34:答え合わせ
「あーあ。つまらないね、まったく」
数分前には、無理やりエイレーネとの面会の許可をもぎ取っていったヴァイオスが、一分一秒だって惜しいといった様相でこの部屋を飛び出して行った。
以前のヴァイオスならあり得ないことだ。
彼はエイレーネへの想いを、誰にも悟らせないよう必死に隠していたのだから。
だからユリウスも、あの事件でエイレーネが昏睡状態になるまで、彼の想いを知らなかった。今までは妹の想いを知っていても、ヴァイオスのほうにその気がなかったから特に手を出さなかったのだ。
それに、そうと確信がなければ手を出せないほど、ヴァイオスという男は貴重な人材でもあった。彼の意外と生真面目な性格に、安心しきっていたのもよくなかったのかもしれない。
今回の事件を通して、エイレーネも、ヴァイオスも、何かが変わったように思う。
だから、そんな二人を会わせたくなかったのに。
「もうこうなったら、ヴァイオスを闇討ちするしかないのかな。どう思う、マルコム」
本気で思案する主人に、
「仕事してください」
マルコムはもう何度目かわからないため息をついたのだった。
*
ユリウスの執務室を出たヴァイオスは、急いでエイレーネの私室へと向かっていた。逸る心臓の赴くまま、足は勝手に速度を上げる。
しかしやっとのことで辿り着いたエイレーネの部屋だったが、その扉の前で侍女や護衛騎士たちが顔面蒼白に何やら話し込んでいるのを見て、胸の内に別の焦りが生じた。
「何かあったのか」
急に声をかけたヴァイオスに、そこにいた二人の侍女がびくりと肩を震わせた。もう一人、一緒にいた騎士が応えるように敬礼する。
「お疲れ様です、マーレイ団長。実は……」
少し言い辛そうにした騎士曰く、なんと、侍女が少し目を離した隙にエイレーネが姿をくらましたという。
目が覚めてまだ三日しか経っていないのだから、普通はベッドで絶対安静のはずだった。
「も、申し訳ございません! 姫様がお眠りになっていると思い、お部屋を退室していた間に……」
「君は気づかなかったのか」
ヴァイオスが騎士に問う。
侍女が部屋を空けることはあるだろう。特に、主人が眠っているときは。
けれど騎士は、主人が部屋にいる限り、必ず部屋の扉の前にいるものだ。それなら普通、誰かが出ていけば気づくはず。
「それが、どうやら殿下は窓からお部屋を出たらしく」
「窓から? どういうことだ? その言い方だと、殿下自ら部屋を出ていったように聞こえるが」
「はい、これを」
騎士が見せたのは、エイレーネの筆跡で書かれた置き手紙だった。
そこにはこう書かれている。
カロン、リーナ、そしてバルドへ。
ごめんなさい。少し部屋を空けるけど、探さないでね。兄様の嫌がらせに私も限界が来たの。ちょっと会いたい人に会ってくるだけだから、すぐ戻るわ。
「会いたい人に……」
「はい。それでちょうど、ユリウス殿下にお伝えしようと」
「いや、それには及ばない。王女殿下の向かった先に心当たりがある。おまえたちは、極力殿下が部屋にいるよう振る舞ってくれ」
「伝えなくてよろしいのですか?」
「ああ。また邪魔されたらかなわないからな」
頼んだぞ、と言い置いて、ヴァイオスはまた足を急がせた。向かう先は兵舎だ。兵舎の、自分の部屋。
「あのバカ、なんでじっとしてられないんだっ」
いまだかつて一度も王女に使ったことのない乱暴な口調で、ヴァイオスは舌打ちする。
事件が解決し、愛莉が消えて約十日。
ヴァイオスはなにも、その期間をただ無意味に過ごしていたわけではない。
自分の中の違和感を確信に変えるため、色々なことを調べていた。
たとえば、ゲートがエイレーネに使った禁術について。それはテオが使っていたものと同じ、人の身体から魂を抜くものだ。
しかしこれが失敗したとき、どんな影響が出るのか。
