないので心配した」


「ごめんなさい。バスタブで眠ってしまったみたいです。もう大丈夫です。すぐに上がります」


「それならよかった」


すぐにお風呂から上がった。新しく買ったパジャマに着替えた。リビングに行くと吉川さんにじっと見られた。緊張する。


「ありがとうございました。声をかけてもらって」


「なかなか上がって来ないので心配になった。長風呂とは聞いていなかったし」


「結婚式や会食や移動などで疲れていたみたいです。とても気持ちよくて、眠ったみたいです」


「緊張が解けたようでよかった。でも返事してくれたからよかった。返事がなければ鍵を開けて中へ入ったところだった」


「気が付いてよかったです」


「でもちょっと残念だった。返事がなければ、鍵を開けて入って、理奈さんの裸がみられたところだった」


「危ないところでした」


「いままでお風呂で眠ってしまうことはあったの?」


「ありません。疲れていたからだと思います。それに緊張が解けたからだと思います」


「僕に対する緊張が解けたのだったら嬉しい。これからこういうことがあって返事がなかったら鍵を開けて中にはいるけど、いいかな?」


「もし、返事しなかったらいいです」


「それなら今度は完全に寝入るまで声をかけないでおこう。楽しみがひとつできた」


「そんなことを楽しみにしないでください」


「じゃあ何を楽しみにしたらいい?」


「夕食を楽しみにしてください。一生懸命に作りますから」


「それは毎日楽しみだ。じゃあ、今度は僕がお風呂に入るから、もう先に休んでいて、お休み」


そういうと亮さんはお風呂に入った。私が眠ってしまったように亮さんが眠っても起こしてあげられるようにリビングでテレビを見ながら上がって来るのを待っていた。


亮さんは意外に早くお風呂から上がって、パジャマに着替えてリビングにやってきた。


「先に休んでいてくれればよかったのに」


「亮さんもお風呂で寝込んだらと心配だったので待っていました」


「ありがとう。じゃあ、おやすみ。おやすみの握手」


「握手?」


「じゃあ、ハグしてキスする?」


「それは……」


「握手が良いと思うけど」


「はい」


亮さんがボディタッチと言っていたのを思い出した。確か、状況次第と答えていた。私はこれからよろしくと亮さんの手をしっかりと握った。


寝具は二人とも布団だ。ベッドもいいけど場所をとるし、掃除もしにくい。私は布団の方が部屋を広く使えるから良いと思っている。このあたりも気が合うみたいで良かった。


部屋に入って鍵をかけた。鍵と言っても亮さんが入ってくる気になれば、10円玉で開けて入ってこられる。


でも亮さんはそんなことはしないと思っている。これは直感的に分かる。だから亮さんと結婚する気になった。私の気持ちを大切にしてくれると確信したからだ。


でも、まさか入籍を延期する提案をされるとは思わなかった。よっぽど当分の間はセックスレスが気になっているみたいだ。私は気持ちが通じあうまではしないというのが、自然だと思っている。


私は入籍するつもりだったから、いずれはそういうことになるという覚悟はできている。でも今はその気になれないと言うだけのことで、いずれ時間が解決してくれることだと思っている。男の人はそれまで我慢ができないみたい。


亮さんは自分の努力次第と言っていたが、私も努力しないといけないと思っている。そうしないとようやく巡り会った人を失いかねない。


入籍しないということは、亮さんにだって私と別れる気持ちが全くないとは言えないからだ。そうは思いたくはないがそうなってはいけない。

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