第9話 結婚式は挙げたけど入籍はしないことになった!
結婚式は10月21日(土)の11時から始まった。私のウエディング姿をじっと見て、吉川さんはとても嬉しそうにしていた。それを見て私も嬉しかった。
出席者は両親と弟、吉川さんの側も両親とやはり弟だった。食事会は12時から始まった。親族の紹介は式の前にすでに終えていたので、すぐに食事が始まった。両家族8人だけの食事会はなごやかで打ち解けて話ができた。
2時にはすべて終えることができた。両家の両親にそれぞれ挨拶をして、これから二人で東京へ向かう。それぞれの弟たちは折角帰省したので実家に1泊して翌日帰ることになっている。
14時46分発の「はくたか568号」に乗車した。この時間帯は「かがやき」はないので3時間ほどかかり、17時52分に東京着の予定だ。車内で今日と明日の予定を吉川さんが話してくれた。
「東京駅から大井町経由で北千束に向かうけど、大井町で食事をしよう。たいした店はないけど、落ち着けるレストランを知っているから。それから、北千束の自宅へ向かうことでいいかな?」
「駅前のコンビニで明日の朝食を買いましょう。明日はスーパーで食料品などを買いたいので、ついてきてもらえますか? それと婚姻届けも提出しなければなりませんね。日曜日でも受け付けてくれます」
「まあ、急ぐことはないけど、そうだね」
新幹線で二人になると私は緊張して落ち着かなくなっている。それで窓際の席でじっと外の景色を見ていた。
吉川さんは私に話しかけることもなく、時々私を見て何か考え事をしているようだった。手でも握ってくるかなと思っていたけど、私には指一本触れてこない。
東京駅には6時ごろに到着した。住まいのある北千束へは大井町経由となるので、大井町で食事する。
吉川さんは大井町には土地勘があるからといって昔ながらの洋食屋の風情のあるレストランに連れて行ってくれた。
「この店は古くてきれいではないけど、味はすごくいいんだ。何にする?」
メニューを取って見せてくれた。
「私はオムライスで」
「僕はここのハンバーグ定食が好きなのでそれにする」
注文を済ませると吉川さんが小声で話しかけてきた。
「あの……婚姻届だけど、しばらく待ったらどうかな?」
「どうしてですか? 入籍しなくていいんですか?」
「君は入籍してもいいんだね」
「もちろんです。式も挙げたのですから覚悟はできています」
「その覚悟が良く分からないんだ」
「分からないって? 十分に話し合ったではないですか?」
「うん、でもどこか納得できなくて引っ掛かるところがあって」
「じゃあ、どうしたいんですか?」
「提出を延期する。君は働いていて収入もあるし、健康保険もある。扶養家族にする必要がない。今すぐに提出しなければならない理由がない」
「結婚式も挙げたのですよ」
「分かっている。会食が終わるまでは提出しようと思っていたが、新幹線の中でよくよく考えてみた。メリットが見つからなかった。それにこの前君は、僕が力ずくで君を自由にしようとしたら離婚すると言っていた」
「私を力ずくで自由にしようと考えているのですか?」
「いや、君の気が変わって離婚したいと思った時に、君が困らないようにしておいてあげたいと思ったからだ」
「私のことを思ってですか?」
「それとセックスレスが引っ掛かっている。僕は結婚して入籍したら、セックスはすべきだと今も思っている。身体のつながりができると情も移ると思うから」
「・・・・・・」
「君は気持ちが通い合うまではセックスレスにしたいと言った。だったら、それまでは入籍すべきでないと思った」
「あなたの言うことは分かります。それでは婚姻届の書類一式をあなたに預けます。好きになさってください。お任せします」
「君は自分の生活の保障のために入籍したいのか?」
「そう思っていただいてもしかたありませんが、入籍は私のあなたへの誠意です」
「それから、結婚指輪をどうする? 入籍しないし、扶養家族の申請も必要ないから、会社では同居生活も黙っているつもりでいる。だから僕は結婚指輪をしないでおこうと思っている。君はそれでいいか?」
「それで構いません」
「私も入籍しないのであれば、会社へ届ける必要がありません。住所の変更だけで済みます。勤め先では結婚指輪はしません。でも婚約指輪はするつもりです」
「どうして?」
「あなたへの私の誠意です。それと男除けになります」
「指輪のことを聞かれるよ?」
「聞かれても何も話しません」
「僕への誠意はよく分かった。ありがとう」
「分かってもらえて嬉しいです」
「僕たちのこれからの関係はなんというんだろう? 同居? 同棲? 事実婚? 契約結婚? 見合い結婚? それとも偽装結婚?」
「どれにも当てはまらないと思います」
「いずれにしても、今日からすぐに同居生活は始まるからよろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします」
二人に注文した料理が運ばれて来た。
「ここのオムライスは最高なんだ。僕もよく食べていた」
「本当においしいですね」
私が入籍しないことを納得したので吉川さんは安心したようだった。新幹線で考え事をしていたのはきっとこのことだと思った。
すぐには入籍をしないことになったが、少し残念だった。私は覚悟していたのに、吉川さんはセックスレスが気になっているようだ。それも良く分かっている。
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