第11話 同居生活第1日目、入れてくれたコーヒーがとてもおいしかった!
(10月第4日曜日)
6時に目が覚めた。窓から明かりがさしている。今日は日曜日だからゆっくりできる。隣の亮さんの部屋から物音がしないので、まだ眠っていると思う。7時まで寝ていようと、まどろむ。私はこれが一番好きで幸せな時間。
7時になったので、静かに部屋を出てバスルームへ行って身繕いをする。化粧も薄くする。みっともない姿を亮さんには見せたくない。鏡を見てほほ笑んでみる。OK!
昨日コンビニで買ってきたものをお皿に盛って食卓に並べる。何とか朝食らしくなった。テレビのボリュームを下げてニュースを見る。ここのところニュースを見る時間と余裕がなかった。世の中は平和みたい。
8時過ぎに亮さんがリビングへ出てきた。
「おはよう。よく眠れた?」
「はい、とても良く眠れました」
「朝食にする?」
「準備はできています」
亮さんは食卓の朝食を覗き込む。それからバスルームへ入って行った。しばらくして部屋に戻って部屋着に着替えてきた。席に着くと食事を始める。
「明日から朝食はどうします? 献立は何がご希望ですか?」
「朝食は必ず食べることにしています。でないと昼前にへたってしまうから。献立と言うほどは必要ありません。理奈さんの負担にならないように簡単なものでいいです。例えば、トースト、牛乳、ヨーグルト、リンゴやバナナなどの果物があればいい」
「それじゃあ、トーストとミックスジュースでいいですか?」
「ミックスジュースって?」
「果物、野菜、ヨーグルト、牛乳などをミキサーにかけてミックスしたジュースです。栄養満点でそれを飲むだけでいいですから」
「それでいいから、作って下さい」
「お弁当は作りません。結構手数と時間がかかりますから、昼食は外食でお願いします」
「それでいいよ。今までどおりだ」
「夕食は必ず作りますから」
「楽しみにしているから」
「時間は遅くていいですね」
「帰る時間は早くはないから、会社を出る時にメールを入れます。ここには8時前後になることが多いと思う」
「それならなおさら好都合です。ゆっくり作れますから」
「食材などの買い物はどこでするつもり?」
「乗換駅がありますから、そこでします。ここからはスーパーが少し遠いですから」
「あとから近所のスーパーを案内しようか? この辺は土地勘があるから」
「このあたりに長く住んでいるんですか?」
「洗足池駅の近くに独身寮があったので、入社してしばらく住んでいたことがあった。それにここに来てもう5年位になるかな」
「ここから散歩がてら、公園を通って行ってみないか?」
「夕食の準備もありますから、連れて行って下さい」
それから二人でそれぞれの部屋をひととおり掃除して、身のまわりの持ち物を整理した。それから亮さんはお風呂の掃除をしてくれた。私はリビングや台所を掃除した。
11時前に二人そろって外出した。荷物が多くなることを想定してか、亮さんがリュックを持ってきてそれを背負った。私は笑ってしまった。
亮さんが言うには、先の震災からリュックを通勤に使う人が増えたとのことで、使ってみると両手が使えるので便利と分かって、いまは通勤用と買い物用に2つのタイプのリュックを使っているそうだ。確かに言うとおりかもしれない。
道に出ると亮さんの方からなにげなく手を繋いできた。私は一瞬亮さんの顔を見て、そのまま手を繋いだ。とても自然だったから違和感がない。
亮さんはこういうことに慣れているように思った。亮さんは何食わぬ顔で手を繋いでいる。私は黙って従っている。すぐに公園に入った。
「せっかくだから一周りしないか? 案内してあげる」
「はい」
池の周りを二人でゆっくり歩いた。もう、紅葉の季節が近づいてきている。今日は清々しい良いお天気だ。私はこの公園が初めてで珍しかったので周りを見ながら歩いている。この時間は散歩の人がほとんどだけど、私たちのような若いカップルは少ない。
「理奈さんとこうして歩いているのが夢のようだ。今年の春先には一人侘しく散歩していた」
「私もこんなことになろうとは思いもしませんでした。ご縁があったのでしょうか?」
「ご縁というのはあるかもしれない。前世の因縁とか? そうでないとあんな出会いはないと思っている」
「私たちは運命の赤い糸でつながっていたのかしら?」
「今はそう思いたいし、そう信じたい。この繋がりを大切にしたい。理奈さんを放したくない」
「そうですね。大切にしたいですね」
「理奈さん、ボートに乗らないか? 少年は彼女をボートに乗せたがるものなんだ」
