29:物語は終幕へ
正しく踊り子だった女性店員のパフォーマンスで、酒場は大いに盛り上がっていた。
せっかくだからと、最初は愛莉も他の客に交じって盛り上がっていたが、今ではカウンターで酒を飲むゲートの隣で大人しくしている。
ミリアーナはミリアーナで、途中からじっとしていることがつまらなくなったのか、客の男たちを観察し始めていた。ので、放置することにした。
「そういえばゲート、探し人は見つかったの?」
〈探し人?〉
魔力持ちでない店主は、もちろん愛莉のことは視えていない。
ゲートは二人の視線を感じながら、曖昧に笑ってみせた。その頬はアルコールのせいでほんのりと赤い。
「んー、それがまだでさぁ。今日も色々、探してたんだけど……」
〈ゲートさん、誰か探してるの? もしかして、お休み取ってたのってそのため? あちゃあ、なんかごめんね〉
「あなたもなかなかしつこいわね。でも、あなたにそこまで想う人がいるってこと、あの子たちには隠し通してよ?」
「はいはい、わかってますよー」
〈え、探してるの、好きな人だったの⁉ ていうか好きな人いたんだね⁉︎〉
たくさんの女性と遊んでいることは知っていたが、まさか本命がいるとは知らなかった。
興奮したように尋ねた愛莉に、ゲートは意味深に口角を上げて応えた。
「そりゃあ俺にだって、好きな人の一人やふたりー……」
「ちょっとゲート? ここで寝ないでよ」
カウンターに置いた両腕に顔を埋めて、酔っ払ったようにぐでーと姿勢を崩す。
「あー早く見つかんないかなぁ。早く、見つけないと……」
「わかったから寝ないでって。閉店になったら外に放り出すよ」
「んー、それは勘弁。愛してる」
「意味わかんないから。まったくもう、今日はそんなに飲んでなかったのに」
そのあと、閉店時間になってもゲートは起きる気配がなかった。
しかしよくよく考えれば、それも当然のことかもしれない。今まで徹夜続きだったのだ。今は身体も疲れていて、酒の回りもいつもより早かったのだろう。
店主は本当に店の外にゲートを放り出すと、「ちゃんと帰るのよ!」という激励だけを残して扉を閉めてしまった。
〈……どうするの、これ〉
ミリアーナが示す先には、顔を真っ赤にしたゲートが「うぅ〜ん」と寝ながら呻いていた。
〈どうするも何も、放置はできないよね……さすがに〉
幸いなのは、魔術師であるゲートなら二人でも触れるということか。
〈でも無理よ、大の男を女が運ぶなんて〉
〈二人ならいけそうじゃない?〉
試しにやってみようということで、二人は両脇からゲートを持ち上げようとして。
〈っ、無理!〉
早々に根を上げた。
正体をなくした人間がこうも重いとは思わなかった。
〈仕方ないわね。あんたじゃ道わかんないでしょうから、私が騎士団の誰かを連れてきてあげるわ〉
〈ほんと⁉︎ ありがとうミリアーナさん。じゃあ私、ここで大人しく待ってるよ〉
〈そうして。絶対にここから動かないでよ〉
〈はーい〉
姉と妹のようなやりとりをして、愛莉はゲートと二人、夜の街に残される。
念のため、無用の争いに巻き込まれないよう、ゲートを道の端まで引きずった。それでも起きない彼はよほど疲れていたのだろう。
〈ごめんね。なのに私、いっぱい連れ回しちゃったね。しかも用事もあったのに〉
ぽんぽんと、ゲートの頭を優しく撫でる。自分がされて嬉しいことを、謝罪を込めてやってみた。
夜空を見上げる。
元の世界とは違って、ここは星がよく見える。あっちでならこの寒い時期「あ、オリオン座だ」と唯一知っている星座を見つけては、なんとなく嬉しくなったりしていた。
けど、ここは異世界だ。そもそも星座という概念があるのかさえわからない。
〈名前だけは知ってるんだけどね。さそり座に射手座、牡羊座、水瓶座、ふたご座に、あとはー……忘れた!〉
十二星座すら言えない愛莉である。
ただ、元の世界のことを考えると、ふと懐かしい思いにとらわれた。
そんな自分の心境の変化に、少しだけ驚く。