そしてゲートから、なぜ愛莉の中にエイレーネの魂が在ると思ったのか、その理由も訊いた。といっても、これは王族に仕える第一騎士団が聞き出してくれたことである。彼は頑なにヴァイオスによる取り調べを拒んだから。
いや、本当は第五騎士団の誰にも面会したくないと彼は言った。彼がそう言わなくても、もともと第五騎士団にゲートの取り調べの権限はなかったが。
それでも、他の騎士団による立ち会いがあれば、面会くらいはできたのだ。
だから、一日に三人ずつ。彼らは交代で、たとえゲートが嫌がろうと、無理やり彼の許を突撃した。
『勝手なことしやがって』
『おまえは本当にバカだな』
『女関係でいつか絶対刺されるとは思ってたけど、おまえがやらかすとは思ってなかった』
『いっつもへらへら笑ってたくせによぉ』
『『『なんで俺たちに相談しなかったんだ!』』』
自分に恨み辛みでも言いに来たのだろうと思っていたゲートは、元同僚たちの言葉に目を見開いた。
『少しでも相談してくれたら、みんなで団長の男前な顔に傷くらいはつけられたかもしれないのに』
『王女様を落とす口説き文句だって、一緒に考えてやったんだぞ』
『だ、だだ団長は、脇腹が、よよよ弱い』
『そりゃな? 団長は誰もが憧れるほど強いしかっこいいし男の俺でも惚れるけどよ……っておい! 変な目すんな。そういう意味じゃねぇからな⁉︎ そうじゃなくて、完璧に見えっけど、実は好き嫌い多いし負けず嫌いだし動物には嫌われてるしそれを本人はかなり気にしてるしで、案外子供っぽいところもあるんだぜ。そう思うと、なんか勝てそうな気がしね?』
『動物攻めにすれば勝てるよ、たぶん』
『だからさ』
『『『歯ぁ食いしばれこの女誑し‼︎』』』
ええ⁉︎ とゲートは思わず叫んだ。
全員が全員、必ずそう言って一発殴っていくものだから、最初はぽかんとしていたゲートも、次第に腹の底から笑ってしまった。酷い。いくらなんでもこれは酷い。立ち会いの騎士ですら、
なのに、心は不思議と軽くなっていて。
そして全員から一発ずつ拳をもらった顔の腫れがまだ引かない頃、ヴァイオスがやって来た。ゲートと同じくらい、顔を腫れさせて。
『……だ、団長?』
その悲惨な状態は、思わず確執を忘れて声をかけてしまうほどのインパクトだった。
『うるさい、全部おまえのせいだ。あいつら、おまえを殴ったあとに俺のところにも来て、容赦なく上司をぶん殴っていったぞ』
『ぶっ、ははははは‼︎』
ゲートが腹を抱えて笑い転げるものだから、とりあえずヴァイオスも一発お見舞いしたのは言うまでもない。
とまあ、そんな感じで。
ゲートは第一騎士団の取り調べに、素直に応じているという。
その取り調べの中で、愛莉の中にエイレーネと同じ魂が視えたから、とゲートは答えたらしい。
けれど愛莉は、エイレーネじゃない。
エイレーネが腰まで長いストロベリーブロンドの髪をもっているのに対し、愛莉は肩より少し長いくらいの黒髪だ。
瞳の色も、エイレーネが宝石のエメラルドに例えられるのなら、愛莉は
その顔形も、何もかもが違う。別人だと考えるのが普通である。だからゲートがそう思ったのも、頷けないことはない。
しかし、愛莉と接するうちに、ヴァイオスの中には少しずつ既視感が芽生えていた。
最後にはもう、それは無視できないものになっていて。
そして今では、ほとんど確信している。
(早く……早く会いたい。そして確かめたい)
がちゃり。ドアを捻る。押し開けた。
その瞬間、誰もいるはずのない自分の部屋の中から、体当たりするように誰かに抱きつかれた。
いや、誰かじゃない。
「エイレーネ様!」
「ふふ、おかえりなさい、ヴァイオス」
久しぶりに見る彼女の笑みに、ヴァイオスはたまらずその身体を抱きしめていた。
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