「少年?」
「気持ちだけだけど」
「いいですよ。私も彼氏とボートに乗ってみたいと思ったことがありました」
「じゃあ、今実現と言うことで」
ボート乗り場に行くと、ボートが2種類あった。手漕ぎのボートと脚でペダルを漕ぐタイプ。亮さんは手こぎタイプを選んだ。
私を乗せるとゆっくりと漕ぎだした。意外と力が必要みたいで無言で漕いでいる。
「気持ちいいですね」
「ああ、水面は周りよりも涼しいね。清々しい。理奈さんをボートに乗せているから最高の気分だ」
「そう言ってもらえてうれしいです」
亮さんはボートを漕ぎながら私をジッと見つめる。見つめられると緊張する。目をそらす。
「一周したら上がろうか?」
「はい」
亮さんは漕ぐのに精いっぱいで話辛そうだった。ボートから上がるとほっとした。すぐに亮さんが手を繋ぐ。手を繋ぐのにはすぐに慣れた。今度は池の周りの遊歩道をゆっくり歩く。
「休みの土曜日には、二人でどこかへ出かけることにしないか? デートするみたいに」
「毎日二人でデートしているみたいですが、わざわざ外へ出かける必要がありますか?」
「外の方が話しやすいこともあるんじゃないかな? 部屋で面と向かって話すと理奈さんは緊張するみたいだから」
「私、そんなに緊張していますか?」
「そういうふうに感じるけど」
「すみません。そんなふうに感じさせてしまって」
「なぜか自然と身構えるようなので、こちらも気にしてしまう。もっと信用してくれてもいいんじゃないかな」
「信用しています。だから一緒に住んでいるんです。そんな感じを与えてすみません。もっと亮さんと親しくしたいんですが」
「そういってくれるのは嬉しい」
亮さんが手を強く握った。私も強く握り返してあげた。亮さんは嬉しそうだった。良かった。少しずつだけど、気持ちが通じ合っているように思えた。
お昼は洗足池駅の近くのハンバーガー屋さんに入って昼食を食べた。それから、長原のスーパーまで大通りを歩いて食料品の買い出しに行った。
二人で持てる精一杯の食料品を購入した。これで3~4日分は十分あると思う。亮さんはリュックを持って来ていたので、重いものは中に入れてしょって帰ってくれる。あとの軽いパンなどは私が持って帰った。
日曜日は二人で食料品の買い出しに来ようと歩きながら決めた。亮さんが夕食に食べたいものがあれば、その時に材料を買っていけばよい。
マンションに帰ると、私は冷蔵庫に食料品を整理してしまった。亮さんはキッチンでお湯を沸かしてコーヒーの準備を始めている。
「一緒にコーヒーでも飲まないか、僕が入れるから」
「はい、飲みます」
「新橋駅のコーヒーショップで買ったキリマンジャロだけど」
「レギュラーコーヒーですか?」
「そう、豆から挽いてドリップで入れる」
「本格的ですね」
「理奈さんは茶道の経験は?」
「学生のころ、茶道のサークルにも入っていたので、ひととおりのことは知っています」
「僕はテレビで見たくらいで、お茶会に行ったこともないけど、コーヒーを入れていると茶道が分かるような気がする」
「共通するところがありますか?」
「豆をミルに入れて、ゆっくり挽いて粉にして、ドリップにセットして、少しお湯を注いで、豆を蒸らして、それからお湯を注いで一杯分を作る。お客様のために気持ちを込めて作る」
「私がお客様?」
「こうして人のためにコーヒーを入れるのは初めてだ。一緒に飲んでくれる人ができてよかった」
「初めてのお客が私?」
「そう、飲んでみてくれる?」
「いただきます」
私はソファーの亮さんの隣に座って、淹れてくれたカップのコーヒーをゆっくり味わって飲んだ。私はいつもコーヒーをブラックで飲んでいる。
「おいしいです」
「いつもブラックで飲んでいるの?」
「その方がコーヒーの味が分かりますから」
「コーヒーは好きなの?」
「大好きです」
「知らなかったけど、それはよかった。入れた甲斐があった。またひとつ理奈さんのことが分かった」
「私も亮さんのことが一つ分かりました」
「いままで一人で入れて飲んでいたけど、こうしてお湯を注いで作っていると、心が落ち着くと言うか穏やかになる」
「そうですね。丁寧に入れてもらって、気持ちが伝わります」
「気持ちが伝わったのなら嬉しい。入れた甲斐があった」
亮さんは私がコーヒーを喜んで飲んだので機嫌が良かった。私も亮さんのことがまた一つ分かって良かった。
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