〈寂しい、とは、もう思わないんだなぁ〉
現金な娘だろうか。だってそう思わなくなったのは、ヴァイオスを好きになったからだ。そうと気づく前から、ヴァイオスがいれば他は諦められるとさえ思っていた。
だからもし仮に、これが異世界転移だとして。
実は元の世界の自分は生きていて、今は病院で眠っているだけだったとしたら。
(それでも帰りたくない。今は、たとえ先がないとわかってても、おにーさんのそばにいたいから)
恋は人を変えると言うけれど、自分がそうなるなんて夢にも思わなかった。
〈ゲートさんも、こんなふうに誰かを想ってるんだよね〉
さらさらの金髪が手に心地いい。
起きないかな、とその髪を引っ張ってみた。
「ん、んん〜」
顔を顰めて、抗議するように身動ぎする。
なんだかそれが面白くて、今度は頬をつねってみた。容赦がない。
「ん〜」
やはり止めろと言わんばかりに、眉間にしわを寄せる。
ふいに腕を掴まれた。
「っから、こっちは取り込み中で――」
意味不明の言葉を吐きながら、ゲートがむくりと上半身を起こす。
やっと起きた、と思ったら。
「……⁉︎」
なにやら愛莉の顔を見て、ゲートが息を詰めた。
最初は寝惚けていたのに、今は眠気も吹き飛んだ様子で、まじまじと愛莉を凝視してくる。いや、正確には胸元を。
〈ゲ、ゲートさん?〉
耐えかねて声をかけると、腕を掴むゲートの手にさらに力が込められた。
〈ねぇ、どうしたの?〉
「……め……ま」
〈え?〉
小さくて聞き取れない。
「……と…………けたっ」
〈だからなに――――ってええ⁉︎〉
ゲートの言葉を拾おうとして耳を近づけたら、なぜか全力の抱擁をくらわせられる。
何がなんだかわからなくて。しかも本当に力の限り抱きしめてくるからか、不思議と息苦しさも感じて。
〈ちょっ、ゲートさん⁉︎ 誰と間違えてるの! いったん落ち着いて〉
しかしゲートは離さない。
けれど、なんとか彼の胸板を押しやって、二人の間にわずかな隙間ができたとき。
『――……ものっすね』
自分を見下ろす樹海のように深く濃い緑の瞳に、愛莉の脳裏で何かがフラッシュバックした。
『これであなたは、俺のものっすね』
「――なんだって⁉︎」
ミリアーナは王宮に辿り着いた後も、その門前で右往左往していた。勝手に王宮に入って消滅させられたくなかったからだ。
そのことを完全に失念していて、さてどうやって酔い潰れたゲートのことを知らせようかと頭を悩ませていた。
そこに、タイミングよく顔見知りのヴァイオスを見つける。彼はちょうど門に向かってくるところだった。
〈団長様、こんな夜に出かける用事?〉
そうなると、他の人に頼むしかないかと思っていたところ、なんと彼の後ろから続々と他の第五騎士団員たちもやって来る。その表情はみな固い。
ヴァイオスはミリアーナを認めるや否や、一緒にいると思っていた愛莉がいなくて眉根を寄せた。
「アイリはどうした? 一緒に出かけたと聞いたが」
〈そうなんだけど、団長様のとこの騎士様……ゲートって言ったっけ。その人が酔い潰れちゃったのよ。私たちじゃ運べないから、なんとかしてくれない? 今はアイリが看てるわ〉
ミリアーナがそう言った瞬間、
「なんだって⁉︎」
冒頭の叫び声に繋がるわけである。
その尋常じゃないヴァイオスの仰天ぶりに、ミリアーナのほうが面食らってしまう。後ろにいた団員たちからも、よくない騒めきが起こっている。
「ふむ。彼がアイリ殿に何かするとは思えませんが、念のため急ぎますか、団長」
「ああ。ヤケを起こされても困るしな」
〈ねぇ、なに。いったいどうしたのよ。騎士様が何かしたの?〉
嫌な予感に胸騒ぎがして、ミリアーナは不安げに瞳を揺らす。どうして彼らは、同じ仲間のゲートを警戒するようなことを言うのだろう、と。
「ミリアーナ嬢。説明するから、まずはゲートのところに案内してくれ」
〈……わかったわ〉
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